真編・第76話【花の温もり】
火山です。
村長が囮となってから、およそ6時間が経過した。神官達は木箱を担ぎ、歩いて、山頂の火口までもうすぐだった。
(こわい……こわいよ……動けないのに、真っ暗なのに、声がハッキリ聞こえる……)
この“峰奉祭”はクエストなので、それに参加しているハヅキは氷漬けの状態でも状況がわかるように意識が回復していた。
峰奉村の村長が《プレデターズ》というモンスターに喰い殺されてから、少しするとハヅキの耳に度々断末魔が聞こえる。ハヅキが氷漬けにされる前、やけに周囲に人が多いと思っていたが、このモンスターによる妨害を防ぐためだったのだろう。
(寒い………)
氷が暑さでどんどん溶けているのがわかるが、それでもハヅキの身体は冷えきっている。武器や防具はもちろん無し、スキルも使用不能になっている。助かる方法はただ1つ。苺とミツルが追いつくしかない。
(もしも2人が無視して行っちゃったら……?
もしもわたしを見つけられなかったら……?
もしも間に合わなかったら……わたしは……)
___きっと死んでしまうだろう。あの時と同じだ。雪に埋もれ、暗い中で凍えるハヅキはずっとネガティブな思考で助けを待っていた。
さっさと包みを捨てればよかった。村になんて立ち寄らなければよかった。今更そんなことを思っても仕方ないが、ハヅキは今になって後悔する。
「神も心待ちにしております……少し急ぎましょう」
強い揺れを感じる。噴火が近いのだろう。生贄を捧げなければ火山が噴火し、《焼結島》と《竜島》がマグマで崩壊する……というシナリオだ。これがゲームであれば、クエストクリアによってフィールドが変化する特殊クエストだ。
(このクエスト……確か何人か強制参加したって話がネットでもあったけど、みんな失敗してた……。ゲームだったらすぐに生き返ってまた挑戦出来るけど、今はそうはいかない……死んじゃったらそこで終わり、生き返ることはない……っ)
苺と、自分の弟を信じて待つしかない。“助けて”と祈り続けるしかない。
……しかし、その時は訪れてしまう。
「__着きましたね……皆様、お疲れ様です。半数以上減ってしまいましたが、無事生贄をここまで連れて来ることが出来ました。これも皆様の信仰する心が神に届いた結果でしょう」
(つ、着いちゃった……!? わた、わたし……どうすれば……!? なんとか氷を割って逃げ出す……でもビクともしないし!)
「明日まであと5時間ですか……では残った者達で最後の仕上げを始めましょう」
そうリーダー格の神官が言うと、木箱の蓋がゆっくりと開かれる。外はもう日が沈んで暗くなり始めていた。
「__! ___ッ!」
声を出そうとするハヅキに、他の神官達が灰を振りかけ始める。それと同時に数名が何かをボソボソと唱え、火山がより活性化する。
「……!」
そんなことが数時間に及び続き、ハヅキの目の前に舟で見た人のような“何か”……ハヅキがなっちゃんと名付けたモノが現れる。
『………………』
神官達には見えてないらしい“それ”を、月明かりに照らされることで初めてハヅキはしっかりと見ることが出来た。
(灰…だ……)
人の形をしている灰。《NGO5》……ゲームで言うところの所謂“裏ボス”的存在として用意されたモンスターだ。その名は《灰の集合体》。クエスト参加者のレベルに応じて高難易度化するそのモンスターのレベルは275に設定されている。
(何か……何かしないとっ! じゃないと落とされる……殺される……ッ!)
明日まで残り2時間……火口から噴煙が昇る。《灰の集合体》はその煙を眺めるかのように顔の部分を空へ向ける。月が雲に隠れて訪れた暗闇の中で、噴煙はモクモクと量を増していき、地震の頻度も上がっていく。……その後、ハヅキが何も出来ぬままさらに30分が経過した時、事態は動き出す。神官の1人が悲鳴を上げたのだ。その瞬間、神官は力無く地面に倒れる。
「__今のは峰打ちです。でも……ハヅキちゃんを返してくれないなら、斬ります」
「ハヅキ姉ッ! 無事だよね!?」
(来て……くれた……! 苺ちゃんっ! ミツル……!)
ハヅキを見つけたミツルは剣を構えたまま声を張り上げる。ハヅキは返事をすることが出来ない。だが、ミツルは周囲の状況からギリギリ間に合ったことに少しホッとする。
「……何故止めようとするのですか、この方の犠牲は無駄ではないのです。生贄が1人、この火山に落ちれば我々は平穏な日々を過ごせるのです」
「私達はそんな日々を送れない……だから止めます。ハヅキちゃんを返してください……!」
「なるほど、では……争うしかないようですね」
神官がそう言って手を挙げて合図を出すと、生き残っている村人数名が武器を構えて立ち塞がる。
「苺さん、このNPC達のレベルはそれほど高くありません。おれが注意を引いているのでその間に……」
「わかった。危なくなったら逃げてね」
「はい、じゃあ……ハヅキ姉をお願いします! 【クロスボルト】ッ!」
そう言ってミツルは【クロスボルト】を発動し、X字に大剣を振ると雷属性の刃が放たれ、数人の村人NPCを吹き飛ばす。そして麻痺の状態異常により無力化させた。
「【麻痺毒ノ矢】、【トリプルショット】!」
苺は《果ての弓》を装備すると、矢先に麻痺毒が塗られた矢を装填し、それを一度に3本放つ。ダメージは雀の涙ほどだが状態異常付与確率は90%ある。もちろん3本の矢は全て立ち塞がる村人NPCに命中し、麻痺による無力化に成功する。
もう3本の矢を引きつつ、苺はハヅキの元へ走って向かう。
「部外者が、止まりやがれッ!」
「【真・閻解ノ燈弓・渢龍纏】___!」
巨漢の男が苺の前に立ち、これまた大きな斧を振り下ろす。苺は冷静にスキルを発動させ、矢に渢龍を纏わせる。
「【龍ノ導】ッ!」
そうして放たれた3本の矢はまるで龍のようにうねりながら巨漢の男に向かっていく。渢龍……つまり風属性を操ることで矢の動きを自在に変えているのだ。1本は巨漢の男の額に命中し、残り2本は隙を狙って隠れていた村人NPCの肩を掠る。掠っただけでも麻痺毒は体内に侵入するので、しばらくすると隠れていた2人も巨漢の男も、麻痺で痺れて倒れる。
「くっ! 神よ、我らを守り給え……!」
物凄い勢いで接近してくる苺に、リーダー格の男性神官はとっさに両手を打ち合わせてそう祈ると四角形の防御結界を作り出す。ハヅキもその中だ。
「神様は、ここには居ない……ッ! 【解放者】、【永炎解放】ッ! ハァアアアアアッッ!!!」
《果ての弓》を背負って、苺は自身の拳に青き永炎を纏わせる。【アクセラレート】の効果でスピードが増して、刹那__拳が結界に触れる。
「峰神の守りが……ッ!?」
「___ッ!」
防御結界を殴り壊した苺は、その手を腰の《鬼神ノ太刀・真閻》の柄に触れさせる。そしてその瞬間抜刀し、神官の仮面を斬って左斜めに割る。驚愕の表情を見せた神官は、膝を着いて脱力する。
「儀式が……失敗する? それでは……我々はもう……」
「……そっちも何とかするよ」
「何とかする……貴方が? 確かに貴方の力は強大で素晴らしい。でも神は絶対的存在なのです。どうにかしようとして出来るものではないのですよ」
「それでも私がやらなきゃいけないから」
苺は納刀してそう言うと、氷漬けにされ、灰をかけられたハヅキの頬に触れる。
「ごめんね、待たせちゃった」
ハヅキの頬に触れたその手は優しくて、暖かくて……まるで……
「もしかして……あの時も……」
ハヅキが小学6年生だった時、スキー場でコースを外れて雪の下敷きになってしまい、動けなくなったあの時。朧気な記憶だが、自分と同じくらいの娘が雪を退けてハヅキを引っ張り出し、大人達を呼んでくれていた。
「大丈夫だよ、私が絶対助けるから」
「……うんっ、信じてた……! ミツルも、苺先輩も! ありがとう……っ!」
雪からハヅキを引っ張り出し、冷え切った身体を抱き締めて暖めてくれた人……あの時は夢だと思っていたが、間違いない。確かにあの時助けてくれた人は“大丈夫だよ、私が絶対助けるから”と……苺と全く同じことを言っていた。
「ミツルくん、ハヅキちゃんは無事だよ」
「こっちも終わりました!」
『NPC、全て行動不能です!』
ミツルはそう言って2人に駆け寄る。村人や神官NPCは全員麻痺させた。だが、まだ安心は出来ない。生贄が捧げられなかったということは、まもなく火山は噴火する。今から山を降って逃げる時間は無い。それに《灰の集合体》のHPゲージが表示されているのだ。
「……ハヅキちゃんは下がってて」
「わたしも戦うよ、先輩!」
「というかハヅキ姉、今更苺さんを先輩呼びするの!?」
「い、いいじゃん別に! それより、わたしの装備も復活したし、これは一緒に戦えってことだよきっと、そうに違いない!」
「わかった、わかったからとりあえずポーション飲んで!!」
ミツルはやる気に満ち溢れるハヅキを制して回復ポーションを渡す。ハヅキはそれを受け取るとグイッと勢い良く飲み干し、氷漬けにされて減っていたHPを回復させる。
「本当に無理しないでね……?」
「もちろん、これ以上心配はかけさせないよ〜!」
12月31日まで、あと1時間。《灰の集合体》は浮き上がると、周囲の火山灰を掻き集め、自身を囲むように竜巻を発生させる。
『皆さん! 火山内部の熱、上昇中です!』
『ダメ……キテ……ダメ……ダメ………コナイデ………』
火山の噴火が間際になり、《灰の集合体》がそう言葉を発すると、灰の竜巻が掻き消されて戦闘フォームとなった灰が姿を表した。




