真編・第73話【雪が積もる地で】
八坂苺とミツル、そしてハヅキが《焼結島》に上陸しました。
寒い……
助けて……
わたしが小学6年生の頃だった。冬に家族でスキーをしに行った時、わたしはルートを外れて迷子になった。興味本位で行った愚かな行為にわたしはわたし自身を憎み、怒った。足に怪我をして立てない……そもそも雪が崩れ、身体が下敷きなって動けなかった。動けない身体は体温が徐々に下がり、声も出せなくなった。そして、突然の眠気に抗えず……わたしはそのまま目を閉じたのだ。
その時は誰かが見つけてくれたのか助けが来て、わたしは病院で目を覚ました。眠っている時に頬に感じたあの暖かい感覚は、今でもハッキリと覚えている。でもなんでわたしは今その事を思い出したのだろう?
……あぁ、そっか……今、似た状況になっているからなのか。
「意識が戻ったようですね、ですが我々は凍えるあなたを助けることはしません。今日一日、あなたはこの神域で過ごすのです」
「ぁ…うっ……から…だ…が……」
「あなたを凍らせた後、あの山の頂まで登ります。そして氷漬けになったあなたを火口へ落とせば儀式は終了……我々は無事年を越せるのです」
《焼結島》の火山エリア手前、妙に静かなその場所でハヅキは拘束されたまま冷たい雪の上に寝かされていた。気温は確実にマイナスだ。他の神官達がハヅキに水をかけ、凍るようにしている。
(火属性スキル……取得しておくべきだったな……)
眠気が消えない。このまま眠れば起きる時には灼熱の溶岩の中だろう。なんとか起きようとするが、抗えない。
「たす……け……」
「そのままお眠りなさい、少しは楽になれますよ……生贄様」
顔を隠した神官は、ハヅキに向かってそう言うとその場を離れていった。
* * *
「着地するよ」
「はい! 一応、【絶対回避】!」
【飛焔ノ翼】や【真閻解・激流纏】での海上移動で遂に《焼結島》に着いた苺達は、【飛焔ノ翼】で飛んで落ちるとその大地を踏む。
『ハヅキさんの反応をキャッチしました! やはり火山がある方向です!』
「急ご……うぐっ……!」
「い、苺さん! 大丈夫ですか!?」
『村を走り回り、スキルを使い過ぎて疲労していますね……明日まで猶予はありますし、休んでもいいのでは……?』
「そうですよ、ここは寒いですし……ゆっくり行きましょう!」
「……ダメだよ、ハヅキちゃんが苦しんでるかもしれないのに……休んでなんか、いられない。止まっちゃいけないんだ……【真閻解・鬼神纏】」
2人の言うことを聞かず、苺は炎に包まれると火山を目指して歩を進める。一歩一歩進む度、地面に積もった雪が炎でどんどん溶けていく。
「そんなに疲れて、いざ戦闘になった時……戦えるんですか!」
「戦うよ」
「休んでください……! 急ぎたい気持ちはわかります、でもあなたが倒れたら……おれ1人じゃハヅキ姉を助けられない!」
『ベリー、私からもお願いします! 疲労して脳がうまく働かなければスキルの無言使用は出来ません、戦闘に大きな支障が出ます!』
ミツルは燃える苺の包帯が巻かれた手を掴み、引き留める。
「……わかった、じゃあ…少しだけ……」
2人が必死になって言うので苺はそれを聞き入れる。休む……そう思うと自然とスキルが解除され、炎が消える。苺は身体に力が入らなくなり、ふらっと倒れてしまうがギリギリでミツルが受け止める。
「……ね、寝てる? やっぱり相当疲れてたんだ……全部任せちゃってたし、すみません。……えっと、ローゼさんでしたっけ? ここだと休むに休めませんし、安全な場所とかわかったりします……? おれの【エレボス】は精々5分から10分が限界なので……」
ミツルはそう言いながら苺をゆっくりと下ろして座ると、苺の頭を自分の膝の上に乗せる。
『そうですね……あっ、すぐ横の斜面に穴が空いています! 小さめですし、雪が降れば埋まってしまいそうですが今は吹雪が無いですし、そこにしませんか?』
「了解です。苺さん、ちょっと失礼しますね」
ローゼの言葉を聞いてミツルは苺の腕を肩に回し、おんぶすると斜面の穴に向かう。穴はギリギリ人2人分が入れる程度の大きさで、火を起こして暖を取ることは出来ないが風を遮るので割と暖かい。
「……これが終わったら、苺さんは下へ向かうんだよな……ハヅキ姉とおれは上を目指してるし……別れることになるのか……」
『寂しいです?』
「い、いや! まぁ……そうですね。なんでレベル上限が解放されてるかとか、何があったかは聞きませんけど……無事下階層に着いて欲しいです」
『そう…ですね』
《終わりの試練》を攻略しつつ、何処かに居る鬼神閻魔を探して下の階層を目指す。苺は何処に居るのか見当がついているようだが、下へ降ればモンスターのレベルが上がっていく。モンスターのレベルが上がるに連れて、八坂苺という人間は……人と呼べなくなるまで強くなっていく。
最終的に行き着いた先、全てが終わった時に……果たして苺は人であるのか。現実と仮想が融合した世界で人で無くなってしまえば、いざ元の世界に戻った時、苺は普通の人間に戻れるのだろうか。
【鬼神化】、つまりは鬼神に成るということだ。もしかしたら……それを取得したその日から、八坂苺は人で無くなってしまったのではないかと、ローゼは思う。
『私は……ベリーが望むなら私が出来る範囲で手助けをしたい。ですが、それによってベリーがベリーで無くなるのだとしたら……私はどうすればいいのでしょうか……』
「止めたいんですか……?」
『わかりません……ミツルさんなら、どうしますか?』
「うーん……おれにはそれを答えるだけの知識も経験も無いです、すみません」
ミツルは申し訳なさそうにローゼに言った。
『いえ、こちらこそ答えにくい質問をしてしまいました! ベリーの状態も良くなって来ましたし、そろそろ出発しましょうか!』
「はい! 苺さん、そろそろ行きましょう」
そう言ってミツルは苺の肩を揺すり、起こす。
「ごめん、結構寝ちゃってた」
「いえ、ここからが大変ですから。ハヅキ姉を探しましょう!」
苺はまた夢の中であっちゃん、そしてひーちゃんに「無理しすぎ!」と説教をされたが、今立ち止まってはいけないと身体に鞭を打って立ち上がる。“峰奉祭”の最終日は刻一刻と迫っているのだから。




