真編・第65話【竜が住まう地にて】
姉弟です。
「まさかレベル100なんて! というかわたしより歳上!? この小ささで先輩!? うへっ、うへへっ」
「ハヅキ姉……よだれよだれ」
「はっ! あはは、ちっちゃい先輩に憧れてたからつい……!」
「ちっちゃ……いやそれより、2人のレベルを聞く限りこの辺りのモンスターと戦うのは厳しくないかな」
ハヅキがレベル92、弟のミツルがレベル90、そしてこの辺りのモンスターの平均レベルは170……普通に考えてここまでレベル差があるのにフィールドに出ているのはおかしいのではと苺は思う。
「……この階層に《海の街》ってあったでしょう? あそこはもう壊滅しちゃってね。だから安住の地を探し求めて弟と2人で危険なフィールドに出てるってわけなんだよ」
「壊滅……そういえばあそこは海と隣接しててたまにモンスターが……」
「そう、度々発令される緊急クエスト。クリアすれば結構いい報酬が貰える……でもレベルは高いわゲームじゃないから本当に死ぬわでやる人なんて居ない。だから街は一気にモンスターに溢れて崩壊した……」
「おれ達は逃げて来たんです、ここまで来れたのはおれのユニークスキルとハヅキ姉の武器ですね」
ミツルはハヅキが持つ禍々しいハンマーを見ながら言う。
「この《ディモス・ハンマー》はね! 超範囲攻撃と攻撃ヒット回数に応じて攻撃力が上昇するスキルを持ってるんだよ! 範囲が広いからまとめてモンスターに攻撃を当てればその数だけ攻撃力がアップ! ヒットアンドアウェイ作戦!」
「へぇ……ちょっと触ってみてもいいかな?」
「どうぞどうぞ!」
ハヅキの許可を得て、苺はその《ディモス・ハンマー》に触れる。
「……ローゼ」
『付属スキル【ディモス】、最大攻撃範囲はおよそ半径40メートルですね……上昇する値も高いです』
ローゼにスキル詳細を聞いた苺はなぜこの2人がここまで生き残ってきたのか納得する。それだけ範囲が広ければ敵を近寄らせないで安全に攻撃が出来るだろう。
「でもさすがに船での戦闘では使えなかったねぇ、《キャプテン・トートシュリット》だっけ? あれは苦労した!」
そう言いながらハヅキは腕を組んでうんうんと頷く。
「苦労したのおれだけどな! 姉ちゃんの攻撃は船をぶっ壊しかねないし、出てきた骨ヤローを倒せばボスのHP回復するし……」
「凄い……2人だけでよくクリア出来たね」
「あー、まぁゴリ押しでしたけどね」
「わたしが雑魚引き付けてる間にこのユーシューな弟がボスを倒したんだよ! いやぁホント出来る男に育ってくれてお姉ちゃん嬉しいよ……!」
「はいはい。すみません苺さん、このうるさい姉は気にしないでください」
「ううん、大丈夫だよ」
苺は微笑みながらミツルに言う。賑やかなのは嫌いじゃない、周りが楽しそうでいてくれるだけで苺は嬉しくなる。
『ベリー、近くにモンスターの反応が』
「……わかった。2人とも、ここじゃゆっくりお話出来ないしどこか休憩できるところに移動しない?」
「そうですね、ここフィールドのど真ん中……というか階層ダンジョン前ですし移動しましょう! ほら行くよハヅキ姉」
「はいはーい! 確かこの《竜島》って1つだけ村があったはずだよ!」
「それがどこにあるかは……?」
「忘れた!」
「知ってた。じゃあいつも通りありそうな方を目指して行くしかないかぁ……【エレボス】!」
ミツルはため息を吐くとスキルを発動する。
「あ、これがぼくのユニークスキルです! 発動中はぼくを中心に不可視のバリアが張られてどんな超火力攻撃でも1回は確実に防ぎます! まぁバリアの大きさはあんまりですけど……」
「簡単に言うと【絶対回避】の防御バージョン。通常攻撃程度なら何度受けてもだいじょーぶだし、ついでに範囲内の味方も守れる! だからミツルにくっついてれば安心安全だよー!」
ハヅキはそう言って自分の弟に引っ付く。ミツルはもう慣れているのか気にせず苺に話を続ける。
「【エレボス】はHPが減る攻撃を防ぎます。だから敵のステータスダウン攻撃とかは効果外なので気をつけてください」
「わかった、気をつけるね」
ミツルの言葉を聞いて、苺はそう言いながら”ユニークスキルの特性“を思い出す。ユニークスキルは互いの影響を強く受け、成長していく。苺の【鬼神化】はその効果が高く、影響を受ければすぐにでも成長した。また鈴が最期に使用した【クリンゲル・シックザール】も【鬼神化】の成長力の影響を受け、“自身と相手のHPを同じ値にする”という効果と、“運命殺し”を獲得して恐るべき進化を遂げた。そうするとミツルが持つ【エレボス】も影響を受け、成長する可能性がある。
『ベリー、調べてみたところミツルさんの【エレボス】はフィールが持つ【ラグナロク】と同じ神属性スキルです』
「………」
そうローゼから【エレボス】が《NGO5》に存在する4つの神属性スキルの内の1つであることが告げられる。だが理乃の【ラグナロク】、全体無限攻撃というチートスキルに比べると【エレボス】の防御空間はそれほど強力ではない。となると本来の力が存在し、防御は能力の一端に過ぎないのではないかと、そう苺は思う。
「次はこっちに行ってみよー!」
ハヅキを先頭にミツル、苺が続きどんどん森の奥へ入っていく。《竜島》の背が高い木々に日光が遮られ、森の中は少々薄暗い。
「ハヅキ姉、前出過ぎだよ!」
「へーきへーき、モンスターの気配もないし!」
ハヅキはそう言ってぴょんぴょんと飛び跳ねながら前へ進んでいく。ローゼが常に警戒しているため敵が近付いてきたらすぐにわかる。苺も少し油断していたのだ。……だから“長距離からの射撃”には気付けなかった。
「___うぐッ!?」
「なっ、遠距離攻撃!?」
「【鬼神化・雷公】、【遠雷】ッ!」
ちょうどハヅキの手が【エレボス】の効果範囲外に出た瞬間、真っ白な閃光がその手を貫いた。尻もちをついたことで【エレボス】の効果範囲内に入り、追撃は防ぐことが出来た。
苺は撃ってきた方向に【遠雷】を数発放ち威嚇射撃をする。
(相手には私達の位置が見えている……一体どこから……っ!)
『私の索敵範囲外……!? かなり長距離からの射撃です!』
「こ、これじゃあ武器が持てない……」
「待ってて、いま回復を! 【クイックヒール】っ!」
ミツルがそう言って【クイックヒール】を発動し、ハヅキの負傷した手を治そうとする。が、しかし。
「うああああああッッ!!?」
「えっ、は、ハヅキ姉!?」
癒えるはずの手は逆に血が吹き出し、ハヅキが絶叫し苦しむ。ミツルは回復を中断し、痛みを我慢する姉を心配する。
「っ、ローゼ、原因は……!」
苺がハヅキの身体に触れ、ローゼに聞く。
『今の攻撃による状態異常……“効果反転”? 《NGO》では無かったものです!』
「効果反転……ってことは状態異常を治そうとしても……」
『えぇ、むしろ効果が倍加します。これは時間切れを待つしかないです』
「え? い、苺さん誰と会話を……?」
「あ、ローゼって子だよ。今ボイスチャット繋ぐね」
苺がそう言うとローゼはハヅキとミツルにボイスチャットを繋ぎ、会話が可能となる。
『初めまして、って自己紹介している場合では無いですね。とにかくハヅキさんは効果が反転して受けてしまう状態異常になっています。なのでダメージを与える攻撃で回復が出来ると思います!』
「は、ハヅキ姉に攻撃しなきゃいけないんですか……」
『今はそれで傷を塞がないと、HPは減る一方です』
「……わかりました。ハヅキ姉……痛かったらごめんッ!」
ミツルはそう言って大剣をハヅキの手に少しだけ突き刺す。
「ど、どう……?」
「い、痛くない……」
特に何ともなさそうにハヅキが言うのでミツルは大剣を引き抜く。すると手の傷が塞がり、血が止まっていた。
「あ、ありがとうローゼさん!」
『いえ、それより敵の行動が気になります。あれから全く追撃が無いんです』
ローゼの言う通りハヅキの手を貫き、トドメを刺そうとしたのかさらに連発を撃たれてから周囲は静寂に包まれていた。
「ちょっと見てくるよ。【解放者】……血解」
血解状態になった苺はミツルの【エレボス】を抜け出し、森を疾走する。
「ローゼ、どう?」
『どれもこの島に生息しているモンスターばかりです。そもそもあんなに長距離から正確に撃てるモンスターは居ないです……ベリー、これはもしかしたら』
「《終わりの試練》……だとしたら迷惑かけちゃったな……」
木の上から周囲を見渡し、申し訳なさそうに苺は言った。
そして、結局攻撃を仕掛けてきたモンスターは発見出来ず、苺はハヅキとミツルの元へ一度戻る。もし《終わりの試練》なのだとしたら、これ以上共に行動すると今のようにハヅキ達が危険に晒されるだろう。
しかし終齎の獣 《END・BEAST》は苺にのみ敵意を向けていたのに対し、今回は苺ではなく、ハヅキを攻撃している。その事から敵には知性があると苺は予想する。現に苺は2人の元を離れ、1人になっている。そう……分断されてしまっているのだ。
「………まさかっ!」
苺は血相を変えてそう言うと、2人の元へ急いだ。




