真編・第55話【無音】
『▼●●●●●●●▼ww』
自分自身の心臓を撃ち抜いた鈴に対し、《アブソリュート・ユーベル》は大口を開けて嘲笑うと“HPゲージの擬態”も解く。そう、実際には膨大なHPは3割程度しか削れていない。鈴の火力ではこれくらいが限界なのだ。
『◇F-/●■▼f◆▼ww▲▼▲●△■ww』
『何がおかしい』
笑う“絶対悪”に向けて声を低くしてそう言ったのは、倒れ込む鈴の隣にいつの間にか立っていた《ヘルツ》だった。
『▼▲◆…!?』
『なんだ、そんなに私がここに居るのが不思議なのか? そう驚くことでもないだろう、私のバックアップデータは残っているんだ。あとはベル……いや、この一条鈴の記憶データを元に再現しているだけだ。戦うことも出来ないし、この身体は映像みたいなものだから攻撃しても意味は無い。だからそこで見ていろ、いいな?』
『●d▼▲……hg■g■▼●…gjj▲b◆……』
《ヘルツ》はそう言うとしゃがみ、鈴の《KS01》を握る右手に触れる。《アブソリュート・ユーベル》は《ヘルツ》の威圧に気圧されたのか黙り込む。
『……なにを呑気に寝ている、さっさと起きろ』
「ヘルツ……」
『……1つ良いことを教えてやろう。この世界は現実であると同時にゲームでもある意味不明で狂った世界だ、そんな世界に最初からルールなど無い。自分を信じ、何でもいい……強くイメージするんだ。お前は何がしたい、一条鈴』
《ヘルツ》がそう言うと鈴は身体を起こし、震える足でなんとか立ち上がる。
「私は……みんなをもう苦しませたくない、苦しむ原因を消し去りたい……っ!」
そう言って鈴は《KS01》を《アブソリュート・ユーベル》に向ける。その目にはもはや何も見えていないが、ハッキリとその存在を感知する。
「みんなが進む道を、私が切り開くッ! 不可能だと言うのなら、無理矢理にでもッ!」
『お前を縛る運命はさっきお前自身が殺したんだ、不可能などとっくに失われている! ならばその力、奮って見せろ!』
「これが……私が決めた、変化した運命だ!」
その瞬間、《ヘルツ》が解けるように消えると同時に《クリンゲルシックザール・01》が強く閃光すると鈴の額に2本の角のような炎が現れる。イメージした時に苺を思い出したからかその姿が反映され、燃え上がる。
「【クリンゲル・シックザール】__ッ!!!」
鈴は叫び、再び引き金を引く。すると【クリンゲル・シックザール】により鈴のHPは一気に減少していくが……700……600……500と、まるで止まる気配が無い。それでも鈴は血を吐きながら耐え続け、やがてHPは1となる。
『J■jh▲▼▼●■vgee■■■tj●■■upd▲▲■■▼●●◆■oッ!?!?』
引き金を引いても弾丸は出ない。だが、最後の【クリンゲル・シックザール】の効果……鈴がイメージしたことで得たそれは、“自身と相手のHPを同じ値にする”というものだ。
【クリンゲル・シックザール】で一気に減らせる限界数値、99%までHPを減少させれば相手も同じく99%減少する。しかし、既に残弾は0でもう撃つことは出来ない。スキルを発動しようにも【クリンゲル・シックザール】で残りMPも使用して発動出来ない。今は《アブソリュート・ユーベル》は一気にHPが削られたことでダウンしているが、自然回復を待っている時間はないだろう。
鈴が装備している短剣、《ヒビキ》があるが……ダメージカットの壁を越えられるかどうかわからない。体力的にも出来てあと一撃、それで終わらせなくてはならない。
「っ、……あれ、これは……?」
鈴は足元に何か落ちているのに気付くと、恐る恐るそれを拾う。
「痛っ! ……な、なに? ナイフ……? ま、まさか…これ……!?」
目も見えないが、指を切ったことでそれが何なのか鈴は理解する。しかし自分のナイフは確かに腰に装備している。なら、こんなところに落ちているナイフは1つしかない……。
__林檎が自害しようとして、《アブソリュート・ユーベル》に弾かれた《リードナイフ》だ。それが今、鈴の手元に戻ってきていた。
「……林檎っ……これ、使わせてもらうね……。ハァァァァアアアアアッ!!!」
鈴はそう呟くとしっかりとそれを握り締め、咆哮しながら真っ直ぐに突撃する。目も見えない、触れてもほとんど何も感じないし頭が割れるように痛い。だが最後の力で“絶対悪”、《アブソリュート・ユーベル》に近付くと、まるで引き寄せられるかのようにその悪魔の眼球に《リードナイフ》を突き刺す。そして刺された眼球は血が吹き出し、《アブソリュート・ユーベル》のHPを全て削り切る。
………しかし、それと同時に地面から鋭く尖った触手が鈴の心臓を貫いていた。
「あぐッッ!!?」
『▲▲■■●◆▼■▲◆◆▼■▼◆▼●●!!!』
《アブソリュート・ユーベル》の身体はボロボロに朽ちていくが……“遂に触れたぞ”とでも言っているかのように、最後まで笑いながら消滅していった。
そして触れられた瞬間、鈴の体内のユーベルウィルスは活性化され……耐え難い激痛が鈴を襲う。
「あ……ッ! あァ■あAアああaあ∀▲あアアッッ!!!」
ユーベルウィルスの黒い霧をかなり吸い込んでいたため、鈴の身体にはユーベルウィルスが大量に行き渡っている。それがさらに活性化されたとなると……その苦しみは林檎の比ではない。
(私……ここで死ぬのか………でも、アイツを倒せて良かった………)
苦しみながらも鈴は思う。《ヘルツ》にも感謝しなくてはならない。最後に背中を押してくれたことで“絶対悪”の討伐に至ったのだから。……しかし、もう鈴の意識は底に墜ちていき___
「__鈴……! 鈴ッ!」
「うっ、あ◆▼………?」
……鈴は光が見えた気がして目を開く、そしてその聞き覚えのある声に引っ張られるように意識が這い上がる。
「なんで……なんで1人でこんなこと……!」
「__ごm、ごめ●ンね……苺…■…%◇u…vgt……後のこト△■●……押◆シ付けRn▲みたイニ□なっチゃっ■◆……▼▲▽▲ご■■●メん▼▼……でモ、もう苺にしカ頼めナ△ィ●◆……後は……■▲▼お願い……」
「……いやッ! 嫌だよ鈴!!! 1人にしないでよ……置いてかないでよ……! まだ一緒に居たいよ……鈴っ! ずっと、みんなで……っ! ゲームがしたいのに……っ!」
苺は身体が徐々に崩れていく鈴を抱きしめながら泣いて言う。崩れた部分は光と灰に変わり、舞っていく。しかし黒く分厚い雲から遂に雨が降り始め、天に舞う灰を濡らし、地に落としていく。
「泣k……なィで…苺●■………わ◆タs▲、苺に抱きsメR∀れな●ガら消え▲◆ナら………嬉し___」
「___ッ!!?」
その瞬間に身体がパッと弾け、一条鈴は跡形もなく完全に消滅した。抱きしめていた苺の腕の中にはもう誰も居ない。弾け飛んだ鈴の血が苺を染める。
……ただその手には戦闘により割れたのか、中にある玉が落ちてしまい……もう美しく、小さな音すら鳴ることのない《鈴のお守り》が残っていた。
「あ…………」
そのお守りと、地面に突き刺さって残る《リードナイフ》を見て苺は声を漏らす。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!」
苺の泣き叫ぶ声と雨音だけがそこに響く。林檎の時に枯れ果てたと思っていた涙が絶えず溢れ出てくる。ずっと一緒に居ると思っていたのに、こんな形で終わりを告げてしまった。
苺の纏う炎が自分では抑えられないほど強くなっていき、お守りを握り締める手と、涙が零れて濡れていた頬を焼いていく。溢れ出る涙はその熱で蒸発していき、苺の肌に強く打ち付ける雨も、同じくすぐに蒸発して乾いていってしまう。【真閻解・鬼神纏】と【解放者】による身体にある黄金の模様は血色に染まり、紅い髪の一部が真っ黒に変色してしまう。
そして、苺の心は炎で焼かれ、黒く焦げていく。
………直後、《アブソリュート・ユーベル》の飛び散った血溜まりが不規則に揺れたことに気付いた苺がその場所を凝視する。血溜まりはしばらく揺れると、突如黒い腕が血から生まれたように、血を飛び散らしながら現れると、黒い塊が這い出てくる。
『▲■▼■●ッ!』
「___ 《ログモゥズ》!!」
“絶対悪”の血溜まりから這い出てきたのは《ログモゥズ》だった。その後も数が増え続け、大量に現れた“絶対悪”の眷属達は苺の姿を見ると叫び、襲い掛かる。
『■●vzkd▲■シ●▲nn◆●d▲◆!!』
「うるさい……ッ!」
苺は《ログモゥズ》達を睨み付け、すぐに太刀を抜刀するとその首を斬り落とす。
「お前達が鈴をッ! 鈴を……ッ!!!」
怒りながら苺は太刀を振るって《ログモゥズ》の腕や脚を斬り、心臓を貫いて倒す。
「喰らえぇぇぇぇぇぇッ!!!」
そう叫んで【真・閻解ノ燈閻真太刀・鬼神全真纏・勝華爛漫】を発動する。そうして苺はただ怒りに任せて、次々と《ログモゥズ》達を断ち斬っていった____
* * *
__冷たい雨はそれからも降り続け、やがて苺の涙が全て燃え尽き、《ログモゥズ》も全て斬り捨てた頃に雨は止み……雲が晴れて朝日の光が《鈴の形見》を照らし、輝かせる。さらに陽の光がもはや誰の血なのかわからない血溜まりに座り込む苺を照らす……しかし、その陽よりも苺を包む炎は火花を散らしながら強く燃え上がっていた。
火花が散る音だけが苺の耳に聴こえる。美しく鳴り響いていた音は……もう聴こえない。何もかもどうでもよくなる。
……でも……鈴がやろうとしていたことだけは、受け継いでやらなきゃいけない。
『レベルが190になりました。』というシステムメッセージを眺めて苺はそう思う。
「………モンスターが生きているのか、それともただのプログラムなのか……そんなのどっちだっていい。……どうでもいい。私はただ目の前に現れた脅威を潰すだけ……」
苺はそう呟きながら立ち上がると目の前の《バベルの塔》を睨み、続けて呟く。
「こんな世界…鈴が居ない世界なんて……消えてしまえばいい」
………はい! 真章前編はこれにて終了です!
そして、もしよろしければ感想などお待ちしております!
それでは引き続き、うまはじをお楽しみください。
……それは、とある世界での、とある戦い。
一条鈴という少女の“運命”────。
『Ⅰアライブ』
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