真編・第53話【鈴ノ音ハ鳴リ響ク】
時間はある。でも時が経てば経つほどトラウマは増幅して固着する。それに……
「さっきから胸騒ぎが収まらない……」
あの“絶対悪”をあのまま放置していると勝てなくなってしまうような気がしてならない。例えばユーベルウィルスを大量生成されて街に放たれでもしたら……そう考えるとゾッとする。街中の人が林檎と同じように弾けて消滅するのだ。
「【スピードアップ】、【アクセルブースト】、【加速】!」
“急いで”という声が聞こえた気がして、鈴はスキルを発動し、俊敏力を上げて走った。
* * *
「……また擬態してるか……でもこの距離ならッ!」
到着し、目の前に建つ《バベルの塔》に《アブソリュート・ユーベル》の姿はない、最初のように擬態しているのだろう。
鈴はそう言うと《クリンゲル・シックザール01》をスナイパーライフルにしてスコープを覗かずに撃ち放つ。
『▲▲◆■■●◆▼?!』
「お目覚めの時間だよ、【クリンゲル・シックザール】ッ!」
《アブソリュート・ユーベル》が擬態を解除して鈴を見ると、鈴はその眼球を睨み返しながら【クリンゲル・シックザール】を発動して防御力を低下させる。
「【ヒール】……戦闘開始__!」
鈴はそう言って【ヒール】を発動し、減少したHPを回復させると触手に触れないようにするため、走り始める。
(アイツの攻撃は当たっちゃいけない……当たったらウィルスを流し込まれる……そうなったら私も、林檎みたいに殺される)
相手はユーベルウィルスの塊のようなものだ、生身で触れればウィルスが体内に侵入し、《アブソリュート・ユーベル》の能力で活性化されて林檎のように弾け、消滅する。行動全てが残りHPなど関係ない即死攻撃だ。鈴は最大限に警戒して攻撃を開始する。
『▼▼◆▲▲!!!』
「まずは……【クイックショット】!」
触手による攻撃を仕掛けてきた《アブソリュート・ユーベル》に対し、鈴は【クイックショット】を発動してその真っ黒な身体を撃ち抜く。
「HPゲージは変動なしか……また擬態されてるかな」
どれくらいのダメージが与えられているのかわからないが、少なくとも1ダメージは入っているはずだ。鈴はそう思い、迫る触手をいつものように正確に撃っていく。
「何百万と撃ってれば倒れてくれるよね。【フルチャージ】、【サウザンドショット】ッ!」
攻撃が全て1ダメージなら何度も攻撃していけば問題ない、通常射撃に必要な弾丸に限りはあるが、スキルによる射撃ならば関係ない。鈴は【サウザンドショット】による弾丸の雨を降らせ、《アブソリュート・ユーベル》にダメージを与えていく。
『●■●ッ!』
「大人しくして、【クリンゲル・シックザール】ッ!」
反撃を試みた《アブソリュート・ユーベル》は身体を変化させ無数の触手で鈴を貫こうとする……しかし、鈴はすぐに【クリンゲル・シックザール】を発動し、《アブソリュート・ユーベル》を麻痺状態にさせて動きを停止する。
「【パワーアップ】、【ドレインショット】ッ!」
鈴は《アブソリュート・ユーベル》の眼球を狙い、与えたダメージの半分の値で自身のHPを回復させることの出来るスキル、【ドレインショット】を発動して撃つ。
「……回復値は240、元々私のHPは低いから回復には困らないけど【パワーアップ】を発動して与えたダメージが480……やっぱり低すぎる!」
現状の鈴の通常射撃による与ダメージは平均で1000ダメージに近い、スキルの射撃ならば1500ダメージにはなる。
「これはダメージカットされてると見ていいかな……【オーバーチャージ】、【貫通弾】セット……【リリース・ショット】!」
鈴はそう言いながら追撃し、《アブソリュート・ユーベル》にダメージを与える。
『▼◆▼▼“●●▲▼●▼▼▲▼▼■ッ!!』
「【絶対回避】ッ! ダメージカットは多分1000まで、ならまだ勝機はある!」
麻痺が解け、反撃してきた《アブソリュート・ユーベル》の熱線を【絶対回避】で避けると鈴は言う。しかし1000ダメージをカットするとなると、通常射撃ではほとんど効果が薄い。MPを回復させつつスキルで削っていかなくてはならない。
「苺、お守り本当に助かるよ……!」
《鈴のお守り》に触れて鈴は言う。苺が製作した装飾品の《鈴のお守り》は最大HPとリロード速度の上昇に加え、銃による攻撃ダメージを増加させる銃撃強化とMPの自然回復速度上昇効果がある。今のMPの回復速度なら数秒待てばスキル発動に使用する分はすぐに確保出来る。【クリンゲル・シックザール】により減ったHPも、付属している【癒しの音色】の効果で自然回復していくのでまさに鈴のためのお守りなのだ。
「【分身】【幻惑】ッ! 【サウザンドショット】ッ!」
『●●●▲▼!?』
鈴はスキルで複数人に分身すると【幻惑】によりさらに増えて見える。ダメージ量が増えるわけでもないが、敵を混乱させればそれだけ隙が生まれる。鈴はその瞬間を狙って確実にダメージを与えていく。
「戦況は良いけど…油断は出来ないか!」
そう鈴が言った瞬間、複数の触手にホースのような穴が開き、青白く閃光する。あらゆる角度から放たれる熱線により、【分身】は全滅、鈴自身はギリギリ回避出来たが……本物を見つけた《アブソリュート・ユーベル》は気味の悪い裂けた大口を開く。
「まさかそこからも!? 【バウンド】ッ!」
『▲▲▲▲▲▲▲ッッ!!!』
その大口が青白く閃光した瞬間に鈴は【バウンド】を使って射線上から離脱する。が、直後撃たれた熱線を吐きながら《アブソリュート・ユーベル》は鈴に命中させようと方向を変えてくる。
「【加速】__ッ!」
鈴は走って迫り来る極太の熱線から逃げる。しかし《アブソリュート・ユーベル》の動くスピードは遅いので逃げ切れるかと思ったのだが、鈴は1つ忘れていた。アレは“転移することが可能”ということを。
「___はッ!?」
『◆ysk◆◆e◆www■●w』
《アブソリュート・ユーベル》は熱線を吐きながら逃げる鈴の目の前に転移した。【テレポート】を発動する時間もなく、強い光を直視出来ずに目を瞑る鈴は一瞬で光に呑まれてしまう。
__しかしその瞬間、鈴の耳に『チリン』という小さな音が聴こえる。
「え……これっ……」
鈴は自身の身体がなんともないことに気付くと恐る恐る目を開く。鈴は確かに熱線の中に居る。だがダメージが無い。熱すら感じない。そして鈴は自身の首にある《鈴のお守り》が輝いているのに気付く。
「そうか……【鬼神の加護】!」
そう……これは《鈴のお守り》に付属しているもう1つのスキル【鬼神の加護】の効果で、システムメッセージに『【鬼神の加護】による【ダメージカット】が発動されました。』と表示されている。苺の【解放者】による血解状態で発動するスキル、【ダメージカット】の効果が発動しているのだ。
苺の【ダメージカット】は最大HPが半分以上あれば0になる攻撃を受けた時、そのダメージを無効化できる。【鬼神の加護】は苺が所持する特定のスキルを自動発動する効果があるのだ。
『▼▲●!?』
《アブソリュート・ユーベル》は鈴に全くダメージを与えられていないことに気付くと熱線を止める。
「驚いてるね、私もだよ。ほんと……助かるッ!」
そう言って鈴は【クリンゲルショット】を撃ち放つ。その弾丸は《アブソリュート・ユーベル》の開いた大口に真っ直ぐ飛んでいくと喉奥を貫通した。内部はやはり防御力が薄いのか、《アブソリュート・ユーベル》は苦しむような素振りを見せるとHPゲージの擬態を解除する。
「今削れてるのは5分の1程度か……でももしかしたらそれも嘘かもしれないし参考には出来ない」
鈴はそう言って《アブソリュート・ユーベル》を注意深く観察する。まだ苦しんでいるようだが、どこまでが本当なのかわからない。演技のようにも見える。
「うん、やっぱり信じない方がいいね」
苦しむ演技をしながら無数にある別の小さな眼球でずっと自身を見ていたことに気付くと鈴はそう言ってその目を撃つ。
だが……撃ったことで潰れたその目から大量の真っ黒な血が吹き出たのだ。
『Bh▲)f▼■●hkg◆●▲ww』
「コイツ……まさかわざとっ!?」
鈴がそう言う間にも吹き出る血はどんどん地面に広がっていく。《アブソリュート・ユーベル》は鈴にわざと血を溜め込んだ目を狙わせたのだ。ユーベルウィルスが鈴の体内に侵入してしまえば《アブソリュート・ユーベル》が触れるだけでその命は失われる。
鈴はギリギリで後方へ飛び退くことで吹き出る血は避けたが、周辺が血と同じような黒い霧に覆われる。
「っ、まずい……」
鈴はそう言うと布を取り出して鼻と口を隠すように巻いて後ろで縛る。黒い霧……ユーベルウィルスが目視出来るほど周囲に充満しているのだ。口元を隠しても微量なウィルスは既に体内に侵入しているだろう。
「触れられたら死ぬ……確実に……」
林檎も掠っただけで微量なユーベルウィルスが侵入し、それを活性化されて苦しんだ。量など関係ない、相手は触れることで増幅させることも簡単に出来るのだから。
『▲●▼idj■▲●w▼■iri▲●■■▲wgsv▼▼▼w』
「……勝ったつもりなんだ、確かにユーベルウィルスの治療法なんてないからこのままだといつか死ぬ……でもその前に倒す、絶対にね。【クリンゲル・シックザール】ッ!」
鈴はそう言って《アブソリュート・ユーベル》を睨み、【クリンゲル・シックザール】を発動した。




