真編・第52話【決意の音】
__街に逃げ帰った苺達は、何を話すわけでもなく各自部屋に閉じこもる。理乃は大斗が心配だと言って大斗の部屋で看護している。そんな他の人を心配する理乃だが、母親と父親が目の前で死亡した上に友人までもが1人居なくなった。その精神ダメージは思っているより大きい。
「みんな精神的にやられてる……」
部屋で1人、鈴は呟く。薄暗い部屋の中でベッドの上に座って思考する。今1番傷付いているのは目の前で林檎の死を目撃した苺と理乃だろう。しかし正樹、大斗、白もかなりダメージを受けている。
「………っ」
そして、鈴自身もまた精神的に苦しい。まだ普通に殺されただけならば、怒ることで恐怖を隠して“絶対悪”と対峙することが出来ただろう。しかし、アレは苺達にトラウマを植え付けた。今でも思い出すだけで心臓が掴まれるような気がする。
「《アブソリュート・ユーベル》……ユーベルウィルスを操る能力に気配すら消す高度の擬態……あの超HPを削るには苺と理乃の火力じゃないと……でも……」
主戦力がこんな状態の中で戦闘をするのは最善ではない。幸いと言っていいのか、《アブソリュート・ユーベル》は《バベルの塔》から離れない。なら、まだ考える時間はあるはずだ。鈴はそう思って立ち上がると自室を出た。
* * *
「林檎ちゃん……林檎ちゃん……っ」
苺はベッドの上で毛布に包まり、身体を震わせながら林檎の名を言い続ける。《ケラウノス・ブルート》の攻撃を自分が避けることが出来れば、林檎はユーベルウィルスによって死ぬことは無かった。林檎が触手に掴まれた時、刃を当てることが出来ていれば死ぬことは無かったはずなのに。そう苺は頭の中で何度も何度も自分を責める。そして責めるたびに……あの死の瞬間を思い出してしまう。
「みんなとゲームで楽しく遊んでただけなのに……どうしてこんな事に……なんで……」
__全ての元凶を討つしかない。だが、今の苺には“絶対悪”を倒す勇気すら無い。
「……苺」
「すず………私……っ」
苺の部屋に訪れた鈴は、毛布に包まって静かに振り返る苺の、その涙でぐしゃぐしゃになった顔を見ると歩み寄って抱きしめる。
「苺のせいじゃないよ」
「わ、私のせいだよ……! 私があの時しっかり攻撃を当てていれば……林檎ちゃんは死なずに済んだ! そもそもあの時、私が攻撃を注意していれば、林檎ちゃんが守ろうとしてくれることも無かった! 林檎ちゃんを……殺したのは私なんだよ!?」
「違う」
「違くないよ! 全部私のせい、私が……!」
「違うッ! 士狼さんも林檎も、全部モンスターが殺した、あの偽神が殺したッ! 苺が自分を責める必要は無い、現実と仮想が混ざりあったのが原因なんだから!」
鈴は苺の両肩をガッシリと強く掴んで叫ぶ。
しかし鈴もまた、自分を責めている。自分がもっと強かったら、的確な判断をしていれば……林檎が捕まった時も鈴の射撃なら届いたはずだ。触手のみを正確に撃てたはずだ。
「……うぅッ…ああああああっっ!!!」
鈴は悲しみから泣き叫ぶ苺を見て、決意を強く固める。
「__苺、大丈夫だから。もう無理しなくていいから」
そう言って鈴は苺を再度抱きしめた。
* * *
鈴はすすり泣く苺を安心させるように、背中をポンポンと叩きながら添い寝する。
「落ち着いた?」
「……ん」
「なら、良かった」
そう言って鈴は苺の髪を撫でる。
(こんな小さな身体で……今まで凄く頑張ってもらってたんだね……)
自分の胸にうずくまり、涙が枯れ果てた苺を見て鈴は微笑んで思う。こうして添い寝するとよくわかる。鈴とはおよそ10cm差の身長150cm……この小さな身体で、重い太刀を二振りも持って前線に立っていたのだ。
「すず……」
「ん? どーしたの、苺」
「鈴は……ずっと一緒に居てね」
「………はいよ」
鈴はそう言って《KS01》を手に握る。そしてゆっくりと苺の首元に持っていく。
「……鈴、大好きだよ」
「うん、私も大好き」
そう言った瞬間、鈴は引き金を引く。そして部屋に小さな発砲音が木霊する……。
「すぅ……すぅ……」
苺は静かな寝息を立てながら眠りにつく。麻酔弾で眠らせたのだ。他の部屋に居る正樹達にも気付かれないように消音効果を付与させるサイレンサーを取り付けて撃った。
「私が全部終わらせてくるから……安心しておやすみ、苺」
そう言うと鈴は苺の部屋を静かに出た。
「あ、一条さん。八坂さん達は……?」
「……三嶋さん」
鈴が苺の部屋を出ると、気になって様子を見に来た三嶋とバッタリ出会う。
「もう勘づいるとは思いますが……林檎は“絶対悪”……《アブソリュート・ユーベル》に殺されました。それで……みんな、トラウマを植え付けられて……もう戦えないかもしれないです」
「そうか……元々戦闘を強要する気はないんだ、あとは俺達大人でなんとかするから今は休んでてくれ……って、伝えといてくれないか?」
「ありがとうございます。私はちょっと……外の空気吸ってきますね、苺は何か食べれば元気出るかもしれないですし」
「あぁ、一条さんも無理するなよ」
「……わかってます。じゃあ失礼します」
少し罪悪感があるが、鈴はそう言うと《ホーム》を出る。外の空気を吸うわけでもなく、苺に何か食べ物を買ってくるわけでもない。
「装備状態良し。……すみません三嶋さん、無理しちゃうと思います……もうみんなを、苺をあんな悲しい顔にさせないために。……さあ、行こう」
《クインテットタウン》の北西門をくぐって鈴はそう言うと、苺に貰った《鈴のお守り》の小さな音を鳴らしながら“絶対悪”の元へ向かった。




