真編・第51話【本物の絶望】
『◆◆■◆◆!!!』
「み、みんな……逃げるよッ!」
“無理はするな、危なくなったら逃げてもいい”。三嶋の言葉を思い出し、鈴はそう叫んで走り出す。本能がアレを危険と判断したのだ、それを無視して戦っても犠牲が出るだけ。今がダメでも次がきっとある。次に賭ければいい。だから今は生きて逃げる。でないと……待っているのは解放ではなく、終焉だ。
「__【極創術】、味方に移動速度上昇を付与……ッ!」
理乃の【極創術】により、全員に移動速度上昇の効果が付与される。《アブソリュート・ユーベル》の攻撃は素早くはない、それにあの身体で追ってこれるとも思えない。しかし《アブソリュート・ユーベル》は身体を変化させ、無数の触手で逃げる苺達を追う。
「くっ! 私達を分断してる! みんな、なんとか集まってっ! 【テレポート】で一気に飛ぶよ!」
「うんっ! 【真閻解・氷華纏】__ッ! ハアッ!」
苺は氷華を纏うと、冷気を集束させて背後に巨大な氷壁を生成する。触手は生成に巻き込まれて凍りついていく。
「よし、ナイスだ苺! 今のうちに集合……」
直後、大斗の視界に真っ黒な物体……触手が伸ばされ、理乃の首を掴む。
「り、理乃ッ!!!」
大斗は咄嗟に飛び出し、触手を斬ろうとする。が、しかし。
「……えっ?」
「は……?」
大斗が理乃を呼んだことで反応した理乃の声は、大斗の真後ろから聞こえた。では目の前に居る理乃は誰なのか。
「大斗! それはきっと幻覚だよ!」
「ッ!? つーことは……!」
正樹が言った通り、大斗が見ているのは幻覚。大斗が走っている先には誰も居ない。なぜわざわざそんな事をするのか……それはもちろん__
『ヵK◆■じ+kツ2……殺fs◆▼■g8hx●h◆dh▲●wih!!!』
《アブソリュート・ユーベル》が叫び、氷壁を貫通して大斗の背後へ伸びる触手にまるでホースのようにポッカリと穴が空く。
「大斗……!」
『▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲!!!』
理乃が射撃化させた【灯望スル閃光ノ刃】を放つと同時に触手が青く閃光すると、大斗を狙って青白い熱線が撃たれる。
(死っ__ねるかッ!)
大斗は走る足を止めず、横へ飛び退く。立ち止まったり、引き返そうとすればその分スピードが落ちて熱線をもろに喰らう。だが熱線は細い、横へ飛び退けば生存する可能性は高くなるはずだ。
「ぐああッ!? 足が……ッ…くっそ、右腕に続いて右足もかッ!」
青白い熱線は一直線に大斗の右足を焼き、貫通すると《クインテットタウン》の壁まで届き、融かす。大斗の右足は超高熱にやり膝から下が全て焼け消えてしまった。これでは立ち上がって逃げることも出来ない。
『●●■◆■ッ!』
「【極創術】、弾道変更……!」
もう1つの触手にもホースのような穴が空くのを見た理乃が、既に放っている【灯望スル閃光ノ刃】を強引に弾道を曲げてその触手を斬る。
「俺は置いてけ! 囮になってるから、早く逃げろッ!」
「そんなこと……出来ない……! 【極創術】っ!」
理乃はバイクを極創すると跨り、走らせる。
「掴まって……!」
「バイクも作れるのか!? まぁ助かる……!」
大斗はそう言いつつ左手を伸ばす。その手を理乃が掴み、引っ張りあげてバイクに乗らせる。
「良かった……大斗と理乃はそのまま行って!」
「ん、わかった……!」
「すまねぇ、ちゃんと逃げろよ!」
バイクの速さならば触手からも確実に逃れられるはずだ。鈴もスキルを使えば逃げ切れるだろう、しかし仲間を置いて1人で逃げることは出来ない。
「わたしはファングで逃げ切れます、正樹と林檎を乗せるくらいなら出来るはずです! だから鈴と苺も遠慮せず逃げてくださいッ!」
「でもファングの巨体じゃ、あの熱線は避けれない!」
「それでもやって見せます!」
「鈴、白ちゃん! またレーザー来るよ!」
苺が《アブソリュート・ユーベル》の動きに気付き、鈴と白に伝える。有力な加速系スキルを持たない正樹と林檎はこのパーティーで1番足が遅い、だから鈴は一度に【テレポート】で飛びたかったのだが、触手の攻撃で皆が誘導されてしまい、既にバラバラに分断されてしまった。
「僕は【幻手】を使ってなんとか凌ぐから! だから九宮さんだけも!」
「だ、大丈夫よ! 私だってモンスターに乗れば今よりスピードは出るもの……! 《金狼》、召喚ッ!」
『●●www■▼w▼▼▼ww▼■wwww▲』
だが、召喚して乗るまでの時間……それは熱線が放たれるのには充分すぎる時間だ。
『__クゥ!?』
「あっ……!」
召喚された《金狼》は青白い熱線によって焼かれて肉片が融ける。《金狼》の背に乗ろうとしていた林檎は体勢を崩し、地面に落ちて転がる。
「林檎ちゃん……!!!」
「いち…ご……っ」
苺は瞬時に【真閻解・雷公纏】を発動し、【伏雷】、そして【解放者】を発動。血解状態となり【アクセラレータ】の効果で林檎の元へ向かう。……だが、傍に居た触手のほうが林檎に触れるのが一足早かった。
「くっ……あ……!」
《アブソリュート・ユーベル》の触手は林檎の首を締め、そのまま身体をゆっくりと持ち上げる。
「り、林檎ちゃんを……離して!」
『▼▼▼? ■▲◆k、な▲■b……◆●、▲▼ッtノ●■▲……▼▲▼▲ww!!!』
《アブソリュート・ユーベル》は林檎を持ち上げたまま何か呟くと、別の触手を伸ばして林檎の顔に迫る。
「ひっ……嫌……なに、する気よ……!」
(このままじゃ……でも、私のスキルじゃ林檎ちゃんも傷付ける……っ! スキル無しであの触手を斬れるの……? でも、だとしてもッ!)
やらなくてはならない。苺はそう思い、スピードを活かして太刀を振るって林檎の首に巻き付く触手を斬ろうとする。
しかし触手は林檎ごと移動してその攻撃をいとも簡単に避けてしまう。
「外した……ッ!」
『●▼▼▼AH☆◆◆』
《アブソリュート・ユーベル》は苺の攻撃を避けるとニヤリと笑い、伸ばした触手で林檎の頬に触れる。正確には……《ゼウ▼・ユーbEル》の《ケラウノス・ブルート》が掠ったことで出来た左頬の傷に。
「___アガッッ!!?」
その傷に触れられた林檎は、突然心臓を掴まれるような感覚が襲う。そして首を締められているからか呼吸が全く出来ない。続けて視界の左側がジワジワと紅く染っていく。
「い…ヤ……! 苺……助ケて……っ!」
林檎は自身が見ている世界が紅く染まっていくのを見て、察する。間違いない、あの時だ。
《ゼウス・ユーベル》が血を浴びたことで変化した紅い雷霆剣、《ケラウノス・ブルート》……ブルートとは血を意味する。そしてそれが意味する血が誰のものなのか……それは“悪魔”、いや……“絶対悪”以外の何者でもない。そしてその血を帯びた剣が林檎の左頬を掠ったのだ。傷が治らなかったのも、左目の視力が低下したのも、血が、ユーベルウィルスが体内に侵入したからだ。
(忘れていた……コイツの能力を……あの“悪魔”なんだから、出来ないはずがないのに……!)
林檎は苦しみながら思い出す。“悪魔”も“絶対悪”も最初から持っていた能力、“ユーベルウィルスの生成”……そして作り出した“ユーベルウィルスの完全操作権限”それがこの悪の能力だ。林檎は今、《ゼウ▼・ユーbEル》の《ケラウノス・ブルート》が掠った時に体内に侵入していたユーベルウィルスを活性化させられている。
「イヤ▼よ……! こノままジャ……みんナを●■そうトスr……ッ!」
ユーベル化特有のノイズ混じりの声で、林檎は言う。林檎の脳に別の誰かの声がうるさく響く。
「目に映るもの全てを殺せ」
「殺せばきっと気持ちいい」
「アレを殺せ」「お前の手で殺せ」
「八坂苺とその仲間を殺せ」___
「……ッ! うるさい……! ▲私は、みんなと出会ェ▲●て嬉しかった……! こん■●な世界でも、みンなが居たか○△▼ら……怖さナン◆て全く無■かった! 私の居◆場所を、私自身が壊すなんテ……したくないッ!」
『▼w▼w▼w▼w▼w▼w▼』
「林檎…ちゃん……」
「いチご……ごめんね……▼■」
林檎が右目から涙を零し、《リードナイフ》を自分の心臓の前に持っていく。自ら命を絶つつもりなのだろう。
「ダメ…だよ、林檎ちゃんっ!!!」
『あr●▼aj●▲gdi、D∀メ◆▼■dA◆』
__が。《アブソリュート・ユーベル》は林檎の《リードナイフ》を持つ手を触手で叩き飛ばすと、より一層林檎の首を強く締め上げる。
『■■■■■■■■■■■■■ww』
耳障りな笑い声を上げながら、《アブソリュート・ユーベル》は林檎の首を締め上げたまま地面に衝突させる。地面は衝撃で抉れ、林檎の腕や足は骨折してしまう。《アブソリュート・ユーベル》は林檎から触手を離すと、その泥のような真っ黒な身体を林檎の近くに一瞬で転移させる。
「り、林檎ちゃんから離れ__っ!」
『◆▲▼●■!!!』
“絶対悪”はそんな苺を見て笑い、自分の身体に触手を圧倒的スピードで打ち付けて血を流す。そして、そのユーベルウィルスの塊のようなものをうつ伏せに倒れる林檎へぶちまける。
人間がユーベルウィルスを浴びたらどうなるのだろうか。他モンスターと同じく、ユーベル化して暴れ狂うのだろうか。それともユーベル能力に目覚めるのだろうか。……全て否、答えは単純。人の身体でユーベルウィルスを宿すことは出来ない。身体の中でユーベルウィルスが膨張、暴走する。
「ウブッ__」
“絶対悪”、《アブソリュート・ユーベル》の血を大量に浴びた九宮林檎はウィルスに耐えきれなくなりその身体が弾ける。それと同時に身体が光と灰に変わって天を舞う。ユーベル化することは無い。だがしかし、静かに眠ることも叶わず……まだ意識が残っているうちに、まだ痛みを感じるうちに、抵抗出来ずに林檎は消滅した。その光景を、間近に居た苺はもちろん……鈴、正樹、白、理乃、大斗……その場の全員が見ていた。
「りんご……ちゃん……? ……あれ、林檎ちゃん…は……?」
『●●●▲▼●●●』
「苺ッ! 【テレポート】ッ!」
弾けた林檎の血が放心状態となった苺の顔に塗られ、ポタポタと落ちていく。そんな苺に攻撃を仕掛ける《アブソリュート・ユーベル》の触手を鈴が《KS01》の引き金を引いて撃ち抜き防ぐと、小刻みに震える小さな身体を抱えて【テレポート】で転移する。
「白、正樹君! 平気!?」
「っ、はい! わたし達も転移しますッ! さあ正樹、掴まってください!」
「……わ、わかりました!」
【テレポート】で転移した鈴は、まだ《アブソリュート・ユーベル》の近くに居る白と正樹に言う。白は正樹と共に同じく【テレポート】を発動して鈴達の元へ転移すると、ただひたすらに走って……走って……逃げた。
《アブソリュート・ユーベル》はやはり《バベルの塔》から離れる気はないらしく、それ以上追うことも無く再び転移して《バベルの塔》にへばりついた。




