真編・第50話【顕現せし絶対悪】
「……あれ、ちょっと左目の視力落ちたかしら」
夕方、林檎はふと部屋を見回して言う。右目を閉じて見ると、やはり視力が下がっている。
「まぁ連戦続きだったし……身体も疲れるわよね。それよりも苺が強化してくれた短剣も少し重くなってるみたいだし、慣らしておかないと」
林檎はそう言うと《リードナイフ》と《ニュートン》を装備して部屋で軽く振り始めた。
その頃苺はこれまでずっとみんなの装備を強化して疲れたので、夕日を眺めながら休憩するために《ホーム》の外に出ていた。
「さすがに疲れたぁ……!」
身体をグッと伸ばして苺は言う。そうして夕日を眺めていると、背後から何やら足音が聞こえてくる。
「__お疲れ、八坂さん。ほら、八神がおにぎり作ったから食べな」
「三嶋さん! いただきます!」
八神特製のおにぎりを持った三嶋が、そう言って苺におにぎりを渡す。ただの塩むすびなのだが、苺はそれを受け取ると美味しそうに頬張る。三嶋はそんな苺を見て笑みをこぼすと自分も同じおにぎりを食べ始める。
「……俺達、元《NGO》社員と組織の人間はライさんが残した希望……パスワードの解読に専念することになった。だから……多分“悪魔”との戦闘には参加出来ない」
「大丈夫です! 《エクス・システム》にアクセス出来れば……またみんなでゲームが出来るんです! だから安心して私達に任せて、じっくり解読してください!」
「頼もしいな……あぁ任せてくれ、必ず成し遂げる!」
「お願いします! はむっ、もぐもぐ……」
「相変わらず美味そうに食べるな……」
三嶋がそう言った瞬間、《ホーム》に設置されたスピーカーからローゼの声が響く。
『緊急です! 《バベルの塔》に異変を確認! これまでのモンスターとは桁違いのエネルギーです……! “悪魔”、顕現しますッ!』
「《ホーム》のスピーカーとローゼをリンクしてて良かったな、いつか八坂さん達にもローゼと直接リンク出来るようにする。そうすれば端末を介さずにローゼと会話が出来るはずだ。……俺達も八坂さん達が戦いやすいよう、サポートするために全力で動く。だから絶対勝ってこい!」
「はい! 八坂苺、行ってきます!」
苺はおにぎりを一気に食べ終えると、《鬼神ノ太刀・真閻》と《燈嶽ノ太刀・真閻》を装備して言った。
* * *
“悪魔”は《バベルの塔》付近に居ると思っていた。しかし、鈴達が《クインテットタウン》に戻る際に《バベルの塔》を通過したが、そこに“悪魔”の姿は無かった。
「居なかったと思ったら……そういう事かよ!」
大斗がその姿を見て言う。
先程《バベルの塔》に到着した苺、鈴、理乃、林檎、大斗、正樹、白は、周辺に“悪魔”の姿が無いことに違和感を感じていたが、しばらくして巨大な塔にへばりつく真っ黒な物体を目視した。そう、擬態していたのだ。その膨大なエネルギーすら隠す、ローゼが感知出来ないほどの擬態能力は苺達もその効果が切れるまでわからなかった。
『A●●H◆◆◆▲▼A●▲◆H◆▲AH◆▲A●▼▼■Aっ!』
確定した形は無く、粘り気のある泥のように《バベルの塔》にへばりつく“悪魔”は、真っ黒な物体にある不規則な並びの無数の紅い眼球で苺達をじっと見つめると大口を開けて笑うように叫び出す。夕焼けに照らされてその姿がよりおぞましく感じる。“悪魔”……《ザ・アンステーブル・ユーベルデーモン・A》の面影は微塵も無い。
「モンスターネーム、《アブソリュート・ユーベル》ッ!!」
苺がその名を口にすると同時に、HPが表示される。そのゲージ数は5本。しかし攻撃力、防御力等は今までより確実に高い。
「まずはアイツを塔からひっぺがすぞ! 正樹、頼む!」
「了解! 【幻手】っ!」
正樹は【幻手】を発動すると、1つを大斗の腕にして、他に刀を持たせる。
「わたしと林檎で支援します!」
「【パワーアップ】よ!」
白と林檎は後方に下がり、苺達のステータスを強化する。
「鈴と理乃ちゃん、正樹君は遠距離攻撃で撃ち落として! 私と大斗君でみんなを守るよ!」
「おう! 【星守ノ加護】ッ!」
苺の指示に従い、大斗は《星空の巨盾・カリスト》のスキル【星守ノ加護】を発動する。このスキルは味方の防御力を大幅に上昇させる代わりに、敵が自身を狙いやすくなるという効果を持つ。
「【クリンゲル・シックザール】、【サウザンドショット】ッ!」
「……【極創術・人意創造】、永遠の灯望剣《キャルヴレイグ》……! 遠距離攻撃化……【灯望スル閃光ノ刃】……ッ!」
「【ムーンライト・レイ】ッ!」
鈴、理乃、正樹は《アブソリュート・ユーベル》に攻撃の隙を与えないよう一気にスキルを発動して攻撃する。鈴の【クリンゲル・シックザール】により防御力が下がったためか、かなりのダメージを与えている。
「【ライトショット】!」
「【重拘束】っ!」
さらに白が光属性の射撃スキル【ライトショット】で《アブソリュート・ユーベル》の眼球を狙い撃ち、林檎が【重拘束】を発動して重力で塔から剥がし落とそうとする。
「攻撃来ます!」
「うぉぉぉぉおッ!!!」
塔から離れたくないのか、《アブソリュート・ユーベル》はその身体を触手のように伸ばして林檎へ攻撃を仕掛けようとする。しかしその攻撃は大斗が盾で防ぎ、そのまま触手を《勇刻ノ剣》で斬り落とす。
「かなり一撃は重い……でも防げないことはねぇ! いけるぞ!」
「うん! 【真閻解・鬼神纏】ッ! そして【鬼撃】【閻撃】ッ! 【真・閻解ノ燈太刀・鬼神纏・閻魔】ァァァァッ!!!」
苺は鬼神になると連続でスキルを発動し、【鬼撃】と【閻撃】、それぞれの炎の塊を《アブソリュート・ユーベル》に命中させると【真・閻解ノ燈太刀・鬼神纏・閻魔】の炎を燃え上がらせて放ち、真っ黒な身体を焼く。
『●ギ◆◆Ha◆◆E◆◆j◆Ah◆◆ッ!』
「くっ、いい加減落ちなさいッ!」
「【幻手】ッ! アイツを落とせ!」
林檎の【重拘束】の効果が切れる前に、正樹が【幻手】を使って《アブソリュート・ユーベル》の身体を掴み、強引に引き剥がす。
『ギエ▲▲sekxm▲エ▼エエ●◆エ*bエ■○□ops◇jgyf●▼●!!?』
《アブソリュート・ユーベル》は塔から落下。地面に衝突すると砂埃が舞い、その真っ黒な身体を震わせた。
「今のでHPが一気に削れたよ!」
「うん、防御力は低い! 全員で総攻撃するよ! 【クリンゲル・シックザール】ッ!」
落下ダメージでHPゲージが1本分吹き飛び、《アブソリュート・ユーベル》がダウン状態になる。その隙を狙い、鈴はさらに【クリンゲル・シックザール】で防御力を低下させると、全員で総攻撃を仕掛ける。林檎は【全召喚】を発動し、正樹は【幻手・現ノ呪腕】で斬り裂き、理乃は【極創術】で《キャルヴレイグ》に様々な効果を付与して攻撃、大斗は【勇刻ノ剣】を断続的に発動することで強化し、攻撃する。白もファングによる猛攻を行い、鈴は弱点の眼球を狙撃。
……そして苺が太刀を振るおうとした時、異変は起こる。
『▲▼▲▼▲? ◆●HA▼*■HAH■▼A!!!』
《アブソリュート・ユーベル》は突然笑い出すと、触手を自身の頭上に伸ばす。
「何か仕掛けてくる気です、みんな下がってください!」
「いや……あれは、まさか……」
《アブソリュート・ユーベル》は攻撃を仕掛けては来ない。しかし、鈴はなぜ自身の頭上に触手を伸ばしているのか気付くと、《アブソリュート・ユーベル》の不気味な笑い声が遠のいていく。ただ触手が伸ばしている場所を、鈴は汗を垂らしてじっと見る。
『▲◆▼』
《アブソリュート・ユーベル》の大口が裂け、苺達を嘲笑う。触手はなんと、自身のHPゲージに触れていた。その瞬間、鈴は最初にみせた《アブソリュート・ユーベル》の能力を思い出す。
「さ、最初から……全くHPは削れてなかった!?」
触手がHPゲージに触れると、そこが真っ黒になってHPが見えなくなる。その真っ黒なものは触手に吸収されると真実が顔を出す。《アブソリュート・ユーベル》はHPゲージに自分自身の身体を張り付かせ、擬態。つまりHPが減っているように見せていただけだったのだ。さらにHPゲージは5本ではなく、たった1本。しかしその最大HPは、例え他のモンスターのHPゲージが10本あったとしても遠く及ばない。
「擬態……ここまでの効果とは……」
「全然、減ってねぇ……」
白、そして大斗が本来のHPゲージを見て言う。それに、よく見るとジワジワとHPが回復している。
「ろ、ローゼ! あのモンスターの……レベルは……?」
苺は端末を取り出し、ローゼを呼び出して聞く。
『……っ、《アブソリュート・ユーベル》……レベルは……120です』
苺達はまだレベル99だ。オリュンポス十三神モンスターでもレベル100。それが一気に飛んでレベル120……今の苺達が勝てる相手ではない。せめて最高値のレベル100でなければ太刀打ち出来ない。
『H▲aww■●aw◆▼aH▲●■ww___
●◆▼▼●▲●◆▲▼■●◆▼■■●▲▲ッ!!!!!』
《アブソリュート・ユーベル》は笑う。そして耳障りな咆哮をすると、その絶対的な悪魔の力を英雄達に振り降ろした。




