真編・第43話【瞳ニ映ル、笑ウ君】
硬い水晶にめり込むほど圧倒的な力で押し付けられ、一瞬だが苺は呼吸が出来なくなる。
『まさかもう寝ないわよねっ!』
「……ッ! かはッ!」
苺が反撃する隙がない程の《ヘラ・ユーベル》の猛攻は、さすが神話で神々の女王というだけはある。
「……【真閻解・激流纏】___ッ!」
だが、必ず弱点があるはずだ。苺はそう思い、激流を纏って高霎を連続発動する。端から端へ凄まじいスピードで駆けて、《ヘラ・ユーベル》を斬っていく。
『速い……でもただ一直線に動いてるだけね……』
苺の攻撃を気にせず、《ヘラ・ユーベル》はブツブツと呟く。
「全然、効いてない……?」
『痛いわよ? でもそんなこと気にしてられないもの。ヘスペリデス、歌いなさい』
『『『〜〜〜♪』』』
表情をピクリとも変えずに苺の攻撃を受けているが、HPは確実に減っている。しかしヘスペリデス達が歌い、そのHPは回復していく。
『さて、さっきから見てて思ったのだけど……あなた回復手段は無いのかしら』
「……っ」
『ポーション類……は、ここへ来るまでに沢山相手にしたからもう残ってないわよね? そうなるようにあたしがしたもの』
回復は全て鈴や林檎、ローゼに任せて苺は攻撃に専念していた。戦闘もほとんど短期決戦のため、回復スキルはあまり必要なかったのだ。回復出来るとしても、【捕食者】による吸収くらいで……その効果は低く、気休め程度にしかならない。
そして、今のローゼにスキルは使えない。
「【真閻解・鬼神纏】……でも、あなたも不死は使えない!」
『……そこだけは誤算だったわ、一体その能力はなんなのか……気になるけどあたしも本気でやらないと……【鎧鋼突破】』
《ヘラ・ユーベル》は【鎧鋼突破】を発動し、強く床を踏み込み、消えたように見えるほど速いスピードで苺に接近する。
『__フゥッ!!!』
拳を大振りに構え、苺の胸の辺りを狙う。
「ッ! 【鬼神武双・烈火】!」
しかし苺はリキャストタイムが終了していた【絶対回避】を発動し、【鬼神武双・烈火】で反撃する。
『くっ、やるじゃないッ!』
突き出された《ヘラ・ユーベル》の右腕を斬り落とすと、《ヘラ・ユーベル》は血が流れ出る傷口を左手で押さえて言う。攻撃する手は止めたが、足は止まらない。《ヘラ・ユーベル》は傷口を押さえながら苺の脇腹を蹴る。
「あっ!?」
『2撃目ッ!』
さらに《ヘラ・ユーベル》はくるりと回転すると再び蹴りを入れる。威力は抑え目なのか吹き飛ぶまでにはいかない。
「う……くぅぅ………!」
『ベリーっ!』
先程、《ヘラ・ユーベル》が発動していた【鎧鋼突破】の効果、防御無視により苺の《霧雨・改》の防御性能が無視され、痛みがダイレクトに襲う。
『さぁ、次はどうする! 氷華とかいうやつであたしを凍らせる? それともまた進化するのかしら!』
《ヘラ・ユーベル》はそう言って倒れ込んでいる苺にパンチを繰り出す。
「___ッ!」
しかし当たる直前に苺は雷公を纏い、雷の速さでその攻撃を回避する。
『発言せずにスキルを発動する……か、めんどくさいわ……』
「っ、【閻撃】ッ!!」
苺は背後から【閻撃】を放つ。《ヘラ・ユーベル》はそれに気付き振り返るが避けようとはせず、そのまま苺へ接近する。【閻撃】を受けても《ヘラ・ユーベル》は減速せず、蹴りを2回、そして3回目で苺を蹴り飛ばす。
「どうすれば……!」
『ハァッ……しぶといわね……ッ』
《ヘラ・ユーベル》の一撃一撃の威力は高く、スピードも速いがかなり疲労している。勝機はあるはずだ。
『本来であれば黄金のリンゴを食べ、不死を得ていました。でもそれに意味が無いとわかった以上勝てない戦いではありません……でも……』
「能力……だよね」
《ヘラ・ユーベル》のユーベル能力がわからない。いつ、どのタイミングで使ってくるのか、注意してなくてはならない。
『……そろそろね』
《ヘラ・ユーベル》がそう呟くと、上り階段の方から走る足音が聞こえてくる。
「__苺っ!!」
「す、鈴!」
降りてきたのは鈴。息を切らし、汗を浮かべている。苺の姿を見ると安心したのか強ばっていた顔が緩む。
『……ベリー?』
しかしローゼは苺を困惑した声で呼ぶ。
「間に合ってよかったよ、苺、一緒にやるよ!」
「うん!」
『ベリー! それはっ__!』
ローゼが叫んだその瞬間、銃の発砲音が部屋に響く。そしてその直後、苺の背後から薬莢が落ちる音がする。
「え………」
苺は胸に何か違和感を覚え、視線を移す。そこには銃で撃たれ、弾丸が貫通して空いた穴から血が吹き出していた。そして苺の背に銃口を当てていた“鈴”は、ニコリとどこか不気味に笑う。
「鈴……? なん…で……あれ、でも……痛くない……」
苺は震える手で吹き出る血を止めようと穴を押さえる。だが不思議と痛みが全くない。そんな苺に、鈴は答える。
「ごめんね苺、やっぱり私……こっち側に付くよ」
そう言うと鈴は《ヘラ・ユーベル》の隣に立つ。
「うそ……だよね……? 鈴……っ!」
『ベリー! しっかりしてください! そこに鈴は居ません!』
「ろ、ローゼ……何言ってるの……だって鈴が目の前に……」
『ベルだけ、なのですか? ベルとの会話を思い出してください、ベルはあの時確かに“私達”と言っていました。それなのに何故ベル、たった1人しか居ないのですか!』
「え……あ……」
しかし、ローゼの言葉がほとんど聴こえていないのか、苺は震えたまま虚無を見つめる。
『《ローゼ・システム》……さすがにあなたには効かないのね、あなたも効いてくれれば凄く楽に終わったのに……』
《ヘラ・ユーベル》はそう言うと木から黄金のリンゴを採って食べる。
『ま、それは無視しましょう。ほら一条鈴、やりなさい』
《ヘラ・ユーベル》がそう言うと、鈴はゆっくりと苺に近付く。
「苺、もう諦めよう? ここまでよく頑張ったよ」
「でも、みんなのところに……帰るって……」
「私に会えたんだからもういいでしょ? それとも……私のこと、嫌いなのかな?」
鈴は笑顔を作って苺の頬を撫でる。
「そ、そんなこと!」
「そっか、良かった。じゃあ武器を置いて、あっちの方に行こうよ。2人で一緒に……ね?」
「う……ん……」
『ベリー!!!』
苺は虚ろな目をして、1人で部屋の端に向かって歩く。そこは《ラドン》が壁を破壊しているため、そのまま突き進めば落下する。
『止まってくださいベリー! そっちは危険ですっ!』
「ロー……ゼ……でも、鈴が……」
「苺、こんなのとなんか会話してないで。私とだけお話しようよ。何もかも全部諦めて……ずっと……」
鈴は苺の耳元で囁く。……すると苺は、突然歩む足を止める。
「___鈴が……そんなこと言うはずない。鈴は、きっと諦めないでって言ってくれるっ……それに、大切な仲間を……! “こんなの”なんて呼ばないッ!」
「……チッ」
苺が強くそう言うと、鈴だったものは解けるように消えて、目の前の景色が現実となる。
「うわっ!? あ、危なかった……」
そう言って尻もちを着く。もし、あと一歩でも足を出していれば落下していた。
『はぁぁぁ〜〜………最悪よ。全く……なぁ〜にが“今の奴には精神攻撃がうってつけだ”よ! 全然意味無いじゃない!』
「もしかして……今のが……」
『……えぇそうよ、あたしの能力。ただの幻視幻聴。銃で撃たれても特に痛みはなかったでしょう? ……この程度の効果……どうせなら遠距離攻撃でも出来るようにして欲しかっ__』
《ヘラ・ユーベル》はそこまで言って自分の口を塞ぐ。
『戦いは互いの情報によって左右するのよ……! 自分で自分のこと喋ってどうすんのよ……!』
「それ、半分嘘……だよね?」
『あら、バレた? 遠距離攻撃は出来ないって思わせて不意を突こうと思ったのに……でも幻視幻聴じゃないかもしれないわよ?』
『ベリー、恐らく能力は“生物に対する幻視幻聴効果”です。私には効かなかったですし……外傷を与えられないので注意していれば大丈夫です!』
「うん!」
その苺とローゼの会話を聞いて、《ヘラ・ユーベル》は苛立ったように木の幹を蹴り折る。
『……全力を持って、潰すわ』
「……全力でお断りするよ!」




