真編・第17話【鍵ハ開カレ解放ス】
『ズクンッ!』と心臓が跳び跳ねるような、身体が宙に浮くような感覚に、苺は吐き気がする。身体の内側から何かが飛び出てきそうだった。
「うぐ…っ、な、なにを…したんですか…っ!」
『お前の 心の 奥深くに眠る “真実” という名の 扉…あるいは門… それを開いた… これによりお前は “真の実力”を 解放された』
《ヘファイストス・ユーベル》の言葉が終わる頃には、苺の真っ白で何もない精神世界に、“色”が付き始める。
白く、四角い箱のような世界は、箱ではなくなり…何処までも果てしなく続く、広い広い大地が姿を現す。森、川、湖…地面は草花が生い茂り、気持ちのいい自然の中、穏やかな風が吹く。
赤、ピンク…そして、深紅の花たちが苺を囲むように咲き誇る。息を飲むくらい美しい光景だ。清み渡る空を風で散った花弁が舞い踊っている。
「……な、なに…? 凄く…怖いよ…?」
しかし苺は急な恐怖感に震える。嫌な夢を見たあとのようだ。
もちろん目の前の光景が変わったことに恐怖しているのではない。見惚れてしまうくらい綺麗な景色だが、苺は歯を食い縛り固唾を飲む。何に恐怖しているのかわからない。それがさらに恐怖心を煽る。
そして手には《鬼神ノ太刀》ともう1つ…見たことのない刀を、苺はいつの間にか持っていた。…しかしその刀は真っ黒な霧がかかり、どんな形でどんな装飾がされているのか、苺にはわからなかった。
『その力を 奪い 我は 進化を遂げる 人間を 剣に 盾に 鎧に 変えるのだ 全て全て全て 我が打つのだ』
良識が通じる相手と思っていたが、やはりユーベル化しているため邪悪な心が見て取れる。苺は混乱と恐怖感の中で、深呼吸をして心を落ち着かせ、刀を構える。
「させ…ない……!」
『面白い』
《ヘファイストス・ユーベル》はそう言うと青い剣を消して、歪な形状の斧を取り出し、先程とは違い…自ら武器を持ち、苺に攻撃を仕掛ける。
「やっっ…!!」
『遅いぞ 【エクリプス】』
《ヘファイストス・ユーベル》は苺の攻撃を弾き、【エクリプス】を発動する。赤紫の靄もやが苺を包むと、侵蝕するように身体を蝕んでいく。
「うくっ…! いた…い…!」
苺の足の太ももや腕には、赤紫色の紋様が浮かび上がっている。ジリジリと皮膚が焼けるような、刺されるような痛みに苦痛の表情を浮かべる苺だが、さらに試すように《ヘファイストス・ユーベル》は続けて斧を振るう。
『ふん…ッ!』
「……っ!!!」
ギリギリ、両刀でガードしたことで直撃は免れたが、その一撃で苺は確信する。“1回の攻撃が2、3回になっている”と。
そしてその読みは正しく、《ヘファイストス・ユーベル》が持つ、歪な形状の斧…《壊斧ラヴィリス》は圧倒的な重さの変わりに攻撃力に優れており、【複撃】のスキルを持ち、さらにクリティカルヒット率とクリティカル威力が上昇している。1度の攻撃でランダムで複数回の攻撃が当たった場合、そしてそれがクリティカルヒットした場合…そのダメージはとてつもなく大きいものとなる。
「はぁ…はぁ…!」
そして【エクリプス】の影響なのかは不明だが、苺は自分が疲れやすくなっていることに気付く。自力で回避が難しいかもしれない。しかし《壊斧ラヴリュス》の攻撃を両刀で受け続けていれば、いずれ折れてしまうだろう。それほど重く、強固な刃なのだ。耐えれて後3回だろう。
(どうしよう…どうしようどうしようっ! このままじゃ…!)
刃を交えたまま、2人は動かずにいた。苺は思考を巡らせるが、恐怖心と混乱で頭は真っ白だった。
『その程度 なのか? お前の力は… いや違う まだ慣れていないのだな …しかし このままでは やはりお前は あの仲間達の 足手まといに なるな』
「…っ」
『お前が居ることで 死者が現れるだろうな』
「嫌だ」、という感情に苺は押し潰される。ただゲームをしていただけだったのに、いつしかこうしてモンスターの生を奪っている。もはやこのモンスターもデータ上のものではない。ここは現実なのだから。現実だから、人の死がある。
「嫌…です」
『………』
「私は、絶対に…! この世界を戻して、またいつもの日常に戻るんだッ! いつもの日常に戻すために…みんなを死なせたくない……死なせない! 私が頑張るッ! そうすれば、みんなは苦しまなくて済むんだから!!!」
苺はそう言うと力を込め、《壊斧ラヴリュス》を押し返す。
『…… 【エクリプス】の痛みもあるはずなのに 押し返すか 面白い やはりお前は 強くなる』
すると《ヘファイストス・ユーベル》は《壊斧ラヴリュス》を天に掲げ、地面に向けて大きく振るう。
地面には亀裂が入り、その亀裂から光が見えたと思えば何本もの剣や槍などの武器が現れ、天に向かって放たれる。
「はぁぁあああッッ!!!」
苺は身体をひねり、大きく回転すると周りの剣をも弾く、強風を発生させる【龍巻】を発動したのだ。苺は【龍巻】を自身に纏わせ、外部からの攻撃を風で弾いていた。
「勝利の花を、咲かせるよ……ッ!」




