真編・第4話【絶望と希望】
…戦闘部隊が《バベルの塔》へ向かってから、4日が経った。《クインテットタウン》から《バベルの塔》まではそこまで離れていない、乗り物というものが無いとはいえ、歩きで1日…2日も掛からないはずなのに、4日という長い時間が経っていたのだ。
そして5日目の正午、1人の男性隊員が傷だらけの状態で街に戻ってきた。
彼は言った、「全員“悪魔”に殺された」と。そう言うと彼は光に包まれ、直後灰のようなモノも混ざった光の粒となり消滅した。彼は最後の力でここまで戻り、この事を伝えたのだろう。その光景を見た人は、深く絶望した。
“この世界は死体すら残らないのか”と。人々は舞っていくその光を見ながら、せめて安らかにと手を合わせて祈るのであった____。
* * *
戦闘部隊全滅の確認からさらに2日。仮想と現実が入り交じった新世界の誕生からちょうど1週間が経過した。
「悪魔の再臨か…」
三嶋は戦闘中の隊員からの通信の一部を聴くと、そう呟いてうつ向く。戦闘部隊が全滅したこともだが、何よりも“悪魔”の存在を危険視しなくてはいけなかった。
例の隊員の件で新たに確認された脅威“悪魔”、戦闘中の通信でもその声が聞き取れた。ベリーの【真・閻解ノ燈閻真太刀・鬼神全真纏・勝華爛漫】でやっと倒せたというのに、それが復活……いや、進化して出現したのだろう。恐らくゲームシステムが導入されているのに気付いた五島が対抗策として用意したか、もしくはこの事すら予測済みだったのかもしれない。
「竹ちゃん…私……ううん、人類はこのまま目的もなく、ただ生きていくのかな……?」
八神の言葉は、このまま行けばそうなる、なってしまう真実だ。現実なのか仮想なのかもわからない身体はこの1週間で食べ物を食べるという行為がほとんど意味がないことがわかった。
仕事も無ければ、ゲームやゴルフなどの…趣味の類いのものも無い。人間は自身の存在価値を失いかけていた。
「……実はな、高レベルの《NGO》プレイヤーに、声をかけたんだ」
ふと三嶋が呟くように言う。
「でも、どのプレイヤーも…“なんで自分がそんな危険なことをしなくてはならないのか”って…そう言われて断られたんだ……もし元の世界に戻すことが出来たら、その人は世界中の人達から感謝されるだろう、でも…今の人間にはそれは意味のないものなんだ、必要なのは存在価値、でも危険なことはしたくない……でも人間はそんなもんだ、俺だってそうだ……ほんと、どうすりゃいいのかわかんなくなるよ」
そう言う三嶋も、“こんなことの為に自分は《NGO》を作ってきたのか”と、自分を責めていた。
「苺ちゃん達に頼めば…やってくれそうだけどね……」
「…無理だ、頼めない……あの子達が死ぬのを、俺は見たくない」
「そうだよね…私もだよ…」
三嶋と八神は、何をするべきなのか、自分は何をしたいのか、わからなくなっていた。
* * *
しかし同時刻、三嶋が止めていたのにも関わらず、苺達はフィールドに出ていた。
「【クイックショット】ッ! 苺! 今だよ!」
「うんっ! 【鬼神斬り】ッ!」
鈴が【クイックショット】でモンスターの両目を潰し、怯んだところを苺が【鬼神斬り】でトドメを刺す。一番安全な戦い方だ。
「このモンスター達も…生きてるのかな……?」
「そう思いたくはないけどね……でも、私はあっちから来るんだからこれは自己防衛なんだー…って思い込んでるな」
黒っぽいドロッとした血を流すモンスターの死体を見ながら苺と鈴は言った。モンスターはやがて光の粒となって消滅する。その瞬間まで苺達はずっと見つめていた。
理由付けして“殺し”を正当化しようとしている自分達は、もう既にこの世界に呑まれてしまっているのかもしれない。
「苺、皆……私は皆の笑顔がない世界なんて壊してしまえー、っていう理由で五島を殴り飛ばそうとしてる訳だけど、本当に皆も来るの?」
鈴はそう皆に確認をするように聞く。鈴は決意した、苺や皆の笑顔が、消えていくこの世界を壊し、元の笑顔の絶えない明るい世界に戻すことを。そしてその決意を皆に伝えると、「鈴だけに任せられない」と言って皆着いてきたのだ。
「私も鈴と同じ気持ちだよ! やっぱり…ちょっと不自由な世界だけど、皆の笑顔が明るかった、あの世界がいいよ!」
「僕も苺さんと同意見です、こんなこと間違ってます」
苺と正樹はそう言って、鈴と同じように決意する。
「私は……おとーさんと、話をしたい……」
「俺はまぁ、苺が言ったこともだが、このパーティー火力バカしかいないからな、盾役は必須だろ?」
理乃と大斗も、そう決意して着いて行くことを決める。
「私も大斗と似たような感じよ、ローゼが戦えない今、サポーターは私くらいなんだから、頼ってもらわないと困るわ!」
林檎もそう言うと、鈴はため息を吐く、しかし嬉しそうだ。
「じゃ、いつも通り皆で行きますか!」
こうして全員が、世界を元に戻すという決意をする。それは決して冗談などではない。世界を元に戻すということは、モンスターと戦う覚悟、モンスターを倒す、ではなく殺す覚悟。もちろん人の命を奪う覚悟も。
そして、死の覚悟だ。命を奪う覚悟をするということは、逆に命を奪われる覚悟もするということ。しかし死ぬことは誰一人として許さない、苺達は必ず生き延びるという決意もする。
こうして、苺達は《バベルの塔》を登り、五島文桔を押し退けてでも世界を救うことを胸に、立ち上がった。




