第118話【悪魔降臨】
「いやッ! 皆ストップッ!!」
さあ追撃を! っと思った矢先、ベルが血相を変えて言う。
ローゼも剣を握る手が震える。
「な…んだ、ありゃ……」
「黒い……?」
ソラとフィールの言葉に、全員が上を見上げる。
このボス部屋の天井は丸く開いていて空が見えるのだが、その空は真っ黒に染まっていく。そしてそれは第五階層全体を覆い尽くす。
「み…皆さん……いったん街へ戻りましょうっ! “アレ”はダメです、どうやっても勝てません!!」
「で、でも三嶋さんから頼まれ……ッ!?」
ベリーがそう言った瞬間、全員が肌に鋭く、深く、突き刺さるような邪悪に動きが止まる、いや…足が震えて動けない。これは恐怖だ。
そしてその邪悪がさらに強くなったかと思うと、空から“何か”が勢いよく落下する。
『▽■▽▲▼▼▼″″″ッッ!?!?』
「う…嘘……でしょ……?」
ベリーは一瞬で起きた目の前の惨状に言葉を失う。空から落ちたドス黒い邪悪は落下地点に居た《ヴァールハイトテューア・シュピネ・U》を拳で殴り潰したのだ。
先程戦っていて、全く歯が立たなかった物理攻撃で、さらにたった一撃で、《ヴァールハイトテューア・シュピネ・U》のHPは0になり光の粒となって消滅し、それと一緒に舞う黒い粒がその邪悪に入り込む。
「皆さん逃げてくださいッ!! あれは___“悪魔”ですッ!!」
ローゼのその言葉もベリー達の耳には入らなかった。
目の前に現れた絶対強者に、ベリー達は脅えることしか出来なくなっていた。
『G%◆〓¶┓r″a▼a”aa▲a§aa¶a!!!!!』
命を奪ったことへの歓喜か、“悪魔”は強く咆哮する。
二足歩行で、人間の身体に限りなく近いが、その顔はまさに悪魔を連想する顔で、曲がりくねった角が目立つ。その体格と比べると細めに思える尻尾は地面を叩くとヒビが入る。
その大きく真っ黒な翼は血のような色の模様が入っており、不気味さを際立たせている。
ただそれよりも、ベリー達は《ヴァールハイトテューア・シュピネ・U》を殴り潰した強靭で巨大な両腕に目が行ってしまう。
「ッ! み、皆! 部屋を出て! 今すぐ!」
ベルは『ハッ』と我に返るとそう叫ぶ。本能でわかっていた、アレは危険だ。
「行くぞフィールッ!」
「う、うん……!」
真っ先にソラがフィールを引っ張って部屋を出るべく走る。
「ベリーも! 行くよッ! バウム君ベリーよろしくッ!」
「任せてベルさん、行こうベリーッ!」
「う、うんッ!」
ベルはバウムにベリーを頼み、皆の避難を優先する。
「ベルさん! アップルさん! 早くッ!!」
ローゼが扉を開けて待っている。あと残るはベルとアップルだ。
「アップル、急ぐよ!」
「わ、わかって……あっ…!?」
その時、走り出そうとしたアップルが何かに躓いて転んでしまう。
「ま、まだ子蜘蛛が……!?」
どこかに隠れていたらしい、1匹の子蜘蛛に躓いたアップルはすぐ立ち上がろうとすると、“悪魔”の脚で目の前の子蜘蛛が潰されるのを見て腰が抜けてしまう。
「アップルッッ!!!」
足を止めたベルがそう叫んで言うと、必死だったからかベリーと同じく声に出していないのに、【アクセルブースト】が発動される。
『g▼hl■e¶┓yd◆●』
「ひっ……!」
“悪魔”はアップルに顔を近付け嗤う。そして、大口を開けてアップルにかぶり付こうとする。
「ハアアアアァァァッ!!!」
その瞬間ベルが“悪魔”の顔を殴り飛ばす。もちろん吹き飛びはしない、全く微動だにしない“悪魔”だが、アップルを捕食するのは止めた。ベルが【アクセルブースト】だけでこんなに速く移動したことに一同驚きを隠せないでいたが、それどころではない。
攻撃対象をベルに変えた“悪魔”はその強靭な腕を振り下ろし、ベルを叩き潰そうとする。
「【絶対回避】ッ! 【テレポート】ッ!」
その攻撃をベルは【絶対回避】で避け、避けた先に居たアップルを【テレポート】で部屋の外へ送る。
「【バウンド】ッ!」
そして“悪魔”の攻撃を避けながら【バウンド】を横向きで設置し、扉へ向かって跳ねてスピードをつける。
「「ふっっっ!」」
そしてベルが部屋の外に出た瞬間、ソラとバウムが大扉を閉める。
「ハァ! ハァ! だ、大丈夫アップル?」
「あ…ありがとう…ベル…死ぬかと思ったわ……ほんと……」
半ば放心状態になっているアップル。しかし、ひとまずこれで少しは落ち着ける……。
……なんてことは無かった。
『d=▼p“ci▲ヾw”◆aaa!!!』
なんと“悪魔”は扉を破壊した。プレイヤーもモンスターも絶対に破壊出来ないはずなのに。
「走れぇぇぇぇ!!!」
ソラがそう言ったのをきっかけに全員が何も考えずに、ただ必死になって走る。
『GA┓A〓♯▲∪╋●∃Ω!!!』
“悪魔”は電子音声でも獣の声でもない、ただひたすらに恐怖を植え付けるような不気味な声でベリー達を追い掛ける。
「どうなってんだこれ!」
「わ、わかりません! あのモンスターもなんなのか……!」
「いいから今は考えるより走って!」
ベルが言う通り今は考えても仕方ない。考えたところでわからない。ただ、全員内心では「逃げ切れない、どこかで向かい討たなくては」と思っていた。現に“悪魔”はダンジョンを破壊しながら追い掛けてくる。街に逃げ込んでも、強引に入ってくる可能性もある。そうなると街のNPC達が危なくなってしまう。
『________ッッ!!!』
“悪魔”は声にならない咆哮をし、ベリー達を追い掛け続ける。
勝てるのだろうか、“アレ”に。恐ろしいほどの防御力を持っていた《ヴァールハイトテューア・シュピネ・U》を拳一つ、一撃で倒した相手に……自分達は《ヴァールハイトテューア・シュピネ・U》で苦戦していたのに、勝てるのだろうか?




