第114話【Lie smile】
「……そうだな、異常と言っていいか……2日前の話だ」
2日前、それはバウムがローゼから【真閻解】について教えて貰った日。そしてその日からローゼは姿を見せていない。
「その日、ローゼはログアウトすると俺達に“何か”を訴えてきた」
「何か? ってどういうこと?」
「聞き取れなかったんだ、重要だと思われる部分にノイズがかかって……そしてその数秒後、ローゼは消えた」
「「消えた!?」」
三嶋や八神達に、訴えるように言っていたローゼだが、その声はノイズがかかり聞き取れず、消えてしまった。いや、“移動した”と言っていいだろう。
「あまりにも不審だったんで、俺個人でいろいろ調べたんだ、そして、ユーベルという……俺ですら知らないモンスターが居ることがわかった、ここで俺は疑問に思ったんだ、アメリカの本社が自ら手を加えることはたまにある、だが日本サーバー管理部長である俺が知らないということはあってはいけない、俺はその事を知っていないといけないんだ」
責任者であるからには、知っていないといけない。しかしその事を本社は三嶋に伝えていなかった。
「もう何がなんだか俺にもわからない、だが明日、社長秘書がくるらしいからその時に聞く」
「で、でも…なんでその事を私達に?」
「ローゼと君らは仲が良いらしいからな、他人事じゃない。それに、ユーベル化モンスターとの戦闘も多い、ちゃんと説明したかったんだ」
確かにローゼは仲間であり友達だ、消えたとなると心配になる。
「………ふぅ、ではまた明日も来ます、もう一度言いますが……本当に申し訳ございませんでした」
「そ、それはもういいですよ! 私は大丈夫です!」
苺は深々と頭を下げる三嶋にそう言って頭を上げさせる。
「はい、それではまた」
三嶋はそう言って病室を出ていった。
「ハァァー……ローゼのことも心配だけど、なんか大変なことになってるみたいだねぇ」
「うん、大丈夫かなぁ?」
鈴と苺は三嶋が出ていったあとの病室の扉を見てそう言った。
* * *
そして、次の日。
「やっと着きました……」
金髪で長身の外国人男性が、真剣な表情で《NGO》日本会社の前に立ち呟く。
「コーンニチワ! 三嶋さん!」
満面の笑みで、両手を高々と掲げてそう言った。
「来ましたね、ライ さん」
「だ、誰ェェ?」
八神はわかっていないようで、三嶋が説明をする。
「この人はライ・スフィール、アメリカにある《NGO》本社の社長、及び代表取締役の五島文桔の秘書だ」
「シャチョウヒショ! おお……給料上げてくれませんかね…?」
「おいやめろ八神」
そんな三嶋と八神のやり取りをにこやかにライ・スフィールは見て言う。
「仲が良いんですねぇ、あっ、お給料アップについては現在検討中ですよ」
「おぉやった! というか日本語上手ですね!」
「おい八神、もう少し丁寧に…」
「大丈夫ですよ三嶋さん! あ、でもワタシ、もう少しアメリカっぽいほうが良いですかね?」
「いやそのままで結構です、八神もこの人ノリが良すぎるからほどほどにな」
三嶋はそう言ってライ・スフィールにコーヒーを手渡す。
「それで、早速いろいろ聞きたいことがあります」
「あぁ、そう思っていましたよ……」
ライ・スフィールは微笑しながらそう言ってコーヒーのひと口飲む。
「……八神、席外せ」
「うっ、聞きたかった……」
八神はそう言って肩を落とすが、そんな八神にライ・スフィールが一言。
「あ、お土産あるので皆さんで食べてください」
「ありがとうございまぁぁぁっす!!! ひゃっほー皆お土産だぞぉ!」
お土産一つでテンションが急上昇した八神は騒がしく部屋を出ていく。
「すみません、うるさい奴で……」
「いえいえ、それで本題ですが……《ローゼ・システム》のことですね?」
ライ・スフィールは顔を険しくしてそう話す。
「ええ、なんで俺に何も言わずに?」
「それは申し訳ないと思っています、《ローゼ・システム》を急遽アップデートしなくはならなくなりましてね」
ライ・スフィールはそう言ってコーヒーをひと口飲む。
「アップデート……?」
「ええ、まぁ少し修正したり、クエストの生成をスムーズにしたくらいですかね」
「そうですか……」
「……プレイヤーの現実の身体に異常が発生する件についても現在修正中です、本当に申し訳ことです。……とりあえずこんなところでしょうか」
ライ・スフィールはまたにこやかに表情を和らげ、そう言ってコーヒーを飲み干した。
「最後に一つ……本当にそれだけですか?」
“それだけ”とは、ローゼのアップデートについてだ。
「はい、それだけ…ですよ、では!」
「そうですか……あ、見送りますよ」
「いえいえ、お仕事を続けてください、それではまた~♪」
「は、はい、お気をつけて~…」
スキップをしながら部屋を出ていくライ・スフィールにそう言って自分の椅子に腰掛ける。
「はぁぁ~、短い間だったのに疲れた……」
「終わった? あっ、あとお土産全部食べちゃった」
「うん、まぁそれはわかってたからいいけど……ちょっとしたバグが頻繁に起こっているっていう話をしただけだ」
三嶋はそう言ってパソコンを開き、ローゼを起こす。
「ローゼ、具合はどうだ? 何か異常はあるか?」
『その声は……三嶋さんですか、ちょっと気持ちが悪いですかね……あと記憶も少し飛んでしまったようです……』
「そうか……少し休んでてな」
『はい、ありがとうございます』
ローゼの声は元気がなく、記憶、メモリーデータが破損したらしい。
「やっぱりおかしいな……」
三嶋は窓の外からスキップしながら歩道を歩くライ・スフィールを見ながらそう言った。
* * *
「そろそろ、ですかね……楽しみです」
そしてライ・スフィールはそう言って、とある家の前に立つ。
「ふぅ、やあ理乃! お父さんが帰ってきたぞー!」
ライ・スフィールは玄関の鍵を開け、そう言って家に入る。
「おとーさん……こっち来てたんだ……おかえり……」
《NGO5》をちょうどログアウトしていた理乃はリビングでクッキーをかじって言う。
「んもー、もうちょっと喜んでくれないかなぁ? ところで理沙はどこだい?」
「おかーさんは買い物……」
ライ・スフィールは理乃を抱き上げ、ソファーに座り、自分の膝の上に理乃を乗せて言う。理乃は乗せられたことには興味ないようで変わらずクッキーをかじって言う。
「そっかー、あっ、最近お友達とはどうかな? ほら、前にお父さんを脅したときの子達、確か……」
「ベリーとベル……仲良くなって、あと他にも友達できた………でも今病院に居るみたいだから……今からお見舞いに行く……」
「そっかそっか! 気を付けてね!」
久しぶりに自分の娘との会話に、ライ・スフィールは笑顔が絶えない。
「ねぇ……最近のモンスター……なんか…変だよ……?」
「……あぁ、大丈夫だよ理乃、その友達も怖い思いをしたのかもしれないけど、全部“シナリオ通り”だから! 何の心配もいらないよ!」
そう、《ヘルツ》や《ベリードール・ユーベル》のイレギュラーも、現実の身体に異常が発生することも、さらには“悪魔”に至っても、全て“シナリオ通り”。
「もうすぐで……完成するみたいだからね、理乃」
「……? そう……」
ライ・スフィールはそう笑顔で言う。理乃の位置からはライ・スフィールのその表情は見えないが、その笑顔は苺のような明るく暖かな笑顔ではなく、子供の無邪気な笑顔のような、歓喜や待ち望んでいたかのような笑み。しかしその笑顔に明るさも暖かさも感じられなかった。




