第112話【八坂苺】
「そ、そんな……」
ベリーは【絶対回避】を発動してなんとか無事だった。
ベルも【絶対回避】が間に合った。
しかしベリーとベル以外、誰一人としてプレイヤーは居なかった。バウムもソラもフィールもアップルも、ロウとハクさえも。
『▼▼▼∃∨∩〓△___ッ!』
《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》は自身の身を滅ぼしかねない攻撃を、黒炎を最大限まで燃え上がらせて自身を自爆させ、プレイヤー達を襲ったのだ。
四神討伐クエストだからか、ユーベル化してバグってしまったのかわからないが、HPが0になると死亡表現としてプレイヤーは人魂となるはずだが、強制的に街へ帰還されたらしく人魂一つ残っていない。
そして《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》はHPを全回復させて復活した。
「まずい……皆が戻ってくるのにも時間がかかる……!」
そう、死亡して人魂となり、復活しないまま時間が過ぎると街へ強制送還される。その時にデスペナルティが発生し、数分の間スキルの使用が禁止される。さらに鈍足化し、移動速度が低下する。解除までに30分はかかる。
「じゃあ…私とベルでやるしかない……ってこと?」
「そうなるね……あぁーどうしようっ! 弾丸がそんなに効いてない…って言うか……多分あれ当たった瞬間に融けてるんだと思うんだよねぇ……かと言ってナイフで攻撃するのも……あれに触れたら動けないんだしぃぃ……!!!」
あの燃え盛る身体に触れるだけでもダメージはあるだろう。
ベルの《KS01》による射撃も効果が薄いとなると、ベルはベリーのアシストくらいしか出来ない。アシストをしたとしても勝てるかわからない。
「…わかった、私が一人でやるよ! ベルはそこで見てて!」
「い、いや…私も戦うって! ベリーに一人であれと戦わせたくないよ!」
「大丈夫! ベルに私が成長したところ見てほしいから!」
ベリーは笑顔でそう言う。
「でもっ! ……ッ! ………うん、わかった……無理はしないでね、ベリー」
「うん! じゃあ行ってくる!」
ベリーはそう言って笑顔で返す。ベルも笑顔で見送るが、“不安”が感じられる。
ベルには今の自分は足手まといになることくらいわかっているのだ、でもベリーにあんなものを一人で任せたくない、しかしベリーも強くなっていることもわかる、雷属性のスキルを使ったのを見たからだ。以前のベリーなら今ごろ震えているだろう。
今のベルには《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》に致命傷を与えられない。ベリーの言葉に“わかった”としか言えない。
「いつの間にか……越されちゃったか……」
嬉しくもあるが悔しくもある。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだが、それでも今は見守ることしか出来なかった。
『主よ、やる気なのか?』
「うん」
『恐らく次は耐えられないぞ』
「わかってるよ、でも…やるしかないって思っちゃうんだ」
ベリーが立つフィールドは、もはや前の面影など微塵もない。草木は燃え塵になり、砂や岩が剥き出しになった地面は《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》の炎によって熱く熱せられている。
危険だということもわかっている。ベルに自身の成長を見せる機会はいくらでもある。しかし、今ここでこのクエストを投げ出してはいけないと、このモンスターを倒さなければと思ってしまう。
『◎§↓⇔∀■″≠>▼!!!!!』
ベリーは気付いた、あの咆哮は怒りや憎しみのものではない。ただ苦しがっているだけと。
「待っててね…今、楽にしてあげるからッ! 【真閻解】ッ!!!」
そう言ってベリーは【真閻解】を発動する。
「ぅぐっ! ホントに耐えられないかも……ッ! 【真・閻解ノ燈太刀・激流纏____」
発動直後から酷く強い熱がベリーを襲う。しかし止まるわけにはいかない。ベリーは続けてスキルを発動する。
「___三途川】ッ!!!」
そう叫ぶように言ったベリーは空高くに飛び上がる。
『_______ッ!!!?』
「でやぁぁぁぁッ!!!」
ベリーは飛び上がった勢いで、《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》の心臓部に刀を突き刺し、大量の水を押し込むように流す。それにより炎の勢いが収まりつつあり、身体のほとんどが黒い炎で出来ている《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》は心臓を中心に小さく痩せていく。
『グァァルォォォォッ!!!』
初めて咆哮らしい咆哮をしたかと思えば、《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》は身を翻し、ベリーを打ち上げる。
「うあっ!?」
打ち上げられた衝撃で、ベリーは《鬼神ノ太刀》を手放してしまう。
『※〓∃♪♯◆∈▲‡ッッッ!』
そして、落下するベリーを《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》は口を開けて、そのままベリーを呑み込んだ。
「ベリーッ!! ……っっ! 【バウンド】ッ!」
ベルはベリーに向けてそう叫び、落ちてきた《鬼神ノ太刀》を拾って【バウンド】で飛び上がる。
「【フルチャージ】ッ! 【オーバーチャージ】ッ! 【リミットブレイク・チャージ】ッ!! 【アイス・エイジ】ッ!!!」
ベルは【リミットブレイク・チャージ】まで発動して、【アイス・エイジ】で《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》を凍り付かせる。ベリーが炎の勢いを小さくしていたおかげで全身凍らせたが、《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》は黒炎を燃え上がらせ、その氷を燃やし尽くして、さらにさらに、炎の勢いを増していく。
『■◎〓▼⇔△ッ!!!』
「ぅぐあっ!?」
そして飛び上がったベルを翼で打ち落とす。黒炎の効果でベルの身体は言うことを聞かなくなってしまう。
そしてそれは、《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》に呑み込まれたベリーも同じだ。
(何も動かない……!)
指一本すら動かず、黒炎に焼かれ続ける。HPはゴリゴリと削られていく。
そして《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》はベルに向けて黒炎球をチャージし始める。
「っく……! ベリー……ッ!」
黒炎の効果でベルにそれを避けることは出来ない。地面に叩き付けられたせいで痛みも伴う。
だからベリーは【真閻解】を“解除”する。
(させない……解除…ッ!)
喋ることは出来ないが、ノーボイスでスキルを発動できるのだから解除も可能だった。
そして、【真閻解】を解除したことで、ベリーの身体からなんと前回耐えた分もプラスされた炎が噴き荒れる。
(うぐっ……苦しいっ! 熱いっ!)
『____ッ!!?!?』
【真閻解】の炎が黒炎を内側から呑み込んでいく。チャージしていた黒炎球は消え、その口からは行き場を失った【真閻解】の炎が吐き出てくる。
「べ、ベリー……! ベリーぃぃぃッッ!!!」
その時にはベリーが危ない状況だということにベルは気付いた。《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》の腹が大きく膨れ、耐えきれずに爆発したのだ。その爆発はとてつもなく大きく、《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》が空を飛んでいなかったらベルも喰らっていただろう。
しかしその爆発はブラックホールにでも吸収されたかのように一瞬で小さくなり、ベリーの中に押し込まれた。《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》の姿もない。
そして、ベリーはそのまま頭から落下していく。
「【テレポート】ッ!」
《ローエンフリューゲル・朱雀・ユーベル》が倒されたのか、それともベリーの中に吸収されたのかは定かではないが、黒炎の効果が無くなったベルは【テレポート】を発動し、落下するベリーの元に瞬間移動をする。そしてベリーを強く抱き締めると、うまく着地する。
「ベリーッ!! 大丈夫!?」
ベルはそう言ってベリーの身体を揺らすが、ベリーは何も言わず、閉じた目は開かない。そして数秒後、強制ログアウトが行われた。
強制ログアウトは、プレイヤーのリアルの身体に異常が発生すると行われる。またソフトを抜かれたり、強く揺さぶられると強制的にログアウトされるのだが、明らかにこれは現実の苺の身体に異常が出ている。
「……っ! 待ってて苺ッ!」
ベルは自分もすぐにログアウトをすると、ベリー…八坂苺の家へ走って向かった。
「あと少し…あと少しだ……あぁ、楽しみだ」




