第105話【第五階層、クインテットタウン】
第五階層、ついに到達。
ベリーが【真閻解】を解除しないまま、もう慣れた長い長い階段を上っていく。
【真閻解】は自己解除しない限りは永遠に発動する。しかしもちろん長時間の使用は身体に負担がかかる。
「ハァッ、ハァッ…も、もうすぐかな…?」
いつもは元気に走って皆より先に行くベリーだが、疲労から少し遅れていた。
「ベリー大丈夫? 肩貸すよ」
「あ、ありがとうベル、助かるよ…」
ベルはそう言ってベリーの腕を自身の首に回し、支える。
(熱い……)
ベルはベリーの焼けるような体温に内心驚きながらも、しっかりとその細く小さい身体を支える。
「おーい! 出口見えたぞー!」
と、前を歩いていたソラがそう皆に知らせる。
「ベリー、もうすぐだからね」
「うん……」
「……あ、待って、身長差的に辛いからおんぶするねー」
「むぅ、ベルぅ? 私は小さくないよ……!」
ベルの言葉に、少し元気になるベリー。そして少し歩くと出口…第五階層が見えた。
* * *
「まぶしっ、な、何ここ……ビル…?」
後から来たベルとベリー、そして先に到着していた皆もその異様とも言える光景に呆然と立ち尽くす。
上級階層だが、ダンジョンを抜けると街の中というのもそうだが、ベルが思わず言ったように今までの街とは全く違う、むしろ現実世界と似たような作りの街だった。
『《クインテットタウン》へようこそ』
電子音声がそう言って歓迎する。名前がある街というのも違和感があった。今までは“始まりの街”、“機械の街”、“海の街”、“水晶の街”という表記で特別な名前など無かった。
《クインテットタウン》というこの街は、街の中心を囲むように、繋ぐと五角形になる位置にある五つの巨大なビルと、街全体ドームのように覆う壁が特徴的だった。
「第五階層は発展した街で、モンスターの侵攻から守ってる……ってことか?」
「確かにモンスターも強くなってきてるしそれはあり得るわね、まぁとりあえずベリーを休ませまるわよ」
ソラとアップルは高いビルを見上げてそう言うと、第五階層のチーム《ゼラニウム》のホームへ向かう。
「よいしょっと……ほらベリー、少し休んで」
「うん、ありがとうベル」
「…ところでそれ、解除しないの?」
「あ、うん…ちょっとね」
「そっか、じゃあ何か食べ物買ってくるとするか、もし辛かったらログアウトしていいからね?」
ベルはベッドにベリーを寝かせてそう言うと、何か食べれば元気が出るだろうと部屋を出ていく。
「…ベリーさん」
「ローゼ…ちょっとフィールドに連れてってくれないかな……?」
そしてベルと入れ替わるようにローゼが部屋に入ってくる。
もちろんベリーの【真閻解】を解除するためだ。【真閻解】の解除は間近で見たローゼが一番その危険性を知っている。
ベリーが皆に心配させないためにも、この事は秘密なのだ。
「はい、【テレポート】!」
* * *
第五階層、《クインテットタウン》を出てすぐのフィールドに【テレポート】したベリーとローゼ。街の雰囲気とは違い、フィールドは不思議な色の草が生えた平原、少し遠くには葉が黒い森も見える。
「ありがとうローゼ……解除!」
ベリーはローゼにお礼を言うと、ローゼが離れたのを確認して【真閻解】を解除する。
「……ッ! 前よりは……大…丈夫ッ!」
ローゼはまた炎が噴き出るかと思っていた、それはベリーもそうだが、なんと今回は押し込むことに成功する。
「だ、大丈夫……だった?」
「平気ですかベリーさん! ば、爆発とかしませんよね?」
「えぇ爆発!? だ、大丈夫だよ!」
【真閻解】を問題なく解除し、ベリーは肩の荷が降りたのか、いつもの調子を取り戻す。
「それなら、早く皆さんのところへ戻りましょうか」
「うん、いろいろ気になることもあるしね」
ローゼとベリーはそう言うと、抜け出したことがバレると主にベルに怒られそうな気がするので、急いでホームに向かって走っていった。
* * *
「さて、なんかベリーも元気になってるし、いろいろ考えていこうと思う」
ベリーとローゼは危なかったがバレることはなく、ホームに戻ると、皆がリビングルームに集まり、ベルがそう言って仕切っていく。
「まずは……あのボスのことか」
「あれは……なんというか…怖かった……」
ソラとフィールがそう言う。先程ベリーが倒した《アズールブラウ・クォーツドラゴン・U》、誰が見てもおかしいと思うような光景だった。
「…どうやら私達だけみたいね……あのモンスターと戦ったのは」
アップルはメニューから、離れたプレイヤー達が情報を交換したり、話したりするチャットルームを見て言う。
「でも、バグにしては出来すぎてる気がする……」
バウムが言うように、あれは決してバグではない。もっと意図的なものだ。
「私達が何か特別な条件を満たしたってことなのかな?」
「うーん、そう考えるしかないね、あとはこの街だね」
ユニーククエストと同じ類いのもの、ということでベルはこの話は切り上げ、次は現在の最上階、第五階層の街 《クインテットタウン》についてだ。
「私はまぁこういうのも悪くない、ジャンルもファンタジーとは書いてなかったし、でも名前もついてるのはこれが最後の階層だからってことなのかなぁ……」
「でも今までファンタジーな街だったのによ、いきなりこんな現代的になるか? 第二階層の機械の街も発展した感じはあったけどよ、あれはスチームパンクって感じでまだファンタジーの中だろ? ちょっとおかしくないか?」
「ここが最終階層なのだとしたら、特殊な演出があるのはわかるわね、それにここは現代って言うよりは近未来風じゃない?」
「ん……ドームで囲われてる…ってことは……やっぱりフィールドのモンスターも強力……レベルもそろそろ……90とか最大の100レベルにしといたほうがいい……かも」
それぞれが自身の考えを述べていく。確かにモンスターは強力になっているだろう、レベルは上げておいたほうがいい。
そして、ローゼは第五階層に入ってから大きな引っ掛かり、違和感があった。
《アズールブラウ・クォーツドラゴン・U》はローゼがベリー達の側に居たことで発生してしまったものだ。しかし引っ掛かることというのは、この第五階層の《クインテットタウン》、以前 《シーツリヒター・セラフィム》が消失したバグで第五階層に三嶋達と時、この《クインテットタウン》などという街は存在していなかったのだ。
まだプレイヤーが未到達ということから急遽設置、修正した可能性もある。しかしそれでも第五階層が発表されたのは随分前の話だ。それならローゼ達があの時行ったときには修正は終わっていても良かったはずなのだ。
「まぁ、最近おかしなことが多いけど…私達が考えても答えは出てこないね、とりあえず今日は疲れたし私はログアウトするよ」
ベルはそう言うとログアウトするべくメニューを開く。
「うん、またねベル!」
「またねー、皆も冷えてきてるから風邪ひくなよー」
ベルはそう言ってログアウトする。
「私もログアウトするわ、またね皆」
「ん、俺も疲れたしおさらばしますかね」
「私も……疲れた……」
アップル、ソラ、フィールはそう言ってベルに続いてログアウトしていく。
「またねー! じゃあローゼ、バウム君、また明日ね!」
「う、うん、また…!」
「身体にお気を付けて!」
ベリーもそう言ってログアウトする。そうして最後に残ったバウムとローゼ。
「あ、じゃあ僕も……」
「バウムさん、ちょっといいですか?」
ログアウトしようとするバウムを、ローゼは引き留める。
「少し、ベリーさんについて話しておきたいことが」
「は、はい」
ローゼは【真閻解】のことをバウムに伝えようとしていた。しばらく《NGO》にログイン出来なくなると予想したからだ。
「ベリーさんの【真閻解】、あれは【鬼神化】と同じく身体に負担がかかるものです、解除すると……ベリーさんが苦しみだして……長い時間眠る、というのも聞いたのですが、それは恐らく【真閻解】の影響です」
「えっ!? そ、そんなことが……というか、さ、さっきのは大丈夫だったんですか!?」
衝撃の言葉にバウムは勢いよくローゼにそう聞く。
「はい、なんとか押さえ込んだようです。でもこの事実を私だけが知っているというのは心配なので、ベリーさんが好きなあなたに知っておいて欲しかったんです。ベリーさんには“皆には言わないで”と止められていましたけど……」
「そ、そうなんですか……わかりました、教えてくれてありがとうございます。でもなんで僕なんかに?」
「んー、なんとなく、ですかね?」
ローゼはそう微笑して言う。
「えぇ、なんとなくって……え、んっ? あれ!? ローゼさん! な、なんで僕が…そ、その、す、好きってこと…知ってるんですか!?」
「わ、わかりますよそれくらい! 私の目は誤魔化せませんよ! っと、そろそろログアウトしないとですね、それでは、ベリーさんのことよろしくお願いしますね」
ローゼは最後にそう言うと、ニコリと笑いかけログアウトしていった。
「よろしくって……頼まれたからには努力はするけど…不安だな……大丈夫かな、苺さん……」
バウムはそう一人呟くと、その日はログアウトして早めに眠りについた。
名前のある近未来な街。
ローゼの違和感。
【真閻解】について聞いたバウム。
果たして、これからいったいどうなるのか。




