第97話【守りたい、この笑顔】
「ハァ…! ハァ…!」
ベリーは額に汗を浮かべながら息を荒くする。刀を持つ手が強く握られる。
『…………ねぇ、私は……役に立てた?』
《ベリードール・ユーベル》は力無く寝そべり、今にも消えそうになっているが、最後の抵抗で小さくそう聞く。
「……うん、あなたのおかげで、私……強くなったよ」
『……私に、存在する価値はあった……?』
「あったよ、私は……もっとあなたと一緒に居たかった」
ベリーの言葉に、《ベリードール・ユーベル》は涙を溢し、掠れた声で言う。
『わたシ…も……あなたと一緒に……いろンなところへ……行きタかった……ッ生きたかったよぉッ』
「ごめんね……何も、出来なくてっ……私は……! あなたを……助けられないっ!」
ベリーは《ベリードール・ユーベル》の側に座り、その手を握ってそう言った。
『……でモ、助けヨウとシテクれタ、私ガソレヲ、拒んだダけ……』
「っ……そ、そうだ、自己紹介……してなかったね……私はベリー、本名は八坂苺、もう一人のあなただよ」
ベリーは涙を拭い、涙声でそう言った。
『ア…ハハ……全ク、ジコ紹kイ……遅i、よ……デモ……アrガトウ、ヤサカイチゴ、ワタsノkト……ワスレnイデネ』
もう声も出すのが難しくなっている中、《ベリードール・ユーベル》は最後にそう言って光の粒となっていく。
「うん、忘れないっ! 絶対に! あなたのことも、あなたに教わったこともッ! 全部忘れないッ!」
ベリーは舞い上がっていく光の粒へ向かって、喉が潰れてしまうのではないかと思うほど大声で叫んだ。その声が《ベリードール・ユーベル》に届いたのかはわからないが、それでもベリーは何があろうとこの事を忘れない。
「………ベリーさん……」
「……ご、ごめんね! ローゼ、巻き込みそうになってたよね! だ、大丈夫だった?」
ベリーはローゼに背を向けたままそう言う。
「私は問題ありません、心配しないでください……でも、ベリーさん、私はベリーさんが心配です」
「わ、私は……大丈夫だよ! うん! 大丈夫、そ、そうだ! 街に戻って何か食べようよ!」
ベリーは涙を堪え、そういつもと同じ笑顔でそう言う。
「……そうですね、一度街に戻りましょうか」
「うん! そうしよう! あ、そうだ、これ解除しなきゃね」
【真閻解】の状態のままだったベリーはそれを解こうとする。
すると、ベリーの内側から何か噴き出そうなほど強いものが押し寄せてくる。
「ぅぐっ!?」
「ベリーさん!? 大丈夫ですか!?」
「ロー……ゼ、は、離れ……て」
ベリーはそう言って、【覇気】を発動してローゼを吹き飛ばし、屋敷の外へ出す。
「ベリーさんっ!!」
ローゼが飛ばされた瞬間、ベリーの身体の至るところから炎が噴き荒れる。
「うあぁぁあッ!!」
その炎はどんどん勢いを増していき、屋敷は一瞬で炎に包まれた。それどころか周りの木々も燃やそうと炎はまだまだ大きくなっていく。
「ッ! 【テレポート】ッ!」
ローゼは危険を察知し、【テレポート】でさらに距離を取る。
「(只事ではないようです! 運営に連絡を……!)」
ローゼはそう思い、八神に連絡を取ろうとする。が、しかし。
「遮断されている……!? 一体なぜ……いや、あれはッ!」
そう叫んだローゼの瞳に映っているのは、上空で浮遊する“悪魔”だった。腕を伸ばし、何かを吸収しているようだ。
「まずい……ベリーさんがッ!」
ローゼは“悪魔”をどうにかしてベリーから遠ざけようと攻撃の構えを取るが、“悪魔”は何かを吸収し終えるとどこかへ去っていってしまった。
「っ! 早く連絡を……あ、あれ、炎が……?」
“悪魔”のことが気になるが、ベリーのことが最優先だ、ローゼはもう一度連絡を取ろうとするが、炎の勢いが治まって来ているのに気付く。
「うっ、嘘じゃないッ! 嘘は吐かない、吐きたくないッ! 約束はちゃんと守るんだッ!」
ベリーはその炎を必死に抑え込む。屋敷とその近辺はもう燃え尽きてしまい、焼け焦げている。
「う、あああああッ!!!」
ベリーは叫び、一気にギュッと、噴き出る炎を中へ閉じ込める。熱くてたまらないが、それでも我慢し、気合いで押し留めた。
『見事だ、我が主よ』
ベリーの耳に、そう鬼神の声が聞こえるとベリーはその場で倒れてしまった。
* * *
「あ、あれ……私……」
苺は目を開けると、そこはベッドの上。しかし自室のベッドではなかった。
「苺! よかった、顔色も良さそう!」
鈴が苺の顔を覗き込んでそう言う。
「ぅえ……? なんで鈴が?」
「覚えてない? ローゼから連絡があってね、『ベリーさんが倒れてしまったようです、助けてください』って、もうほんとビックリしたよぉー!お医者さんはゲームのやり過ぎだって言ってたよ? 楽しいのはわかるけど、私は苺のこんな姿もうごめんだからね?」
「あ、あはは、うん、ごめんね鈴、心配かけちゃって」
相当心配していたのだろう、もう日も落ちているのにずっと側に居てくれたようだ。
すると病室の扉が開かれる。
「よぉーっす、八坂起きたかー?」
「大斗……病院では……静かに」
大斗を先頭に、理乃、正樹、林檎が入ってくる。
「え、え? みんな来てくれたの?」
「おうよ、まぁこんな大勢で行くのも迷惑かなーって思ったが……みんな行く行くーつってな」
大斗はいつも通りの調子でそう言う。みんな心配して見舞いに来てくれたのだ。
「だ、大丈夫? 八坂さん」
「正樹君! うん、平気だよ!」
「良かった……もっと早く来れれば良かったんだけど大斗が寄り道しちゃって」
「見舞いなんだからなんか持ってった方がよかったろ?」
「まぁそれはそうね、大丈夫だった? ほら、適当に買ってきたから食べたいの食べていいわよ?」
そう言って林檎はビニール袋の中身を苺に見せる。
「わあ、ありがとう! じゃあ私、林檎が食べたいな!」
「えっっ、あっ、あぁ! り、林檎、林檎ね! 剥いてあげるわ!」
と、林檎は手に持っている果物の林檎と同じように顔を赤くしながら皮を剥き始めた。
「ん……私は、これ、あげる……」
そう言って理乃はペロペロキャンディーを苺に渡す。
「わぁ! ありがとう理乃ちゃん!」
苺はそう言ってキャンディーを受け取る。
自分のことをこんなにも心配してくれて、駆け付けてくれると自然と笑顔が溢れる。
「まぁ元気そうで良かったが……やっぱ食ってばっかだな」
「んふぇ? みんはおいひいほ?」
「はーい飲み込んでから話そうねー、ほらお茶」
鈴はそう言って大斗達が買ってきたものをほとんど食べ尽くしている苺にお茶を渡す。
「んぐっんぐっ、ぷはぁ~! ありがとう鈴!」
「どういたしまして、全く、本当に何もなかったように元気だね、丸一日寝てたって言うのに」
「へ……?」
そう、鈴が言う通り苺はこの病室で丸々一日、ずっと寝ていたのだ。医師からは寝不足による疲労と思われているだろうが、恐らく【真閻解】の副作用だろう。
「……そっか、ほんとにいっぱい心配かけちゃったね……ごめんね皆」
「もう、それはいいって、苺はそんな顔しないの!」
「ん……笑顔が……一番」
「えぇそうね、苺には笑っていて欲しいわ」
そう鈴も理乃も林檎も言う。そして大斗は正樹の背中を押して言う。
「……ほれ正樹」
「えっ!? え、えと、や、八坂さんは、その……笑顔がい、一番……か、かか、可愛い……と思います!」
そう、苺には笑顔が一番だ。皆の気持ちを和ませてくれる。
「うん、そうだね! えへへ、なんか照れちゃうよ~!」
苺はそういつもの笑顔で言いながら、バウムクーヘンを食べるのであった。
うまはじメモ
《ベリードール・ユーベル》
ベリーと同じ姿をしたモンスター(ドッペルゲンガー)
《ヘルツ》などと同じく、この世界(NGO)をゲームと認識している。
しかし《ヘルツ》のようにクエスト内容の変更はせず(出来ず)、ベリーに自身の持つ力全てを教えて死亡。
力だけでなく、ベリーを精神的にも強くした。
彼女のことは決して忘れないだろう。




