第96話【真閻解】
長いです。頑張りました。
『じゃあまずは…ってあなたは実際に見てもらったほうが飲み込みが早いか』
「わ、わかんないけど……どうぞ!」
『よし、じゃあ……耐えてね?』
「ふえ?」
《ベリードール・ユーベル》がそう言うと、一瞬でベリーの懐に潜り込む。
そして、なんと何も発することなくスキルを発動し、7連撃をベリーに与える。
『あらら、【エンチャント・デス】は切れてたか……まぁいいや、で、何か掴めたかな?』
「つ、掴めたというか……わ、訳がわからないよ!」
普通スキルというのは、今までベリー達がやっていたようにスキル名を声に出し、システムに認識させて発動するのだ。
上級者になるとシステムが認識するギリギリの声量でスキルを発動することが出来る者も多いが、それも極々僅か、《NGO》を初期からプレイしているベルやバウムにフィール、そしてロウすらも出来ないのだ。
それもそのはずで声に出さずにスキルを発動するというのは相手に“今から攻撃する”という合図が無いということだ。それにどんなスキルを使ったか発動するまでわからないというものある。
だから《NGO5》は初期に比べてスキル発動のシステムが厳しくなり、ギリギリでもやはり相手に聞こえるような声量じゃないと作動しなかったりする。
『まぁこれは一種のバグ、抜け穴だよ、覚えてしまえば簡単簡単』
《ベリードール・ユーベル》はそう言って青い炎を辺りに浮かべる。
『スキル認証のシステム、詳しくは知らないよね? 簡単に言うとね、声に出すことで自分の脳がそれに強く記憶してシステムが認識される……ってことかな?』
「えっと……つまり英語とかを声に出して発音を覚えるのと同じ?」
『そうそう、声に出すと覚えやすいでしょ? あれは音声認識っていうよりは脳内認識なんだよ、声に出し、脳内でそれが繰り返され、それをシステムが認識するって流れだよ』
「じゃ、じゃあ今のはスキルを脳内で強く思い描いたってことなの?」
『あったりー! さすが私だね、ちなみに本当に強く思わないとダメ、それも数十回程度ね、私もまだ未完全だからちょっとだけ遅くなるけどこんなふうに……ねっ!』
《ベリードール・ユーベル》はそう言って浮かべた青い炎を刀に纏わせ、ベリーへ向けて一直線に放つ。
するとベリーは動かずそれが来るのを待つ。
「………ッ!」
『……う、嘘でしょ……まだ仕組みを教えただけだよ?』
なんとベリーは、それを教わってまだ数分も経っていないのにも関わらず、声に出さずに【絶対回避】を発動して見せたのだ。
「で、出来た!」
『は、ははは! 凄い、凄いねぇ! じゃあ、次のステップに進んでしまおう!』
《ベリードール・ユーベル》はそう言って刀を構える。
『“真”の力って、知ってる? もしかしたらもう持ってるかもしれないけど』
“真”というもの……それは恐らく《シーツリヒター・セラフィム》の時に使用したあのスキルのことだ。
「“真”?……あっ、あるよ! 【真・激流ノ太刀・高霎】っていうやつが!」
『わお、じゃあ簡単だ、今からやるのは“真”の力を持った【閻解】だ、それを発動する時と同じ感じで発動出来るはずだよ』
「え? で、でもスキルリストにそんなの無いよ?」
【真・激流ノ太刀・高霎】はいつの間にか取得していたものだ。条件もわからなければ、本当にいつ取得したのかもわからない。
『そりゃあそうさ、“真”とは己、自分を越える力だ、それを初めて使ったとき、あなたは何かを克服したんだよ』
「そ、そうなの? でも今からそんなものどうやって……」
『……そうだね、こればっかりは教えたって無駄か……じゃあ……【一閃】ッ!』
《ベリードール・ユーベル》はまたも急にスキルを発動してベリーを攻撃するが、今度はベリーはそれを防ぐ。
『戦いの中で、自分の力で自分を越えろ……ってことで、私も本気の本気、超本気で行くよ? 【真絶解】ッ!』
手本を見せるように、自分が越えた先を見せるように、《ベリードール・ユーベル》は“真”の【絶解】、【真絶解】を発動する。
『私の力は主に時間経過によるもの、時間が経てば経つほどステータスが跳ね上がり、相手の視界を奪っていく、もちろんそれだけじゃないけどね』
「……ッ、【閻解ノ大太刀】ッ!」
ベリーは【閻解ノ大太刀】を発動し、それを維持する。少しでも攻撃範囲を広げたほうがいいと予想したからだ。
【真絶解】、そもそも【絶解】とは“絶望解放”という意味がある。つまり“真”の力は時間が経つほど闇に呑まれていくということだ。その効果は無限。ステータスの上昇というのも恐ろしく、3分間で1.5倍、5分間で2倍、10分で3倍とどんどん上がっていく。
『【エンチャント・ポイズン】、【絶閃】ッ!』
「……【旋風】ッ!」
《ベリードール・ユーベル》はスキルで毒属性を付与し、【一閃】の【絶解】バージョンである【絶閃】を放つ。
しかしベリーは【旋風】を発動して対処する。
『やっぱりまだ声無しは不安かッ!』
そう言って《ベリードール・ユーベル》は刀を振り下ろし攻撃する、ベリーはそれを避けるがさらに追撃をする。
『【冥線】ッ!』
「うくっ! ……てやぁぁあッ!」
ベリーは右肩に【冥線】を喰らうが、怯むことなく《ベリードール・ユーベル》に突っ込んでいく。
『おっと、危ない危ない』
《ベリードール・ユーベル》は【テレポート】を無言で発動してベリーの攻撃を回避する。
「ハァ、ハァ……うっ、視界が……!」
ここでベリーの身体に変化が訪れる。【真絶解】の効果でベリーの視界が薄暗くなり少しボヤける。《ベリードール・ユーベル》のステータスも上昇している。
『早めに決着つけないとね? 【絶解ノ大太刀】ッ!』
《ベリードール・ユーベル》はそう言って大太刀となり青黒く燃え盛る炎を纏った《悪鬼ノ太刀・絶解》を大きく振るう。
「……ッ!」
今度は声を出さずに【見切り】を発動出来たベリーだが、“真”の力はまだ使えない。
「集中しなきゃっ! 自分を越えるんだッ!」
『うん、よし……【真・絶解ノ溟太刀・激流纏・高霎】』
《ベリードール・ユーベル》は、納刀して、ベリーを追い込む為にスキルを発動する。その構えは《シーツリヒター・セラフィム》の時にベリーが溜めて溜めて溜めまくった【真・激流ノ太刀・高霎】と酷似していた。
『…………』
《ベリードール・ユーベル》は静かに目を瞑り、力を溜めるように《悪鬼ノ太刀・絶解》を抑え込む。
それはどんどん紫色に輝いていく。
「ッ! ……し、真閻解! ッだ、ダメ……なの?」
ベリーは【真・激流ノ太刀・高霎】の強さを知っている。それ故に焦ってしまった。【真閻解】を発動しようとしても、それに答えるものはなかった。
「ど、どうしようっ……!」
「……ベリーさんッ!」
今【霧雨】や【激流】を発動したとしても、間に合わない確率のほうが高い。しかし【絶対回避】も【見切り】もリキャストタイムが終わっていない。【閻解】には回避系のスキルは無い。自力で避けようにもあのスピードと同じだったら避けれるはずがない。
今まで黙って、全てを見届けようと見守っていたローゼも、声を上げる。
……そんな時、ベリーは自身の心の奥へ引き込まれた。
* * *
「こ、ここは……?」
何もない真っ白な空間だが、心臓の鼓動のような音が優しく響く。
『来たか、主よ』
「うひゃあ!?」
突然声がし、ベリーは驚いて声を上げる。そしてその声の方向に顔を向けると、座高だけで4、5メートルは確実にあり、額に一本の角を生やし、皮膚の所々に金の模様が入った赤い鬼が座っていた。
『我は鬼神、別名を“閻魔”という』
「鬼神…閻魔……も、もしかして《鬼神ノ太刀・閻解》……さん?」
『あぁ、そういうことになる』
こんなことがあるだろうか、ベリーもこの状況に着いていけない。
『手短に済ます、よく聞け主よ、【閻解】とは“閻魔解放”の意、つまりは我を解き放つということ、その意味がわかるか?』
「え、えっと……大変?」
『間違いではない、我の力を使うとき、頭に痛みが生じるだろう? あれは我の半分の力も出していない、それを解き放つとなると、その身に絶大な負荷が掛かるだろう』
我の力、とはつまり【鬼神化】の能力の一端である連続でスキルを使用することだろう。あれでまだ一部の力となると、確かに負荷が大きい。
「……た、耐えるよ!」
『それは本音か? 生半可な気持ちではないか? ……だが、今の今まで我を使ってきたのだ、それも出来ずに我を操るに相応しい主とは認められないな』
「うん、生半可な気持ちじゃないし、絶対に耐えて見せる、だから、あなたを使わせて!」
ベリーの決意に、鬼神はゆっくりと立ち上り、そして強く言い放つ。
『よく言った我が主よッ! ならばその言葉、今ここで嘘ではないと証明して見せよッ!』
* * *
ふと気付くとベリーの目の前の風景は元に戻っていた。状況からほんの僅かの時間だった事が伺える。そしてベリーは、自身が持つ《鬼神ノ太刀・閻解》が赤く、炎のように熱く、しかしいつも以上に光輝いていることに気付く。
「嘘じゃない、証明して見せる、私の決意ッ! 【真閻解】ッ!!」
そう言ってベリーは、“真”の【閻解】、【真閻解】を発動する。《ベリードール・ユーベル》の【真絶解】とは異なり、ベリーの容姿がさらに変化する。
元々【鬼神化】により生えていた二本の鬼の角は一本となり、【閻解】の黒色とは違う、鮮やかで美しい紅色に髪も、装備も染まる。
《鬼神ノ太刀・閻解》からは炎が噴き出て、部屋はたちまち熱くなる。
『……本当に凄いよ、あなたは』
「【真・閻解ノ燈太刀・鬼神纏・閻魔】ッッ!!!」
ベリーはそう言ってスキルを発動し、全身を集中させた渾身の一撃を放つ。
「ハァァーーッ!!」
たった一振り、それだけで全てを焼き焦がす。
ただその炎は、何か包み込むような優しさがあり、見守っていたローゼを避けて、避ける間もなくその攻撃を受けた《ベリードール・ユーベル》も、不思議なことにその炎が苦しいとは思わなかった。
『あぁ、これで終わりか……』
《ベリードール・ユーベル》はその炎を受けながら、静かに目を瞑った。




