スタートライン
通された部屋で先輩と交互に歌を歌った
先輩は知らない歌ばっか歌って
流行りの歌なんてひとつも知らなかったけれど
それでも私が思い描いていた
予定よりはずっと楽しくて
ひとしきり歌ってスマホを見ると
「写真まだー?」
なんてLINEが入っていて
私は、また憂鬱な気分になる
多分送らないと終わらないんだろうこの罰ゲームは
「先輩?」
彼はマイクを置いてこちらを向く
「なんだよ?」
「やっぱり私としませんか?」
「嫌です」
即答される
「それ撮らないと終わんないんです」
「この罰ゲーム」
彼は面倒くさそうに
「じゃあカラオケしてる所でも、送っとけよ」
「…それじゃ、私の居場所無くなっちゃいます」
彼はその言葉を馬鹿にしたように
「居場所ね…」
「そんな思いしてまで縋りたい場所なの?」
「やりたくない事してまで、そこに居たいの?」
私は憤りを覚える
先輩は、私の何を知ってるんだろう
そこを失ったら、クラスの中でもう行き場なんて無い
「当たり前です」
「可愛くったって、なんだって」
「周りからハブにされたら意味ないじゃ無いですか?」
「…お前のそれは誰に向けた努力なんだよ?」
「自分の為です」
「自分の居場所を守る為の努力です」
私はそう言い切る
可愛くなければ、みんなと同じじゃなければ
その場所にいられないから
「んで、お前はそのせいで死にたいと?」
「本末転倒過ぎんだろ、それは」
「頭悪いっていうか」
「ほんとくだらないな、お前」
その言葉に、私は愕然とする
それは確かにおかしくて
私の居場所のために
私が居なくなろうとしてる
それでもそんな矛盾を無視するように
私は喚く
「下らないなんて」
「そんなふうに思うんだったら」
「私の事、無視すればよかったじゃないですか」
あの時飛べれば、こんなふうにならなかった
ペンギンは何も知らず落ちれた
「先輩だって言ってたじゃないですか」
人から見たら死ぬ理由なんて下らないって
「だから、私の居場所を奪う権利なんて無いです」
「そんなこと言う資格無いです」
彼はその言葉に薄く笑い
「権利に資格ね…」
「じゃあ、言ってやるよ」
「お前はなんの権利があって俺の居場所を奪うんだ?」
…なんの話だか分からない
先輩の居場所?
私が居場所だとでも言いたいのだろうか?
一緒に出掛けた程度で勘違いしないで欲しい
「先輩は、私の何なんですか?」
「彼氏のつもりかなんかですか?」
私は彼に笑いかけて
「それともやっぱり口説いてます?」
「残念ですけど、お断りです」
「私もっとカッコいい人が良いんで」
彼はつまらなさそうに
「だから、お前は何も考えて無いんだよ」
「あそこから飛んだら、屋上が出禁になるだろうが」
「どうしてくれんの、居場所無くなるんだけど?」
私は、目を丸くする
…そんな事考えてなかった
「お前の為だ、なんて言うと思った?」
「…恐ろしく自分勝手ですね」
彼は笑う
「お前に言われたくないね」
売り言葉に買い言葉だった
私も、先輩に言葉をぶつける
「ていうか、先輩あそこしか居場所無いんですか?」
「他に居場所作ろうとか思わないんですか?」
「服だってダサいし、好きな人は見てるだけだし」
「努力してないからあそこにしか居場所無いんですよ」
「一人で生きるのか居場所なんですか?」
「努力して、やりたくないことやって」
「死にたくなるような思いする、それが居場所?」
「んでお前は、死ぬ事も出来ずに」
「他人に縋って生きるのか?」
「…分からない人ですね」
「意見の相違だな」
私はストローに口をつける
彼は少し考えこんで
「…話を取り纏めると」
「俺は恋なんて夢を見るだけで、飛ばない」
「お前は周りと一緒になれないから、飛びたい」
「そういうことか?」
私は頷く
「なら、取り敢えず利害の一致だけを追求しよう」
「利害の一致?」
「お前、死にたい訳じゃ無いんだろ?」
「…上手く生きれるなら、それは勿論です」
「俺もそうだ、うまく出来るなら」
「あんな所で眺めてたい訳じゃない」
白鳥は飛べるから、そんな夢を見ない
ペンギンは飛べないから、夢を見るしかない
「だから、さっきお前が言ったのが利害の一致だ」
「…先輩が告白できるように手助けする?」
「そう、その代わり」
「俺はお前のゲームに付き合う」
「今日みたいなって事ですか?」
「そう、ルールに抵触しない方法で手助けする」
「最初にお前が言った通り」
「お互いを飛ばし合う」
「取り敢えず、それでいいか?」
確かに、それはなんの解決にもならない
別に、先輩の見た目を変えたって
先輩の心は変わらない
告白が成功する訳じゃない
それは私もおんなじで
うまく言い訳してるだけで
彼女たちと同じになれる訳じゃない
何一つ変わらない
お互いのそれが、どんなに上手くいったって
求める結果に繋がる訳ではない
利己的で歪んだ、そんな関係だけれど
でも、どちらかの都合だけを押し付ける
それでは無くて
「全部、お互い様って事で良いんですよね?」
彼は笑う
「そう、自分の都合のためにお互いに考える」
彼は、その先の言葉を続ける
「だから話せ」
「取り敢えず言ってみろ」
そう言われてしまえば
彼に話す抵抗は無くなって
促されるまま、私はゆっくりと話し始める
ゲームのこと
焼き鳥なんてペナルティの事
クラスの無責任な噂のこと
その一つ一つを話してるうちに
自然と涙が溢れてしまって
それでも先輩は、黙って聞き続ける
安易に慰める事なんてしなかった
過不足なく、正しく自分の夢のために
他人から見て、くだらないと思うそれの為に
憐れに思われたいわけじゃない
ただ、それが欲しいなんて自己満足
嘘偽りなく、それだけを追求する
その為だけの関係だから
「…って感じです」
すべて話し終えた時には涙は乾き始めていて
私は思い出したように慌てて化粧ポーチを出す
コンパクトの鏡を見ればほっぺには黒い線が描かれていて
私の流した涙はマスカラを落として
黒く染まっていたらしい
最悪だった
「ちょっと私、化粧直してきます」
そう言って席を立とうとした私を
「暗くて分かんねぇからいいよ」
そんな言葉で彼は引き止める
「お前がなんでそんなに取り繕ってるか知らないけど」
「別に、俺に可愛いって思われる必要無いだろ?」
「…確かにそれは無いですけど」
確かに、この関係においては
そんな感情は無意味だった
「無駄な事はしない」
「そんな事、お前に求めない」
「どんな理想か分からないけど」
「お互いに、居場所の為の繋ぎなんだ」
「だから、もっと力抜いて接しろよ?」
「どうでも良いって思って、ここに居ろよ」
それはお前になんか興味ないって言われてる筈なのに
それでも、どこか暖かく聞こえて
「じゃあお互いに飛べるように」
「…そうだな」
お互いのルールを決めた
目指すゴールを決めた
不確定で、曖昧なそれに行き着くための
スタートラインに
足を引っ張り合う二人三脚の
スタートラインに
私達は、やっと立ったのだ




