表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/32

ルールブック

結局、その日も私は飛べなかった

空を飛んでいい夢を、見ることができなかった


繁華街にある喫茶店のテラス席

そこを彼女たちは陣取り、私に告げる

「取り敢えず、誰か声かけて来なよ」


…そんなふうに言われてから、もう数時間立ち尽くしている


みんな、そんな私に飽きはじめていて

このまま、お終いになれば良いなんて都合のいい事を

考えてはみたけれど


喫茶店のテラス席で私を監視する

群れの皆は、当たり前のように言うのだ


「次来た奴に、付いてけよ?」

「…分かった」


誰でもいいからなんて、そんな

不自由な自由すら無くなってしまった


駅前にある繁華街は

ホテルがたくさんあって

そんな所でずっと立ち尽くしてる私は


見る人が見ればそうだと分かるのだろう

何回か声を掛けられた

「…三万円でどう?」


それに言葉を返せない

そのままその男は何も言わずに立ち去って


私はそんな言葉を聞いて思ってしまう

昨日の例え話を思い出してしまう


――もし、私が車だとしたら


そんな前提だとしたら

提示された金額は買うなんて金額とは程遠くて


それは「借りる」

そんな言葉がピッタリで


どうやら私は新車でも中古車でもなく

レンタカーだったらしい


そんな事を思っていたら

曲がり角から一人の男が出てきて、私は俯く

…声を掛けないと


乗る人すら選べない、車の私は

下を向いたまま必死に声を出す


「…私と楽しいことしませんか?」


発した声は、ずっと黙っていたせいで裏返って

その足は私に近づいてきて、止まる


――なんで、オーバーサイズのパンツに

ハイカットのコンバース合わせたんだろう?


これっぽっちも、センスのない組み合わせに

顔が引きつりそうになる


努力する気が無いのだろうか?

どう思われるか気にしないのだろうか?


そんなことを思っても無駄だとしても

言ってやりたくなる


でも結局、どうしたって結果は変わらなくて


私は、そいつに乗られる

なんの感情もなく借りられる


下を向いたまま、顔すら上げずに私は黙りこむ

…なにか言ったらどうなんだろう?

勿体ぶって無いで

さっさと私の値段を言えばいいのに


男のため息が聞こえる


ため息をつきたいのはこっちだと

そんな文句を言いたくなって



「…なに、試乗会でも始めたのお前?」


その声に、とっさに顔を上げてしまう


靴とパンツの組み合わせなんてどうでもいい位

壊滅的なパーカーを着た先輩が、そこに居た


「……あっ」


見られてしまった

私の秘密を見られてしまった


こんな事をしているのがバレたら

学校に居られなくなるだろうか?

そんな疑問が頭をよぎる


そしたら、私は居場所を無くしてしまう


彼は黙りこくった私を見て呟く


「…それがお前の飛びたい理由?」


咎めるでもなく、同情するでもなく

ただ、事実の確認のような

そんな一言に私は泣きそうになってしまって

言葉がうまく出ないから、頷いて返す


彼は私を見るのをやめて

その先にある喫茶店のテラス席を見る


そこには楽しそうに笑いながら喋ってる

彼女たちがいて


「…どいつもこいつも、下らないんだよ」

すべてを理解したように、そう吐き捨てた


彼はポケットから財布を取り出し

中を眺めて苦々しく笑う


「買う気ないけど、試乗ってどうなんだ?」

私に、そんなことを聞いてきた

「…いくらあるんですか?」

「一万くらい」


私は笑って、彼に返す

「いいですよ」

「だって試乗なんですよね?」


買うでもなく

借りるでもなく


試乗だと言うのなら

普通お金なんて払わないはずだから


「どこ行きます?」

彼は面倒くさそうに

「知らねぇよ、経験豊富なんだろ?」

「女の子と出掛けたことなんて無いから」

「お前が決めろよ、尻軽ビッチ」


そんな冗談に笑ってしまう

「じゃあ、そこで良いですかね?」


近くのホテルを指差す


彼は、そこを見て驚いた顔をして


「は?お前マジで馬鹿なの」

「試乗つってんだろ」


――だから試乗だって

私を試し乗り…いや、乗るのは私だけど


「事故って買い取りとかマジ勘弁だからね?」


……あれ?また話が噛み合ってない?


「だってお前、楽しいことするって言っただけだろ?」

「別に、そんな事するなんて言ってない」


確かに、それはそうだけれど

私はこのゲームのルールを口にする


「…でも誰かとしないと、いけないんです」

「それがルールなんです」


少しの沈黙の後、彼はどうでもいい事のように


「…それがルールなら」

「その言葉のどこに性行為なんて文字があんだよ?」


私を縛る

勝手なルールをぶち壊しにして、笑う


「楽しいことをすればいいだろ?」

「だからお前で考えろって言ってんだよ」


…彼の姿がボヤける

必死に声を絞り出す


それ以外なら何でも良かった

どれだって、楽しそうに見えた


「……カラオケしたいです」


「なにお前、歌上手いの?」


いや、そういうんじゃないんだけど

何も思いつかなくて


「…こんな恥ずかしい格好した人と」

「外歩く自信が無いだけです」


そんな言い訳をしてみた


彼はそんな私の台詞に腹を抱えて笑って

「そりゃ、ご不便おかけしました」


そうやって歩き出した先輩に聞いてみる

「明日、服買いに行きませんか?」


歩きながら、彼は不思議そうに私を見て

「なんで?」


今日は、私の飛びたい理由に付き合って貰ったから


明日は、先輩の飛びたい夢に付き合ってあげよう


「そんな格好で、飛べると思ってるんですか?」

「考えなさすぎですよ?それは」


スカートで飛ぼうとした私ぐらい

先輩も馬鹿だった


だから飛べるようにしてあげよう

飛んでいい理由を彼にあげよう


「糞ダサい先輩を飛べるようにします」


そんな私の言葉に、彼は姿勢を正して


「…お手柔らかにお願いします」


そんなやり取りをしていたら

…さっきまでの憂鬱な気持ちは、もうどこかに消えて


確かに、こんな気持ちなら

空すら飛べるかもしれないと


そんな事を思ってしまった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ