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憧れと理想とスクラップ

私に課せられたルールは

「誰でもいいから、してくる」

そんなペナルティだった


決行は明日で、憂鬱な気持ちを引きずりながら

それでも足は屋上に向かっていく



そこにはすでに先輩がいて

「よう、テンション低いなお前」

彼は何でもない事のようにそんな挨拶をする


「テンション上げ上げだったら」

「こんな所から飛ぼうとします?普通」

彼はそんな言葉に笑って

「確かに、言われてみりゃそうだな」


先輩に聞いたみたいと思った

彼女たちの言う事が正しいのか

さっきの疑問の答えを教えて欲しかった


単刀直入に彼に聞く

「もしも、好きな人が処女じゃ無かったら」

「先輩は嫌いになります?」


そんな私の下世話な質問に

先輩は嫌な顔一つせず

「ならないけど?」


「じゃあ、がっかりくらいはしますか?」

「…別に、どうでもいいだろそんな事」


即答される


「でも、中古車よりは新車の方が」

「どうせ乗るなら良くないですか?」


女は車みたいな、そんな例えをよく聞くから

それをなぞって聞いてみた


そして、そんな例えを聞いて

うまい事言ったもんだなって思ったし

そう言われてしまえば

私だって、中古車よりは新車の方が良いと思う


彼は、そんな私の例え話を聞いて

スマホを操作し、私に放り投げる

慌ててキャッチしたそれには


昔の映画で見たような

錆だらけの古い車が写っていた



「なんですか?これ」


「…俺の欲しい車」


…こんな車で彼氏が迎えに来たら

助手席に座る自信が無い


「安いんですか?コレ」

そうじゃなきゃ欲しいと思わないだろう

「値段は別に安くない」

「買ったら元々より高いくらいだ」


ますます意味が分からない

こんなボロボロの癖に新車より高い

そんな車、誰が買うんだろう?


「もう、新車造ってないからね」

「それにしたってもう少し、綺麗なの無いんですか?」

サビだらけだし、色褪せてるし

色とか塗り直せばいいのに


彼は笑って

「味があっていいだろ?」

「古いのに綺麗なんて嘘くさい」


普通、車なんてそっちの方が良いに決まってる

傷だらけの車だって

売りに出されるときには修理される

それが普通だ


「変な話ですね」

「傷だらけなのに新車より高く売られてて」

「それがいいなんて、馬鹿みたいです」



「ビンテージって、そういうもんだろ」


確かに、古い服とかで高い物とか有るけど

その価値はやっぱり私には分からなくて

どうしても可愛いなんて思うものでも

レプリカで充分だと思う


「そもそも、車に例えるのが間違いだけどな」


「そうですか?」


「そもそも、人に同じなんて一つもないし」

「乗られる方だって、選択権がある」

「こんな例え話、ナンセンスだろ」

屈託なく彼は笑う


確かに、そう聞いてしまえば

規格通り作られたものに例えるのは滑稽に聞こえて


それでも、続きを彼に聞いてみる

「彼女を例えるとしたらどんな車ですか?」


彼は、うーんと唸って

「…フェラーリ?」

車の名前なんてほとんど分かんない私でも

分かるような高級車

見栄が効いて、速くて

誰もが憧れるそんな名前は

確かに、先輩が恋焦がれる彼女みたいで


「じゃあ私はどうです?」

彼は苦笑いして答える

「…ビートルかな」


そんな名前を聞いても分からないけど


それは多分安っぽい軽自動車だろうなと思う

取り回しやすくて、維持費も安くて

普段乗りにちょうどいいなんて

そんな都合が良いだけの

憧れなくたって乗れる、そんな車だろう


下を向いて黙りこんだ私を見て

彼は言葉を続ける

「…いや、その車な?」

私の持つスマホを指差す


そこには、さっき彼が乗りたいと

言っていた車が写りっぱなしで


どう受け取ったら良いか分からない言葉に

私は呆けた顔で聞き返してしまう

「…それって、口説いてます?」

もしそうだとしても、全然ときめかないけど

「いや全然」


「てかっ私、中古じゃないんですけど?」

勢い余ってそんなこと口走ってしまった

「そういう意味でも無いよ」


「じゃあなんでこの車なんですか?」

彼はその質問に笑って

「ブレーキは効かないし」

「うるさいし」

「快適なもん何も付いてないし」

「挙句に、気分次第でエンジン止めようとするし」

悪口ばっかりだった

しかも、その通りなのが更にムカつく


「それでも」

「可愛さで全部ごまかして」

「しょうがないなんて思わせようとする」

「そんな車だろ?」


顔だけは良いって、そう言いたいのだろうか?


でも、彼の言葉を聞いて

私みたいなんていわれた

車の値段を知りたくなった


先輩のスマホに表示された画像を触ると

自動車販売のホームページが出てくる


値段にはASKなんてアルファベットが並んでて


「ASKってなんですか?」

「価格応談って事だね」

「いくらか、決まって無いんですか?」

車なんて買い物で

値段が分からないなんて怖すぎる


「決まってない訳じゃないと思うけど」

「価格で決めてほしくないんだろ」


そう言われて初めて

…その意味がなんとなく分かった

本当に好きな人に、買って欲しいって事?


もう、中古でしか手に入らないそれは

1台づつみんな違って

買った後だって、それが良いなんて思い続けなければ

すぐ嫌になってしまう不便さで


ちゃんと納得して

自分のものにしたいって思って


手に入る物なのかもしれない


それでも要応談なんて書かれたその金額は

フェラーリなんて高級車と比べるなんて

おこがましい値段だとしても 


私は彼に笑いかける

「私をいくらで買ってくれます?」


「はぁ?」


――そう、そのゲームは

そんな少しの好奇心から始まったはずで


彼はひとしきり考えて、ため息を付く

「…なんの話か知らんけどさ」

「お前は、幾らで売りたいんだよ?」


「自分の価値は、幾らだと思ってるんだ?」


――何回もそんな言葉を繰り返した筈なのに

そんなことすら答えられなくて



自分の価値?

私は一体幾らなら、私を売れるのだろうか?


毎日、一生懸命化粧して可愛くなる努力してるんだから

ものすごく高くしたい気持ちもある


それでも大切に、大事にされて

私を欲しいと思ってくれるなら

幾らだっていい、そんな気もして


それでもそんな気持ちも関係なく

私は明日

誰かと、する

そんな初めてを捨ててしまう


だから


どうかせめて、この車みたいに


身を焼くような理想では無いとしても

誰しもが理解できる価値じゃないとしても


そんな私が欲しいと、言ってもらえるように


もう少しだけ期待しよう

ここに来た理由を後回しにしよう


だって、心臓(エンジン)すら動かなくなったら

本当に私は、なんの価値もない

スクラップになってしまうのだから






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