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インスタント

「先輩って、あの人のどこが好きなんですか?」

フェンス越しにテニスコートを眺める先輩に声を掛ける


結局、昨日も誰も捕まえられず

私の焼き鳥、ペナルティは確定してしまった


先輩は面倒くさそうに振り向き

「好きな食べ物って何?」


なんで、急に好きな食べ物?

奢ってくれるの?


「…焼き肉ですかね」

とりあえず答えてみる


「…さいですか」

そのまま、先輩はコートに視線を戻す


「え、おしまいですか?」

「さっきの答えとか、せめて感想くらい無いんですか?」


「いや、なんかケーキとかパフェとか想像してたから」

「焼き肉だと何か困るんですか?」

彼は私の方を見て

「いや、いいんだけどさ」

「例えばショートケーキだとしたら」

「どこが好きって聞かれたら困んない?」


私は、考えてみる

あえて言うなら、上のいちごが好きだけど

生クリームが無くてもいいとは思わないし

スポンジがなければ、ケーキでは無い


それは、それ以上切り分けられない最小単位に見えて


そうすると確かに

ショートケーキはショートケーキだから好き


それ以上言葉にしようがない


「あー、そういう話ですか」

「焼き肉だと言えちゃいますもんね」


私は、焼き肉は好きだけれど

ホルモンは食べられない、あの食感が苦手だったりする

だからといって、好きな食べ物を聞かれて

カルビ焼いたやつが好きなんて言うのは、とても変で


同じ名前で括られた中に、嫌いな物が混ざってる

それを見ないようにして好きなんて言ってる


どこが好きって聞いて

答えられるのはそういう事に思えて


それだから私は、恋なんて物が信じられない

そこに有るのが都合だけに思えて仕方がない


だから私は繰り返す

はぐらかした答えを聞いてみる


「なんで先輩は、あの人が好きなんですか?」

彼は臆することなく、当たり前に言った

「あの子だから」


水色のウェアの子なんて、名前すら分からず

誰にも知られず、遠くから見てるだけのそんな恋

それはまるで本当に空を眺めてるみたいで

理由すら言わなくたって、それを好きだと言い切れる

そんなに想っているのに


――伝えようとは、しない


「先輩は、飛びたいんですか?」

私は、何にも考えずに

彼を飛ばすなんて、そんな事を言った

確かに、その言葉はあまりにも無責任で

夢を見ることと、それを追うことは、全然違くて


「ペンギンが空を飛ぶ夢を見るのは分かりました」

「先輩は、その夢を追いかけるんですか?」


改めて、彼を見つめて問い直す


彼は目を逸らして、呟く

「どうせ夢は、夢のままだ」

「ペンギンは飛べないなんて分かりきってる」


そんな彼に私は飛んでほしいと、強く願った


ペンギンが飛べることを証明してほしいと


「なんで、告白しようとしないんですか?」

自嘲するように笑い

「釣り合うと思ってる?」


確かにここから見える彼女は

肌が白くて、ひときわ可愛くて

まるで、優雅な白鳥みたいで


今の先輩はお世辞にも釣り合ってるなんて

口が裂けても言えないけれど


それでも

「先輩には、私がどう見えます?」


「…尻軽そうなビッチ?」

そんな話はしてないし思っても、普通は言わない

先輩、友達いなそうだなー


私はムッとした顔を作り

「可愛いか、可愛くないかの話ですっ」

そんな台詞を吐く


自分で言うのは馬鹿みたいだけど

「今」の私は可愛い

そんな自信がある


彼は下を向いて、恥ずかしそうに呟く

「…可愛いんじゃ、無いでしょうか?」


私は、満足げな笑顔を作って

「うん、ありがと」



私はポケットからスマホを取り出して

彼の前に掲げる


私の秘密を、彼に見せつける


彼は、目を白黒させたまま

画面と私を交互に見比べて

それでも、信じられない様子で聞いてくる


「これ、誰?」

私はにんまりと笑い

「先輩が可愛いって言った私だよ?」


そこには、腫れぼったい目をして

伸びっぱなしの髪に、整えられてない眉毛

今の私とは似ても似つかない

「昔」の可愛くない私が写っていて


それは、誰にも見せたくない秘密だけど

誰にも見られたくない過去だけど


ペンギンの夢が少しでも近づくなら

空にちょっとでも触れられそうだと思えるなら

見せてあげようと思う


「可愛いなんて、格好いいなんて勉強だよ」

「覚えればなれるんだよ?」

呆けた顔のまま、彼は私を見つめる


「飛行機に乗れは、飛べるって言ったでしょ?」

私は先輩の目を見る

「私は、先輩を飛ばせる」


「そんな方法を知ってる」


少しでも自信ありげに見えるように、可愛く笑い

「もう一回だけ聞くよ?」

「先輩も飛びたい?」


彼は、私を見たままで

それでも表情はゆっくりと変わっていって

最後に自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ


「努力なんて報われない」


「でも、私可愛いよ?」

自分のほっぺたに人差し指を当てて先輩を見る


「そんなの、作られた紛い物だろ」


「別にいいじゃん、羽がないんだもん」

「飛行機で飛ぶのは悪いこと?」

どっちだって結果は変わらない

ただ手段が違うだけ


どんな事をしても、飛びたいなら

努力する覚悟さえあるのなら


空は、飛べる


少し笑って諦めたような顔で先輩は

「痛い事とかしない?」

「顔とか、切り刻まれたりしない?」


私はそんな先輩が可笑しくなって声を上げて笑う

「大丈夫ですよ」

「朝がちょっと早くなるくらいです」


先輩は自信なさげに笑い、私に聞く

「ちょっとってどれくらい?」

私は首を傾げて

「うーん、3時間くらいですかね?」

髪セットして、アイプチして、カラコンして

その他にも色々やって

可愛いのは、大変なのだ


先輩は、顔を引きつらせながら

「…もうそれ特殊メイクじゃん」


可愛い顔を崩さないように

にこやかに笑いながら、先輩の耳元に顔を寄せて

「…ぶっ殺しますよ?」

低くドスの聞いた声で囁く


先輩は姿勢を正して

「はい、すいませんでした」


それでも、3時間で

空が飛べるなら

夢が叶うなら


それは、安いんじゃないかなと思う

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