連立方程式とその解
「で、お前は結局どうすんの」
「戻んの?、俺とバックレんの?」
もう、その話はおしまいとばかりに先輩は私に問う
不必要な物をすべて切り捨ててなお
此処にしか居場所の無い先輩
そんな人の隣に、恋人でも友達でもない
私が居ようと思うなら
彼が提示した「同盟」なんて関係を飲む他ない
そんな関係でしか、居て良い理由を見つけられず
それでも良いと思ったのであれば
私も彼と同じように、切り捨てよう
先輩に微笑みかけ
まるで彼の提案を受け入れる様に
仕方なく、譲歩したかのように口に出す
「良いですよ…お付き合いします」
「じゃあ決まりだな」
「どこ行く?買い物?」
別に、先輩となら何処だっていい
ただ喋りながら帰るのだって構わないけど…
だけど、そんな些細なことすら理由が無ければ許されず
そんな当たり前がすごく難しい関係で
「…服見たいかも」
彼は苦笑いして
「別に構わないけど、俺にセンスは皆無だから」
「精々、荷物持ち位が関の山だぜ?」
そんなこと言われるまでもない
先輩に服を選んでもらおうなんて思ってない
そんなの全部ただの言い訳だ
「よく知ってる」
「でも、どっちが良いかくらいは言ってね?」
理由なくは一緒にいれないから
どうでもいい理由を欲した
彼の望む彼女にはなれないけど
理想には程遠く、正解では無いとしても
取り繕える所は、容易に変えられる全ては
せめて先輩にとってより良い女の子で居ようと思った
そんな私の言葉の中にある見逃せない違和感
その根源を探すように、訝しそうに私を見る先輩
「何で急にタメ口?」
「…別に、敬われる人間じゃないから良いんだけどさ」
でも、それは嘆くばかりじゃない
この関係は、理由なく何も出来ないけど
理由があれば、何でも出来る
「よく考えたら私と先輩、対等なんでしょ?」
「私だけ敬語はズルいじゃん」
まるで、先輩だから、歳上だから
それに縋って当たり前なんて、そんな逃げで
対等だなんて言いながら、いつだって私は
上にいたつもりで、一方的に押し付け続けて
彼は、私と違って強いなんて思い続けて
だから、彼の名前も呼ばず、敬語で話して
距離を置いていた、痛いのは嫌だから踏み込まなかった
彼と私は、別の生き物だなんて区別して
でも、痛むそこに踏み込まなければ、何にもなれないまま
先輩にとってどうでもいい人間になりたく無い
恋人でなくても、友達でなくとも構わない
ただの他人で終わるのだけは嫌だった
「それに、私はあずきだよ」
「お前じゃない」
「…俺だって先輩なんて名前じゃない」
「好きでもないけど千秋って名前だぜ?」
知ってる、何度そんなふうに呼ぼうと思ったか分からない
彼が私をそう呼ばないように
それが特別なものに見えて呼べなかった
作れる限り、一番可愛く見える笑顔で
一番可愛いと思う角度で
そんなふうに聞こえる声で
ナチュラルボーンのそれじゃないけど
そんな物、無いながら今まで生きてきた
先輩と同じで、なくても戦えるように練習してた
「…じゃあ千秋先輩、私をあずきって呼んで」
あざとくて良い
本能に訴えかけられなくて構わない
それを考えて可愛いと認識させる理性を味方にする
剣道の「ルール」の上でなら
千秋先輩が戦えるなんて思ったみたいに
私も、私達の「ルール」の上でいいから
先輩の一番になりたい
「それで対等だよ?」
だから、これは逆説証明だ
彼が私を好きになれば
「ルール」の上の勝利は価値のある物と言っていい
それが正しいと証明できる
先輩の戦いは正しかった
もし、それが叶わなくても
彼女と付き合う事になったら、努力の先には結果があって
先輩は報われる
だからこれは
引っ掛け問題で、理由で、私の戦いで
それで、彼が間違ってなかった確たる証明で
何も間違えてないなら、正しいなら
そんな彼は、幸せでなければおかしいのだから
だから、私はいつかの先輩みたいに
プライドも、時間も、私自身も
何もかも全部をかけて戦おう
勝利の条件は
「木暮千秋の幸せ」その一つで、ただそれだけ
「対等ね……」
「まぁ言われてみれば、間違いない」
そこまで言って溜息を付いて
意を決したように私に告げる
「…んじゃ、ちゃっちゃと行こうぜ?」
「あずき」
そう言ってエナメルバックを肩にかけ
さっさと屋上から消える彼は
私をそう呼ぶことにどんな理由をつけた?
どんな過程を経て、そんな結論を許容したんだろう?
別に、名前で呼んだから特別じゃ無い
当たり前みたいに皆、私をそうやって呼ぶんだ
私を玩具だと思ってる彼女たちも
視界にすら入ってなかった高坂先輩も
誰も彼もが呼ぶ中で
彼だけは私をそう呼ばなかった
だってなんの理由もないから
そんな理由が見つからないから
一目惚れなんて物まで理由が無ければ正しいと思えず
そんな本能的な感情まで
その意味を、意義を求め続ける千秋先輩
確かに、とても面倒くさいと思う
私の中にある感情全てに
名前も説明も付けられると思えない
でも、それでも私には
彼が悩んで、決意して口にしたその名前だけが輝いて見えて
今後どんなに格好いいイケメンが呼んだとしても
こんなふうには思わない
だから、そんな当たり前すら
特別だと思って躊躇する彼は
特別な事にしてしまう彼は
そしてそんな当たり前すら
特別だと思って嬉しくなる私は
そう感じてしまう私は
面倒くさくて、不器用だけど
でも、日常のすべてが特別になるのなら
それはとても素敵な事だと思う
だって二人で居るのは偶然でも
成り行きなんかでもなくて
苦しくても考えて続けて得た必然だから
それが私かは分からないけど
彼の隣を歩く人は幸せだろう
校門の手前で先輩に追いつき
その勢いのまま手を握る
「…これは一体何なんですかね?」
繋がれた手を視界に入るように上げる先輩
その指は私の指に絡め取られていて
いくら先輩だってそれの名前くらい知ってるだろう
「恋人つなぎ?」
呆れたように先輩は言葉を続ける
「そうじゃないんだよなぁ…」
それでも振りほどく事はせずそのまま歩き続けて
こちらを見もせず言葉を続ける
「問1 どうしてこんな事になってるのか理由を述べよ」
…ほら面倒くさい
そんなもの繋ぎたいからに決まってる
「引っ掛け問題だから?」
先輩はそれを正解とも不正解とも言わないまま
ただ淡々と言葉を続ける
「問2 これ周りから見たらどう見える?」
「恋人じゃない?」
そこまで聞いて、先輩は大きくため息を付いて
「…ほんと面倒くせぇ問題だこと」
「問3 これルール違反じゃねぇの?」
「…私を寒いだけの学校から連れだしてくれたお礼」
「先輩が本番で緊張しないための予行演習」
「逆に、私の予行演習」
「…ただ単に繋ぎたかった」
私は先輩を見て逆に聞いてみる
「どの理由でも好きなの選んでいいよ?」
「選択肢はよりどりみどりで」
「どれも一見、間違いじゃないもん」
「…でも、間違えないでね?」
いつだって皆、答えのない中を生きている
分からない中模索して、それを選ぶ
だから、まだ千秋先輩の隣が空いているのなら
仮初でもいいからそこに居たい
仮に当てはめられたxでもyでもいいから
答えが出るまでそこに居よう




