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昔々あるところに

そんな話をしていれば、遠くで本鈴が鳴って

「…完全に授業遅刻ですね、これ」

「…忘れてたわ」


会うのはいつも放課後だから、完全に失念していたし

それを、とても皮肉に感じてしまう


鐘の音が鳴れば、ここに居られなくて

帰りたくも無いのに、悪意の中へ戻っていく

それはまるで、シンデレラじゃないかと


そこまで考えて、自分で笑ってしまう


…どこまで甘ったるい脳みそなんだろうか

着飾ったって、化粧なんて魔法をかけられたって

彼の目に留まらないのに

そんな一番にはなれないのに

シンデレラなんておこがましいにも程があるし

先輩のデートプランだって、笑えたもんじゃない


「どうすんの、教室戻るの?」

きらびやかな舞踏会のお城とは似ても似つかない

薄ら寒い屋上の主

…私の王子様はそんなことを聞いた


「いや、それ以外選択肢有るんですか?」

そんな言葉に、彼は笑い

「サボって出掛けるという選択肢があるだろ」


「…でも、放課後まで居ないと彼女見れないですよ?」


「別にいつも来る訳じゃ無いし」

「何だったら一日くらい見なくても死なない」


…なら、ずっと見なければ良いのに

それなら、独り占めできるなんて

そんな恨み言を思ってしまう


「で、どうすんの」

「お前行かなくても、俺は帰るけど?」


そんな事を言いながら

床に放り投げてあるエナメルバックを肩に掛ける

…どうやらこの人は、そもそも教室に戻るつもりなんて無かったらしい

「…てか、確信犯じゃないですか?」

「帰るって言ったって、教室にスクールバック置きっぱなしなんですけど」

先輩は、そんな私の非難に涼しい顔をして


「知能犯だと呼んでくれ」

「ちゃんと予玲鳴った時に開放しただろ?」


…そう言われてしまえば、返す言葉はなく

予令と知りながら、それを聞かないふりをして

話し続けてたのは私だった


先輩は芝居かがった裏声で

「ちょっと長話してたら、時間たつの忘れて」

「このタイミングで教室戻るのは気まずいから」

「仕方なく先輩と出掛けようかなー」


そこで、普通の調子に戻ってニヤリとする

「…理由もカンペキだ」

「なんか、問題ある?」


「…その糞ウザい声は私のモノマネですか?」

「いや、お前以外の誰だと思った?」


そんな軽口を叩きながら、私は考える


決して、間違いではない理由もある

こんな屋上よりも冷えきった教室になんて、私だって戻りたくは無いけど

「一回逃げたら癖になりそうだから、辞めます」


それでも、仮初に縋りきってしまえば

当たり前に無くなる場所を居場所としてしまえば

苦しむのは自分だと分かってる


それを聞いた先輩は

感心するような、呆れるような声音で

「こんな、なんにも無い所に逃げ込んできたのに」

「随分と自分に厳しいこったな?」


「…分かってますよ、そんな事」

「だから、ちゃんと向き合いますよ」

「私が今までやってきた事は無駄で、居場所なんてそこに無くても、友達なんて呼んでた何も知らない誰かと一緒に過ごします」

「…だってそれが私の望んだ物だったんですから」

「飛びたいと願った空だったんですから」


それが、間違いと知っていても

その為に努力した想いを否定する強さは、私に無くて


呆れ返るようにしながら、先輩は腰を下ろす

「というか、お前のそれは逃げなのか?」


「どう見たってそうじゃないですか」

「私がそうだと思う事をして、その結果なんですよ?」

「それから目を背けるなら、逃げ以外の何なんですか」


先輩は、薄く笑う

「そんなお前に、お伽話をしてやるよ」

「取り敢えず、少し長くなるだろうから座れば?」

私はそんな言葉を聞いて、先輩の横に腰を下ろす


「この物語はフィクションだし、登場する人物・団体・名称等は架空だし、実在のものとは関係無いから、あんま真に受けんなよ?」


お伽話なんだから分かりきってる

そんな言われるまでもない注意をつらつらと述べて


先輩はゆっくりと話し始める


―― 昔々ある所に、落ちこぼれた剣士が居たんだと

その剣士は、それはもうビックリするくらいセンスとか、才能とか、運なんてものにまで見放されていて


それでも、強さなんて物に憧れて

一心不乱に全てを捧げて剣を振り続けていた

そのどれもが無くたって、努力は裏切らないなんて言葉だけを信じて、ただ馬鹿みたいにそれを続けて


その剣士は、まぁそれなりに強くなった

天下一武道会的な奴に出れるくらいの感じにはなった


んで、そこに出て自分の弱さを改めて知った

努力とか、頑張りだとかそんな戯言で覆らないような

馬鹿みたいな、才能なんて暴力とブチ当たって


心底、神様なんて奴が嫌いになった


こんな世界は不公平だと嘆いて

どうすれば埋まるのか分からない溝に怯えて


でも、剣士は一生懸命考え続けて

「ルール」の上でだったら、そんなチート野郎共と渡り合えるんじゃ無いかなんて、そんな夢を見た


決まったルールを一生懸命考えて

反則ギリギリなことをし続けて

それはやっぱり、誰の目にも分かる勝利なんかじゃなくて

それでも、誰に文句を言われても

弱いからなんて笑って、判定がそうだからなんて開き直りまくって、それすら気に留めないで

ただ闇雲に、強さだけを求めたらしい


まぁ、ちょっとの運とか、修行の末体得したご都合主義極まりない超必殺技みたいなのを駆使してみたりして


そんななんやかんやで、天下一武道会的な奴の決勝まで駒を進めたりしたんだと


んで、超絶チート極まりない、糞イケメンの爽やかエリート剣士と戦う事になった

結果は、火を見るよりも明らかだし

何だったら本人だって、いい勝負できれば良いくらいのモチベーションに下がるくらいには、強いソイツに


なんのマグレか……勝っちゃったんだよ

どんな気まぐれか知らないけど

糞イケメンが、負けを認めた


手を抜かれた訳でもなく、本気で戦って負けるはずだったそいつに情けをかけられて「ルール」の上での勝利を手に入れた


…でも落ちこぼれた剣士は、悪役だったんだよ

世界の滅亡を企む悪の秘密結社的な構成員で


そいつが世界を手中に納めれば、世の中はヒャッハーが蔓延る世紀末的様相を呈するような極悪人でさ


人々は、勇者の勝利を望んでた

…そりゃそうだよね、だって世界滅ぶんだもん


んで、そんな期待やら、願望やらを台無しにして

誰も望まない世界を作ったソイツは

当たり前だけど、民衆から石を投げられるし

罵詈雑言を言われるしで、もう散々だと思って

手にしたそれを捨てたんだわ


そして一人孤独に過ごしていると……


…つーか、コイツ悪役だとこれハッピーエンドじゃねえか

どうしよう、オチがねぇんだけど

どっかで間違えたわ、やり直していい?――


そこまで話し終えて、先輩は苦々しげに笑う

「結局、何が言いたいかって言うと」

「努力は報われるかもしれないけど、望んだ結果になるとは限らないって話だよ」


「結果だけ見りゃ、コイツ強えじゃん?」

「欲しかった強さ手に入れてんじゃん」

「でも、こいつ悪役だから願い叶ったら駄目な訳よ」

「悪役が勇者より強いなんて、世界滅んじゃうし」

「そんな願いは間違ってたし…」

そこまで言って、寂しそうに笑う


「…だから、そんなもんなんだよ」

「欲しいと思ってたもんなんて、下らないって話」

「…ただそれだけだよ」


……言われるまでもなく、多少の脚色は有れど

先輩自身の話だと分かった

フィクションじゃなくて実在の人物で、史実で

私の知る、悲しい話だった


「先輩の言うソイツは後悔してるんですか?」

「…強くなった事を」


「いや、そういう話じゃ無いんだよ」

「強さの先が間違ってるってだけで」

「ただそれを、強けりゃいいって誤解してた話」


纏まらなかった話をどうにか纏めようと

そんな言葉を口にし始める先輩


でも、聞きたいのはそんな与太話でも

訓戒じみたお伽話でもない

…先輩の気持ちだった

「違います、私が聞いてるのは後悔してるかどうかです」


先輩は、ポツリポツリと呟きを漏らす

「…どうなんだろうな」

「まぁでも、もう夢は見れないだろうよ」

「負けたなら、努力が足りなかったなんて言い訳できた」

「そんな言葉を信じて、戦えてたかもな?」


私は堪えきれず、それを言う

「…ソイツは恨んでないの?」

「そんな世界を、馬鹿な皆を」


確かに、世界を滅ぼしたいソイツは悪いと思う

だけどその原因を作ったのは誰だ?

蔑んで、嘲笑って

そいつを悪役にしたのはみんなじゃないか


なんで、彼一人だけ悪者にされて

舞台からいなくならなきゃいけないんだ?


「恨んじゃいないけど」

「…ソイツは諦めたんだよ」

「馬鹿だったなんて笑って、諦めたんだ」


「だから、お前に聞きたいんだよ」

「こんな下らないオチもない話で悪いけど」

「ソイツのそれは、逃げなのかな?」

「行き着いた行き止まりで、何を欲したら良かった?」


…先輩は気付いてないかもしれないけど

多分、まだ答えは出てないからオチがないんだ


私は、必死に言葉を探すけど

適切なそれは頭の中に無くて


ふと笑って先輩は言葉を続ける

「…でも、諦めて下を向いて歩いてたら」

「そこには幸せが落ちていて」

「それを拾ったソイツはよかったと思いました」

「…めでたしめでたし」


…随分と適当で投げやりな終わり方だった


「…めでたいんですか、それ」


「世界は平和で、そいつも満足で悪い事なんて無いだろ?」

「それは妥協か?」

「それよりも欲しいものが見つかったのは、逃げか?」

「一回間違ったら、全部終わりか?」


聞いた言葉のまま、否定する

「…そうじゃないだろ」

「というか、そうじゃなきゃ困るんだよ」


「なんでですか?」

「俺は、間違えてばっかだからな」


でも、私は先輩にそんな理想を叶えてほしいと願う

他の誰でもなく、ソイツの味方で居たいと思う

…そんな世界なんて滅んでしまえと呪う


だって石を投げたのは私で

腐った勇者は高坂先輩で

助けるべき姫は、彼が手にしていて


「…勇者なんて知らないです」

「ただの腐った雑魚です」


「…囚われのお姫様なら」

「努力して、倒して奪い取るべきです」


横取りなんて、許さない

戦いもしないで手に入れるなんて

そんなの、物語にもならない


そんな私を心配そうに見つめる先輩

「…いや、フィクションだからね?」


「大丈夫ですよ?」

「ちゃんと幸せになれますから」


その時私は、どんな目をしていたのだろう?

どんな顔をしていたのだろう


でも、思った事だけは覚えてる

それ以外、もうどうでもいいから

全部失ってもいいから、幸せにしようと――


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