引っ掛け問題
結局、その一時の逮捕劇は
予鈴のチャイムとともに、証拠不十分で釈放という事になった
「釈放のお時間ですね」
「…痴漢、監禁と来てこのままだと前科何犯だよ」
どうでも良さそうに、そんな呟きを漏らしている先輩
「児童誘拐も含めると前科三犯とか?」
そんな自虐に堪えきれず笑う
あとは、私の心を盗んだ窃盗と
心に火をつけた放火なんて、そんな冗談でも言えたなら
良かったのかもしれないけれど
口を継いだのは
「あとは、不貞とかですかね?」
そんな、自虐にすらならない台詞しか出てこなくて
「…そうだよな」
「もう、戻ってきちゃ駄目ですからね」
あくまでこれは、罪と罰なのだ
知りもせず、理解もせず
ただ甘さだけを享受しようとした私の罪で
そう思ってなお、そこから逃れられない罰だから
「そう言えば、先輩の想い人の名前分かりましたよ?」
痛まないと駄目なんだ
苦しまないと償えない
「…なんて名前?」
「東雲結城さんです」
「やっぱり先輩の見立て通り、三年生でした」
「成績優秀、容姿端麗」
「絵に書いたような高嶺の花って感じですねー」
その後も、つらつらと情報を並べ立てる私にげんなりしたような顔をしている先輩
「プライバシーって言葉はこの世からなくなったの?」
「別にこれくらい、人から聞けばわかる客観的な情報だと思うんですけど…」
別段、パーソナルな情報は持ってない
ただ、テニス部の子に聞いただけのありきたりな話だけだ
「…その、これくらいからして俺には一生無理ってこった」
「先輩、友達少なさそうですもんね」
「いないじゃなくて、少ないっていうあたりに、仄かな優しさを感じるけどな?」
自嘲気味に笑う先輩
「…誰もいないんですか?」
「何をもって友達と呼ぶのかなんて、その定義からして全くわかんないんだけど、どうやったら友達申請していいの?」
友達申請って…私も面倒な性格だと自覚はあるけど
先輩も大概だと思う
「じゃあ、私と先輩は友達ですか?」
彼はイヤホンを弄びながら、それに即答する
「違うんじゃね?」
「じゃあ、この関係は何て呼ぶんですか?」
ひとしきり唸った後に続いた言葉は
親友だなんて、逃げでもなく
恋人なんて、甘い物でもなく
被害者と加害者なんて、自虐でもなく
「…同盟?」
それは確かに、これ以上無いくらい
間違えようの無い、的確な物だったけど
それでも、日常の中でそんな関係性を聞く事はなく
いつぞやに定義した援助交際なんて関係から
進展したのか、はたまた後退したのかすら分からない
「いや、それって関係性としてどのくらいなんですか?」
「どうって言われてもな…」
「何があるじゃないですか、友達以上恋人未満とか」
「こっちのほうが仲いいなーとか」
「ランク付けみたいなのが」
それがいい事なのかは知らないけど、生きていれば否応なくそんなふうに比べたり、比べられたりする
同盟なんて訳のわからない挙句に、堅苦しそうなジャンル分けされるくらいなら
まだ、セフレとかの方が進展しそうなだけマシに思える
…そもそも同盟なんてカテゴリーがある時点で、彼の頭にそんな物があるのかは疑わしいけど
「付けようにも知り合い以上がお前しか居ないんだけど」
「その場合はどうすんだ?」
先輩の中では知り合い以上の何かである事は分かったものの、比較するべき対象は居ないらしい
私は頭を抱えて考える
「…じゃあ、私が一番仲いい同盟でいいんですか?」
もはや、日本語として成立してるのか?という疑問を残しながら、恐る恐るそんな疑問の答を聞いてみれば
「まぁ、そうなるんじゃねぇの?」
淀みなくそんな返事が帰ってくるのだから
この人は一体どんな価値観を持って生きてるんだろう?
先輩は、それでもどこか悩むように言葉を続ける
「まぁ同盟ってのも敢えて言うならってだけで」
「…お前は山城あずきで」
「俺は、木暮千秋だ」
「そんな二人が屋上に立って、くだらない事を喋ったり、過ごしたりしてるし、たまには買い物してみたりもする関係」
「それじゃ駄目なの?」
そんな言葉に揺らいでしまいそうな気持ちを堪え
それでも必死に抗って
「…駄目に決まってますよ」
「それは、ただの過程で目的じゃないんですから」
これ以上、私を甘やかさないでほしい
そんな風に居ていいなんて勘違いさせないでほしい
彼女のことが好きならば
間違えなければ、私なんて回答にならないのだから
そんな惨めな気持ちにさせないでほしい
そんな惨めなことでもいいから願ってるなんて、気が付かせないで欲しい
確かに私と彼の関係は、宙に浮いたままのあやふやだけど
それに、正しい名前を付けられないのは過程だから
私が彼女達を居場所だと思ってたみたいに
彼女達が私を玩具だと思ってたみたいに
それなのにお互いを友達だと呼び合ってたみたいに
愚かに間違えなければいけないなら
私は彼にそれを提示しよう
息を吸って、吐いて
震えそうな声を噛み殺して
今の私の精一杯の笑顔でそれを告げる
「……この関係は、引っ掛け問題ですよ」
「だから、正しく解いてください」
これはテストだ
そこまで言ってなお、歪んだ問だと知ってもなお、間違えた答えを出すのなら
彼女でなくて、私を欲しいと思ってしまったなら
正解だと誤認したのなら
彼の勉強不足に他ならないのだから
どうか間違えないでと、願うけれど
どこまでも意地悪く、問題は作ってやろうと思う
――だから、私はどこまでも一方通行のまま
万有引力なんて言葉の意味すら気付かないまま
同盟なんて言葉を誤解したまま
愚かしく、その引っ掛け問題を解こうとはしなかった
その答え合わせはもう、叶うことは無いのに




