勾留
「…先輩は、昼休みもここに居るんですか?」
昼休みの教室にいるのが息苦しくなった私が、なんの気無しに屋上に足を運んでみれば、そこには当たり前のように弁当を広げてそれを食べている先輩が居た
「…居場所ここしか無いって言ったじゃん」
「それとも便所で飯食えって言うのかよ、お前は」
何もそこまで言ってはいない
トイレでご飯食べるなんて考えられない
「いや、教室で食べたらいいんじゃないですかね?」
別に、食べてても誰も文句は言わないだろう
当たり前のように、その隣に座った私に向けて
ぶっきらぼうに先輩は言う
「…そっくりそのままお返しするけど?」
そう返されると、ぐぅの音も出ない
誰にも文句は言われないけれど、そこに居るのはたしかに嫌で
それだからここまで来たんだ
…先輩がいるかも知れないとは、少しだけ思ったけど
だけど、先輩はそれ以上何も追求することはなく
お弁当を食べ始めて
それを横目で見ながら、ふと思ってしまった
「…なんか不思議ですね」
「何が?」
「屋上しか居場所が無いって先輩が言った時に、私はそれを可哀想だなって思ったんですよ」
「…まぁ世間一般から見れば、その通りなんじゃねぇの?」
別にそれを悲観するでもなく、誇るでもなく
ただ、当たり前の事実のように言う先輩
「頑張ってないからそこしか居場所が無いんだって、私言ったじゃないですか?」
「そうだな、言ってた」
そんなに前でもないのに、先輩は懐かしむような顔をする
「この腐れビッチは喧嘩売ってんのかなって思ってた」
…そんなこと思われてたのか
確かにあの時、今にして思えば珍しく先輩はムキになって反論して来たような気もする
「でも、違いました」
「頑張った末に行き着いたのが、ここだったんですね」
頑張って、それでも誰にも認められないで
居場所というものを与えられなくて
それなのに文句も言わず、ただ自分が傷まない場所で
孤独の寒さを堪えながら先輩はここに居た
そんな先輩からしてみれば、私はいい迷惑だったろう
「初めて会った時、どうしてあんな事聞いたんですか?」」
「普通だったら命はかけがえのないものだ、とか」
「生きていればいいことある、みたいなこと言いません?」
彼はその言葉に笑う
「死にたい奴にそんなこと言ったってしょうもない」
「それに、そんなこと言える奴は」
「多分、幸せな奴だろうから」
それは確かにそうだった
生きてたっていい事がないから、死にたい
自分の命がくだらなく思えるから、死にたい
そんな当たり前すら
分からない人の言葉なんて聞きたくない
彼はぼんやりと遠くを見ながら言葉を続ける
「別に、逃げるのが悪いとは言わない」
「それが一番楽だと思うならそうすればいい」
「だからそんな言葉は、幸せな奴が勝手に語ってる聞くに耐えない自分語りってだけでさ」
「自分がそうだからって他人にやれなんて言うのは暴論だろ?」
「誰もなんの責任も取らないで、最後は全部自己責任なんてそんなふうに片付ける癖に」
キリキリと胸が痛くなる
それは、私のことを言っているのだろうか?
先輩の何一つを知らないで怠惰だと笑った
願えば叶うなんて嘯いて、先輩を騙し続けた
傷ついて構わないと思ってた、悪気もなく無個性であることを押し付け続けて
そしてそんな事に今更気がついて
気づいた時には恋に落ちてて
私は、何様のつもりだったんだろう?
私が振り回すだけの、一方的な関係だった癖に
愛されたいなんて言うのは、ひどく都合がいい話で
ここにこうやって私が居るのも、彼の情けでしかない
私は先輩にニッコリと微笑む
「…あの時落ちてればよかったですね」
先輩の表情は曇る
「…お前、それ本気で言ってんの?」
「だって先輩の言うそれは、私じゃないですか?」
「努力すれば叶うなんて、幸せ丸出しな事言って」
「努力しないから出来ないなんて暴論吐いて」
「自己責任なんて言葉で救われてる私なんですよ?」
「居ないほうが、いいじゃないですか」
「逃げるのは悪くないんですよね?」
「それが楽ならそうしていいんですよね?」
何処かでは分かっていた筈だけど
それを見たから理解していた筈だけど
当たり前の様に教室という空間に私の居場所は無かった
だから、私はここに逃げてきた
痛みに耐えられず、楽な方に逃げてきたんだ
…いつか此処から飛び降りたいと願った時のように
ゆっくりと吸い寄せられるようにフェンスの方へと歩く
後ろから先輩の声がする
「何、お前はここに死ぬために来たのかよ?」
「…逃げるためにここに来ました」
身体をフェンスに傾けるとカシャンと音がする
「…私めんどくさい子ですよね」
「情緒不安定で、いう事も考える事も支離滅裂で」
自分ですらよく分からないと思う
1秒前までの自分すら信じられず
何を指針に歩いていいかも分からない
「そんなの誰だっておんなじだろうが」
「俺だって、ちぐはぐだ」
「いいですよ、思ってない事言わなくたって」
「…飛び降りたりしないですから」
だって、私は中途半端だ
死ぬだけの理由も見つけられず
生きていく意義も分からない
ただ死ぬ理由を見つけるよりは、無為に生きている方が楽だからここに居て
そんなくだらないものだと分かっているのに
先輩に少しでも見て欲しい、ただのかまってちゃんだ
「…死ぬ死ぬ詐欺のメンヘラ女かよ、お前は」
そう言って先輩は、近づいてきて
…カシャンとフェンスが、増えた重さに耐えるように鳴く
「……意味分かんないです」
「俺もお前が意味分かんないからお互い様だろ」
耳元で聞こえるその声の意図が分からない
「…なんで抱きつかれてるんですかね」
「勘違いしないでもらっていい?」
「捕まえてるだけだから」
「…鳥かご相手に痴漢は成立しないだろ」
そんな支離滅裂な理論に苦笑いしか出ない
「じゃあ、監禁ですか?」
先輩はため息をつく
「痴漢より重罪なんですけど…」
痴漢の次は、監禁と
後いくつか罪状が出てくれば
無期懲役を言い渡せる気がするけれど
動機すらわからず、この事件は時効を迎えてしまいそうだ
黙秘なんて都合のいい制度を使う先輩を呪いながら
それでも先輩の背中に手を回す
「じゃあ、そんな先輩は逮捕です…」
せめて勾留期限までは尋問に付き合ってもらおう
「私は、ここに居ていいですか?」
「…勝手に居れば良いだろ」
「幸せな戯言を言いますよ?」
「別に気にしないから良い」
「自分勝手で馬鹿ですよ?」
「お互い様だけどな」
先輩が何を考えているのか分からない
どうしたいのか分からない
恋愛漫画なら、相手の気持ちも見えるのに
そうはいかないのが、もどかしい
「…恋ってなんですか?」
先輩は黙った後に
「…万有引力っていうのはどうだろう」
それでも、私と先輩の答えは同じで
違うものを見ているはずの回答は一致して
モヤモヤする気持ちを抱えたまま、それでも
そんな甘さを噛み締め続けて
…それを証明することなく、ただ甘えただけだった




