答え合わせ
学校は休みで特にすることのない私は自室で一人考えこむ
「…どこで聞いたんだっけ」
私は確かに、その名前を知っている
それなのに思い出せないのは何でだろうか
仕方なく、スマホを手に取り
エゴサーチならぬ先輩サーチをしてみる
LINEすらしてないのであればフェイスブックだのツイッターだのをしてるとも思えないけれど
それでも、いくつかの記事がヒットした
「これは、芸能人だし…違うか」
その中にひとつだけ、関係ありそうな記事を見つける
その内容を見て、やっとわかった
顔を知らず、名前だけを知ってる理由を
そして、彼の言った認められなかったと言った意味も
私は唇を噛む
…確か、まだ本棚に残っていた筈だ
ファッション誌なんかが入った本棚をゴソゴソと漁り
目的のものを見つけ、それを眺める
その写真に映る、今より少しだけ幼さを残す先輩は
しかめっ面でそこに写っていた
会場の中心で
その中で呆然と立ち尽くしていた彼
でも、その時私が見ていたのは違ったから
だから気が付かなかったんだ
無神経に周りと一緒になって、そんな空気に飲まれて…
私はスマホの連絡先に登録されているそれを眺める
掛かって来るはずがないと知りながら
掛けるはずがないと思いながら
わざわざ、消すのも面倒だと残したままのそれ
私が知らない先輩を知る
かつて、淡い気持ちを抱いた、もう一人の先輩
それが恋だったかどうかと聞かれれば、答えに困るけれど
確かに、屋上から眺める彼と同じような顔をして
それを眺めていた筈だ
通話のボタンを押す
何度かのコール音の後に電話の繋がる音がする
「もしもし…」
「お久しぶりです、誰だか分かります?」
少しの沈黙の後に、それに応える
「あずき、久々だね」
彼にとっては、その他大勢の一人だったろうに
よくぞ覚えてるもんだと感心する
「先輩に聞きたいことが有りまして」
少し不審がるように、それを聞く彼
「なにかな?」
端的に用件を告げる
それに返ってきたのは意外な答だった
「じゃあ、今から出られるかな?」
「…別に平気ですけど、どうしたんですか?」
「暇だから、お茶でもしながら昔話に花を咲かせるのも悪くないと思ってね」
結局支度をして家を出たのは6時半過ぎで
彼が指定してきたのは、家の近くのモールの中に入ったスターバックスだった
店内を見渡すまでもなく、目に付くその彼は一人テーブル席に腰掛けてアイスコーヒーを飲んでいる
商品の注文を済ませて、それを受け取り彼の正面に座る
彼は私が電話の主だと気がついたらしく、にこやかに微笑む
「急に呼び出したりして、悪かったね」
「随分変わったから、気が付かなかった」
…ふーん、そうなんだ
彼に微笑みかけて挨拶をする
「お久しぶりですね、先輩」
「昔、私がバレンタインにあげたチョコどうでした?」
「あれ、自信作だったんですよ」
彼はにこやかにそれに答えて
「すごく美味しかったよ」
「あずきは、元気にしてた?」
「ええ、私は相変わらず元気ですよ」
彼は挨拶もそこそこにざっくりと本題を切り出す
「なんで、今更になって中学最後の大会の事知りたいだなんて思ったんだい?」
飲み物にストローを通し、もっともなその疑問に答える
「たまたま家の掃除してたら当時の特集の本出てきて」
「あの時なんで、あんな会場がざわついたんだろうって」
「ふと疑問に思っちゃって」
彼は少しだけ顔をしかめて
「…意外だったんだろうね」
「当たり前に勝つと思ってた俺が負けたのが」
それはまるで
自分もそうだと思っていたような口ぶりだった
「先輩もそう思ってたんですか?」
彼はにこやかに笑って
「当たり前のように、そう思ってたさ」
「そして、多分判定だったら勝ってたと思う」
…たしかにそんな記憶がある
彼は、判定の前に自ら負けを宣告したのだ
「なんでそう思うのに負けたって言ったんですか?」
勝ったと思うなら、そうすればよかった筈だ
堂々としていればよかった
彼はそれに、にこりと笑う
「一本を取れなかったから、俺の負けだよ」
多分当時の私だったら、それを潔くて、男らしくてカッコいいと思ったかもしれない
でもその言葉は、私を苛立たせる
「…勝手にルールを変えて、そうじゃないから負けだなんて随分と自分勝手なんですね」
「…何が言いたいのかな?」
彼の口調は少しだけ棘をもって
やっと、自分がもてはやされる為に、ここにいる訳でないことを理解したようだった
いつもぬくぬく生きてた彼は
分かってないみたいだから、教えてあげよう
そんな寒さを知らないなら分からせてやろう
「不安だったんですよね」
「もしかしたら、本当に負けてるかもしれないと思って」
「だから自分から負けを告げた」
「だって、本当にそうだとしたら、なんの言い訳もできないただの敗者になっちゃいますもんね?」
それはまるで、本気でやったら俺が勝つとか
まだ本気出してないだけとか
そんな稚拙な言い訳じみて聞こえて
「だって、覆らない負けの後にそんなこと言ったら、ただの言い訳にしか聞こえないですもんね?」
そんな私の言葉に、一瞬だけ彼の怒りが見えた気がしたが
それはすぐに霧散して、見えなくなる
作り笑いを浮かべて、上っ面だけの言葉を投げかける
「何を言っても、もうその時の結果は変わらない」
「俺は負けで、彼は勝ちだよ」
「ただ、それだけの話だ」
まるで、次やったら負けないようなその台詞は
言うだけ無駄だと分かっていても
何処までも、私を苛立たせて
そして、本気で戦った彼を馬鹿にしているように見えて
「気分を悪くさせるような事を聞いて、すいませんでした」
そんな私に対して、和やかに微笑み
「気にしないでいいよ、俺もキツイ言い方したからね」
「…思い出すと悔しくてさ」
見え透いた芝居に、これ以上会話を続ける気も失せて
いたずらっぽい顔で
すべてをぶち壊しにする、一言を告げる
「ねぇ、高坂先輩?」
「…チョコケーキが塩辛いと美味しいなんて随分変わった味覚してるんですね?」
いつか聞いた時も、彼は美味しいと言ったのだ
「甘くて美味しかった」と
だから、私のそれも、先輩の本気と同じで
貰ったくせに食べもせず、捨てられたんだろう
そもそも、彼が私を覚えてるのかすら怪しいのだ
名前なんて、電話が来れば表示されて
親しげに呼べば、覚えてるように聞こえて
可愛くなったから気が付かなかった、なんて言えば喜ぶと思って
中学の時に
少しでも振り向いて欲しくて頑張った化粧も
毎日時間をかけて、セットした髪も
一度として、そう言わなかった癖に
まるで、そうされるのが当たり前のように思ってる彼は
それを感じさせないように取り繕ってるだけで
そんな彼に抱いたそんな思いは、やっぱりろくでもない物だったと思う
もしそれが恋なら、そんな物ゴミだと言い切れる
「…直人?どうしたの」
そんな声に振り向いて、私は息を呑む
彼は笑って当たり前のように答える
「いや、たまたま昔の後輩に会って、昔話をしていただけだよ」
「もう、予備校は終わりかい?」
ショートカットの彼女はそれに答える
「ええ、つまんなかったわ」
そう言いながら、値踏みするように紅い瞳で私を見る彼女
そして、つまらなさそうに欠伸をした後に高坂先輩の方を向く
「お腹すいたから帰りましょう?」
「…じゃあ帰ろうか、ユウキ」
そこに居たのは…千秋先輩が恋い焦がれたその人で
二人は手を繋いで、私を見ることなくその場を後にする
…なるほどどうして、神様って奴はろくでもなくて
それでも確かに、運命のいたずらだと言うしかなくて
そんな奴よりも、ろくでもないのが
考えもせず先輩に飛べるだなんて嘯いた自分だという事に気が付いて悲しくなった
皆さん、おはようございます




