白と黒
先を歩く先輩
私は全然大和撫子では無いけれど、その3歩後ろを歩く
「もしかして、先輩いた駅の方が近かったですか?」
そしたら、悪い事をしてしまった
先輩はその言葉に振り向き
「いや、大差ない」
「俺が無駄に歩いたってだけで、まぁ運動不足気味だったし丁度良いだろ」
そんなことを言って笑う
「てかお前、私服持ってたのな」
「最初探す時に焦ったわ」
「制服で援交なんて持ちかけたら、一発アウトですよ?」
そもそもは、彼女達のゲームの時に制服でそんなことをするのは不味いと思って用意していた物だった
彼はその言葉に困惑した顔をして
「いや、援助交際ってそもそも、それが付加価値なんじゃねえの?」
「スリルっていうか、背徳感っていうか」
彼の言う事も分からなくは無い
多分そんな高揚感を、快感と履き違えるから
痴漢だの、不倫だの、援助交際なんかは
絶えず行われるのだろうとは思う
「先輩は制服のほうがお好みだった感じですか?」
「そっちの方がドキドキしました?」
いたずらっぽくそんなことを聞いてみる
「いや、そんなドキドキよりも」
「今日、その喫茶店やってるかの方がドキドキしてるわ」
「不定休って何なの、俺の出席じゃあるまいし?」
そんな、彼の皮肉に笑いながら
それでもそれを注意する
「…下調べ位ちゃんとして下さい」
「減点ですよ、減点」
「まぁ、別に私だから良いんですけど」
彼は頭を掻いてバツが悪そうに
「…以後気をつけます」
そんな会話をしながら小江戸の街を歩くと
アンティーク掛かった小洒落た喫茶店が見えてくる
「ああ、多分ここだわ」
先輩がドアを開けると、ドアチャイム代わりのベルが鳴り
カウンターの奥に座るマスターがこちらを見る
「…いらっしゃい」
マスターは仕切りのついた奥のテーブル席を指さし
私達はその席に座る
メニューを見れば、美味しそうなケーキの写真と
昔ながらの洋食屋のメニューが並んでいて
「美味しそうですね?」
「…そうだな」
ひとしきりメニューを眺めて
先輩は紅茶とケーキのセットを
私はコーヒーとケーキのセットを注文する
オーダーし終わった後に、どうでもいい事を聞いてみる
「先輩ってコーヒー飲めないんですか?」
勝手なイメージで、男の人はこういう時にコーヒーを頼むものだと思っていたけれど、先輩が頼んだのは紅茶だった
それに、心外そうな顔をして
「飲めなくはないけど、好きではない」
「だって、あれ苦いだけだろ」
「おこちゃまな舌なんですね」
そんな私の軽口に先輩は笑って返す
「いや、大体世の中の何人が、あれをほんとに旨いと思って飲んでるんだか知らないけどさ」
「絶対、はじめ飲んだ時は苦いと思った筈だぜ?」
それはそうかもしれないけれども
「飲み慣れれば、美味しさがわかるもんですよ」
先輩はそれに疑問で返す
「慣れなきゃ、美味しくないならそれは美味しいのか?」
たしかにそれは、難しい疑問だった
先輩は言葉を続ける
「タバコにしたって酒にしたって」
「それが当たり前で、みんながそうしてて、苦さを飲み下して」
「美味しいなんて笑ってる気がするけどな」
それはまるで、先輩の恋のようで
それでいて、私の日常のようで
そんなことを考えていると、ケーキと湯気を立てた飲み物が運ばれてくる
私はモンブラン
先輩はチーズケーキ
ケーキにフォークを入れてそれを口に運ぶ
「美味しいですね、コレ」
先輩はそんな私を見て
「美味しい物は理由なくそう思うんだよ」
「そうじゃないなら、それは多分…」
ドアベルが鳴ってその言葉は続くことはなく
先輩は、苦々しげに顔を歪める
「ここケーキまじ美味いから」
聞き覚えのある声に、私の顔は引きつる
――なんで?
何で今、彼女たちはここに居るんだろう?
いつもと化粧が違うからだろうか
彼女たちは私に気づくことなく
隣の席に腰を下ろす
「つーかさ、あずき何なんだろマジで」
「ゲームってんのに楽しそうにするとか」
それに、誰かが声を返す
「調子乗ってるっていうか、意味分かんないよね」
「てか、ルール変えないと駄目じゃない?」
「これじゃあ、やる意味無いもん」
彼女達は笑い声を上げて
その言葉を当たり前に口にする
「…ホントにやるとか頭おかしいもんね」
考えたくもないのに、聞きたくないのに
それを否応なく、考えてしまう
彼女達のゲームの意味、笑い声の意味
その言葉の意味を理解してしまう
そのゲームが、勝者を決めるものではなくて
敗者を作るものだとしたら?
彼の言うように、そのルールが歪なのだとしたら
彼女達がそれをどうでも良いと笑うのは
…そんなゲームをしてないから
だからこんな所にいて
無いものは失わないからどうでも良い
そんなゲームはやらないから、ルールは適当で
そして私は、彼女達の玩具だったんだと
そんな当たり前にやっと気がついて
嗚咽を堪えながら、頼んだコーヒーに砂糖とミルクを入れ
マドラーでかき混ぜる
でも、不純物の入ったそれはいくら混ぜても
白にもならず黒にもならず、濁っていくだけで
口をつけ、舌に残るその味は
砂糖を入れた筈なのに、苦さばかりで
涙でぼやけた視界の中
やっぱり、紅茶にすれば良かったなんてそんな事を思った




