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似たもの

「あずき」

「今日ゲームだから」

昼休みの教室で唐突に告げられる


まるでゲームなんてお遊びみたいな名前のラベル

それさえ貼ってしまえばまるで全部隠せるみたいで


…こんなに醜いものなのに


「…うん、分かった」

私は返事を返す


群れの一人は私の顔を見て、困ったような

憐れむような表情を浮かべて

「…あずきはゲームが楽しいの?」

怪訝そうに聞いてくる


楽しい?

何でそんなことを言うのだろう

ゲームが楽しい訳がない


だって、私はそんな物のせいで

死にたいなんて思ってたのだから


「…楽しいわけ無いじゃん」

「こんなお遊び」


周囲は顔を引きつらせ、その表情を見た時に初めて

とんでもない事を言ってしまった自分に気が付く


楽しくないのに、なんでここに居るの?


ここだけが私の居場所の筈で

苦しんで、それでも居たかったはずの場所

それが今は、どうでもいいなんて

そんな諦めがすぐに頭をもたげるなら


どうして彼女たちと一緒にいるのだろう?


…でも、私はやっぱり噛み合わない

彼女たちが顔を引きつらせたのはそうじゃなかった

そんな当たり前ですらなかった


「……じゃあ、なんで()()()()()?」


私に告げたのは、誰の声かはわからない

でもそれは畏怖するような響きで


その後に訪れる静寂が

それが群れの総意だと告げている


……意味がわからない


楽しいのがおかしいなら

こんなゲームをしようとする意義も


笑うのがおかしいなら

彼女たちがいつも浮かべていた笑顔の意味も


何一つ意義も意味も持たないなら

どうして、始まったのだろう


何で続いているのだろう?


「…ルールはいつもと一緒?」


皆が無言のまま頷いて

誰も言葉を返そうとはしない


私はコンパクトを取り出して鏡を見る


作った記憶のない笑顔は

どんな表情なんだろうと、それを見て


私は慌ててコンパクトを閉じる

…それを、直視できなかった


だってそれを見てしまったら


私は、言えなくなって

それがある事を認めてしまうから


どこかで見たような既視感は

それを覚えたのは


もうやめよう、これ以上考えるのは良くない


静かに息を吐いて目を瞑る


だって、残像のようにちらつく、その顔と

私は同じ表情で笑っていたから



――「という事で今日よろしくです」

「集合は駅前で」

「…ちゃんと私服でお願いしますね?」

そんな電話を入れたのは

放課後、みんなと別れてすぐで 


私はコインロッカーから私服を取り出し

駅に隣接したデパートのレストルームで着替えを済ませる

…別に制服でも良かったけど

それでも、なんとなく雰囲気がでない気がして


これがデートの練習なら

本番みたいじゃないと意味がないから、なんて


そんなよく分からない理由で

私は、それを毎日持ってきていた


私が思う、一番可愛い格好

何時もみたいに派手さはなくて

清楚で、どこか夢見がちそうな

可愛らしく思えるそんな衣装に袖を通して


私は化粧をやり直す

毎朝、3時間掛かってるとは言え

それはあくまで、全部含めてだ

顔だけなら、そんなに時間は掛からない

…とは言えレストルームのドレッサーで

クレンジングから始めるのは気が引けたけれど


でも、この服を着るのなら

似合うじゃない、理想を着るのならば


それくらいの恥も痛さもとりあえずは許容しよう

今まで逃げてきた痛みを受け入れよう


今更、周りにどう思われても

そんなのどうでもいい

それくらいのメンタルがないと

人間社会でペンギンは生きていけないなんて

…自分が言ったのたから


30分くらい掛けて化粧をやり直して

私は改めて鏡を見る

…これ、似合ってるのかな?


髪の色は、変わらないけど

その顔は全然、いつもと違っていてすごく幼く見えて

それが年相応なのかそれは分からないけど

…多分、それが私だと誰も気が付かないと思った


何時もみたいに表情を作ってみるものの

それはすごくぎこちなくて、今の顔には合ってないみたいで


どうしたらいいか分からない…

どう振る舞えばいいか知らない


そんなことを思いながらレストルームを出て

駅の入り口前で待っていると


スマホが震える

そこには「先輩」なんて文字があって


不安に怯えながらそれを取る

「…もしもし」

「駅ついたけど、お前どこいんの?」

「…入り口の前ですけど」

「俺も入り口前だけど、もしかして反対口?」


ここの駅に、どっち口なんて無いんだけど…



「…ごめんなさい、もしかして川越駅に居ます?」

「…あぁ、理解した」

「とりあえずそっち行くわ」


ここはあまり待ち合わせに適していないといつも思う

場所がわかりにくいのだ

…というか、隣接する駅が多いというべきなのだろうか?

「川越駅」、「本川越駅」、「川越市駅」なんて

歩いていける範囲に3つ同じような名前を並べた奴は馬鹿だ


知ってる人はしっかり区別出来るけど


知らない人から見れば違いがわからないし

その違いすら伝えづらい


学校に通い始めたころ、私は

「駅の近くのスタバ」

そんな曖昧な待ち合わせで痛い目を見た


実は、川越駅にも本川越駅にもスタバがある

それどころかその中間にあるモール街にすら

スタバが有るのが、余計始末に負えなくて


どこも確かに駅の近くのスタバと言えるから


結局その日、集まるはずだったみんなと会うことは出来なかった

そんなことに気が付かず、待ちぼうけていた


人の群れを眺めながら、先輩の顔を探す

いかに先輩が目立つと言っても

そんな群の中に入ってしまえば、その中の一部に紛れてしまう

そんな気がして、また私は先輩を見逃してしまいそうで

必死に目を凝らすけれど

まだ来るには少し早いか…


私は目を伏せる


認識なんてものはとても曖昧だ

先輩が駅と言われて、川越駅に行ったのも

私が何も考えずに、最寄りの本川越駅に居たのも


間違いじゃない

確かに、駅には居るんだから

どっちが悪いなんて話でもないけど

言わなかった私も、聞かなかった彼も


どちらも同じだけ悪いと思うけど

つくづく、噛み合わないなとは思う


「あーいたいた」

「…おまたせしました、お姫様」

それは、ふざけたような口調で


そんな声に、視線を上げると

先輩は私に笑顔を向けていて

なんか腹が立ったので、意地悪をしてみる

「…誰ですか?」

「ナンパなら間に合ってるんですけど?」


先輩は、私の顔をまじまじと見て

「…いやだから、待ち合わせの先輩ですけど」

「何、記憶喪失にでもなったの?、お前」


私は彼のそんなセリフに堪え切れず吹き出して

「冗談ですよ」

「美味しいモンブラン楽しみにしてますね?」


彼は笑って

「まぁそれなりに期待してくれていい」

なんて自信ありげな声の後


「…もし不味かったら雑誌の編集部の電話番号教えるから」

「クレームは、そこに言ってくれ」


そんな責任転嫁の予防線を張りながら、歩き出す


――認識なんて曖昧ならば

分かるはずがないのに、それに気が付かず

もう、その答え合わせは叶わない



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