ペンギンの夢
「というか、貴方誰ですか?」
そんな事すら、気が付かないまま話をしていた
「飛べないペンギンだよ」
彼は、はぐらかす様にそんな事を言う
飛べないという事は、彼も私と同じなのだろうか?
「貴方も飛びたいんですか?」
彼は笑った
「いや、高い所は嫌いだ」
そういえばさっきそんな事を言ってた気がする
「じゃあ何でここに居るんですか?」
学校の屋上なんてこの場所で一番高いところなのに
「空が見えるから」
空?そんなもの地面からだって見える
わざわざ放課後にこんなところで眺めなくだっていいだろうに
彼の目線は空には向けられず
テニスコートの方を眺めている
彼の横顔を見て、私は理解した
そんな顔に見覚えがある
「誰が好きな人なんですか?」
彼は驚いたような顔をして
「…水色のウェアの子だよ」
苦い顔で呟く
確かに地上からでは、木に囲まれたコートは見えないだろう
彼は自分をペンギンと名乗った
それが空だと、そう言った
ならば彼はそんな恋が
叶わないと思いながら、願っているのだろう
ここからではその顔は、はっきりと見えなくて
「空って可愛いんですか?」
そんなことを聞いてみる
「なんのこと?」
「好きな人のことですよ」
「だって、貴方がペンギンならそうでしょう?」
彼は面白そうに笑って
「…そうだね」
「ペンギンが夢を見るくらいだからね」
それはすごく寂しそうに
そんな事を後悔してるように見えて
夢を見ながら飛ぶんだなんて言ったくせに
そんなふうには全然見えなくて
「…飛べますよ」
「ペンギンだって飛べます」
「…他人事だからって無責任に」
彼はそんなふうに言うけれど、飛べるのだ
「飛行機に乗ればいいんですよ」
「ブタだって飛行機に乗ったら飛べるんですから」
私は、彼に笑いかける
「アニメの話だろ?それ」
「ゾウだって飛べます」
「魔法で耳を大きくすれば良いんです」
「ペンギンに耳は無いよ」
「…リアリスト気取ってるくせに」
「夢見がちな恋だけはするんですね?」
彼は深く息を吐いて
「あのまま落っことしておけば良かった」
そんなことを呟く
別に、私だって落ちたい訳じゃない
それしか方法が見つからなかっただけで
それでも私に飛ぶななんて言わない彼は
恋だって、絶望だって
他人の言葉なんかじゃその気持ちは変えられないと
そんな事じゃ抗えないと
分かってるみたいで、少しだけ安心する
だから、彼に提案しよう
「飛べないなんて言うなら、私が飛ばします」
彼は私を見て苦笑いする
「そういうの世間では殺人って言うんだぜ?」
彼に告げる
「私があなたを飛ばす代わりに」
「私に飛び方を教えてください」
「…意味わかんないんだけど?」
「さっき私はスカートで飛んで後悔しました」
死んだあとにパンツが見られるなんて嫌だった
そんな事にすら気が付かなかった
「だから私に教えてください」
「正しい飛び方を」
彼は面倒臭そうに私を見て
「そういうのなんて言うか知ってる?」
確か、そんな言葉があった気がする
「…嘱託殺人でしたっけ?」
「違った、殺人教唆かな?」
「なんでそんな単語ばっか出てくんだよ……」
まぁいいや、なんて彼は笑って
「お前も、俺を飛ばすなら」
「無理心中ってのが正しいだろうよ」
私は笑って彼に返す
「無理心中でも何でもいいですけど」
「お互い飛べるように頑張りましょうね?」
――ちゃんと見てれば分かることもある
「ペンギン先輩?」
彼の上履きの色は緑で
私の一つ上の学年のカラーだと気が付いた
「…よろしく」
最後に、私に警告するように彼は告げる
「言っとくけど飛び降りなんていいもんじゃない」
私はいたずらっぽく笑い
「恋だって、いいもんじゃないですよ?」
それでもお違い辞めようとはしない
飛べないなんて言わなかった
彼だって、私だって飛ぶことを諦められない
夢見がちなペンギン達は
――恋なんて物を
――空から落ちることを
飛ぶなんて言って、夢見るのだ