表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/32

のっぺらぼうと方程式

昼休みの教室

その喧騒の中に紛れて、私は一人息を吸う


恋をするなんて間違い


林檎と恋

その共通点


それを考える


ぱっと思いつくのは味?

例えば初恋は甘酸っぱいなんてよく聞くけど?

…多分違う

彼の表情は苦くて、甘さなんて少しも感じてなかった


じゃあ形?

恋に形なんて有るのかな?

…これも違うかな

だいたい林檎の形なんて言われて

何を言ってるのか全然わからない


…なら、色も匂いも違う


比較してもわからない

「これ、まともに考えてわかる問題なのかな?」

そんな恨み言を頭の中で唱えて


息を吐きパックの紅茶に刺さったストローを咥えて

それを飲み干す


喧騒の中に戻った私に群れの一人が声をかける


「あずきー今日暇?」


いつもなら死刑宣告のような気持ちで聞くはずのそれを

私は楽しげに応える

「暇だよー」

もう偽り方を覚えたそれは何でもない


でも、続いた言葉は違って

「じゃあカラオケ行かない?」


…なんだ、違うのか


そんな提案に、群れのボスが声を上げる

「今日彼氏と予定あるからパスで」

その一声で、誰が言い出すでもなく

放課後の予定はお流れになる


別にそれなら残った人だけで行けばいいのに

みんな、行きたいんじゃ無いの?

なら、何で誘ったのかな?


息を吸う、でもそれは浅くて

私がそれを一番よく知っていて


…そこに居るのは誰でもいいんだ

別に楽しいからしてる訳じゃないんだ


途端にそれが空虚に色褪せて見えて

みんなの顔がのっぺらぼうに思えてくる


他愛もない話、そして周囲の喧騒


私はコンパクトを取り出して鏡を見る

そこにはちゃんと可愛い私が居て


でもその顔は、なんの感情すら携えない

周りを取り囲んでいる、のっぺらぼうと同じだった


可愛く見える努力

毎日3時間もかける化粧

みんなと同じになりたかった心

そうなる為の嘘


そうあることを望んでいたはずの全て


何が楽しいのかな?

そこに何があったのかな?

それすら思い出せない


私は何をしたい



息が詰まってうまくできない

考えがまとまらない


諦めて吐き出そうとした息が音を出す

「…誰か私とカラオケ行く?」


一瞬の静寂、そして


「…あずき、流石にそれは空気読めてなくね?」

「…マジでそれは無いっしょ?」


私に向けられる、喧騒


あぁ、煩い



空気は読むものなんだっけ?


空気は吸う物だっと思うんだけど、違う?


そんな事を考えてみて

自然と笑いがこみ上げてくる


…ああ、だからか

答えを手にして嬉しくなる


ここには読む空気しかないから息が詰まるんだ


私は、息苦しさを堪えながら

少なくなった空気を吐き出す


「そっか、じゃあいいや」


群れのボスが何かを言いかける

何を言おうとしてるかはのっぺらぼうだから分からない


そして、そんな事を知りたいとすら願わない


だから、早く放課後になればいいと思いながら

この息苦しさに耐える


――前の黒板を眺める

期末テストを控えたまとめの問題

因数分解だとか、二次関数だとか

有りもしないなにかを問題立てて解くなんてそれを

一生使わないであろうと確信しながら

それでもノートに写しているけれど


一度考え始めた思いは

感じてしまったその違和感は拭い去れなくて

鈍い痛みを堪えるように、ポケットに入れたままの

イヤーカフを触る


それを渡された露店での問答を思いだす


満点ではない回答

不正解でない答え


どんなに考えても全て埋まらない空白


私はサラサラとシャープペンを走らせ

写しとった問題を解く

それは、ピッタリと1つしかない回答をはじき出して

それを見て深くため息をついた


大体、答えが一つしかないなんてものが

私の生きていく中に、どれだけあるんだろう?


問題が提示されて、答えが用意されて

点数まで付けてくれて

あまつさえ、どこが違うかまで教えてくれる

そしてそれが間違いなく正しいなんて

そんなふうに学んできたから、誤解する


…考え続けた結果

多分、私の知りたい事には明確な答えは無い

正解を決めるのは自分でしかないと思ってしまった


だったら、もっと有益なことを学ばせてほしいと思う

一つだけ正しい答えがあるなんて嘘を付いて

それなのに生きていくのに大切なことは自習しかなくて

合っているはずの答えすら

何かの都合で正解だったり、不正解だったりする


問題も回答も用意されない

こんな世界をうまく生きるための術は

どんな授業で学べるんだろう?


彼の思いは、どんな方程式で解いたら正解になる?


私の回答の証明、その点数は誰が付けてくれる?


無意識に走らせたシャープペン

綴ったのは黒板の数式ではなく


「私の努力はなんのため?」

そんな、センター試験も真っ青の難問で


でもその答えは、私だけが正しく出せるはずだ


いつかの先輩の答えも、やはりそれは満点じゃない

それが答えだと、与えてくれるとはもう思わない


見ないふりを続けてきた

聞かないふりをしてきた

たしかに私に向けて問われ続けた


空っぽの心からの問い


そのすべてを考えてしまえば

ジリジリと痛むけれど


分からないと空白のままにして

そんなの要らないと逃げ続けたそれと向き合うしか

私を満たせるものは無いんだと理解出来た


理解したいと願うなら考えるしかない


痛みを堪えて、熱に浮かされ


それでもその正体を私は理解したい

知るだけではもう、満足できない 


苦しさに息をする

空気を吸って、冷たい海に身を晒して


だから、まず最初に認めようと思う

私にとって揺るがない答えを一つ出そうと思う


「…私のそれは愛されたい努力だよ」

「私でいいって認めて欲しいための努力」


伝えるべき人はここには居ない


キリキリと痛む


でも、私は恋なんてしない

恋なんて出来ない


だって、私は私だから

彼の恋い焦がれる彼女じゃないのだから


それを分かっているから、恋なんてしない


名前も知らないくせに

何もわからないくせに

私を見ないくせに


それでも鮮烈に思い出せるその顔は


淡く揺れるその瞳は


諦めたような、期待するような笑顔は


その顔だけは他の誰と違い

のっぺらぼうになることはないとしても




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ