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ピアスと恋と林檎


「なんかしっくりこない」

売り場にあるピアスを眺めながらそんなつぶやきを漏らす


先輩が髪を切った日

私は彼の耳元が寂しいと、そんな事を思った

この前も結局、奢って貰ったから

何か返さないとと思って、近くのモールを散策している


「でも、先輩痛いのヤダって言ってたしなー」

私を悩ませるのはそんな彼の一言で

それでも私の目に入るのは、そんな装飾品だけで


先輩の横顔を思い出し呟く

「…似合うと思うんだけどな」


でも、それを思うのはどうやったって私で

先輩の恋い焦がれる彼女が

どう思うかは知ることはできず

そんな感情にもどかしさを覚えて

私は、深くため息をつく


何でこんなにも知らない事ばかりなんだろう?


結局私は何も買うことの無いままモールを後にし

あてもないまま、おぼつかない足取りで道を歩く


――あの時、彼は何を思ったのだろう


熱さえ感じてしまいそうな衝動を携えた瞳

苦しそうに絞り出した声


まるで何かに耐えるような、そんな彼は

私の思う恋するなんて姿とは程遠くて


「苦しいならやめればいいのに」

やはり、そう思わずにはいられない


そんな、自分の声で

やっと知らない道を歩いていることに気がつく


そんなに遠くまでは来ていないはずなのに

一本違えてしまえば、知らない風景があって


建物の間で忘れ去られたようなそこに

小さな椅子に腰掛けて、アクセサリーを広げる男がいた


私はアクセサリーの前で足を止めて、それを眺める

そこに並ぶどれもが繊細に模様を刻まれ

一つとして同じ物は無い

「…ハンドメイドですか?」


店主であろう彼は、歳も多分二十代半ばくらいに見えるのに

私のお父さんとかが若い時に流行ったファッションに身を包んでいて


落ち着いたやさしい声が返事を返す

「そうだよ」

「君は、何かお探しかな?」


「ピアスを探してたんですけど…」

彼はそんな私を見て、微笑む

「君がつけるのかな?」

「えっと、違います」


「じゃあプレゼント?」

「…のつもりだったんですけど」

「その人、ピアスホール開いてないんで諦めました」


彼は不思議そうな顔をして

「開いてないのにどうしてピアスをあげたいと思ったの?」


「…似合うと思ったからです」

「じゃあ、そう言えば良いんじゃないかな?」


そんな彼のもっともな疑問に

ニコリと笑って、何でもないような口ぶりで私は言う

「開けて欲しいなんて言える間柄でも無いんで」


そんな事を言える関係では無い

口に出してしまえば

彼が痛いのは嫌なんて言ってたからなんていうのは

ただの言い訳だったと認めてしまうけれど


だから私はもっともらしい言い訳を続ける

「だって痛いじゃないですか」

「一生残るじゃないですか」


「そんな自分勝手に傷つけて、良いわけないですもん」


「…君は優しい子なんだね」

そんな言葉に、私は耳を塞ぎたくなる

先輩にしろ、この彼にしろ見る目が無いにも程がある


どんな風に切り取れば、それが優しさに聞こえるのだろう?

「全然、優しくなんて無いですよ」

「みんな、どこ見て生きてるんですかね?」

だって、傷が残らないなら

私は、先輩の心が傷付いても構わないなんて思っている


それを当たり前に許容して

平然と先輩の応援してるなんて言ってのける私が、優しいなんて呼ばれるなら、世の中の人はみんな聖人君子だ


「その彼は、ちゃんと見てるんじゃない?」


その言葉は私を逆撫でする

なにが?

ちゃんと見てれば思わない


「…何をですか」

「ちゃんと見るまでもなくそうじゃないって分かるでしょ?」


明るく脱色された髪

耳に空いたピアス

着崩した制服


誰に向けるでもなく、ただ取り繕うだけの

自分を隠すためだけの空虚な装飾


それだけ取り繕ったのに

何にもなれなかった、空っぽの心


こんな私を見て、それを知って

先輩が本当に優しいと思ったのなら

それこそ、本当に何一つ見えてないと思う

それを口にしたのなら

嫌味にしか聞こえない


それでも彼は静かに言葉を続ける

「優しくないなら、それを何とも思わないなら」

「相手が痛いなんてことすら気が付かないよ?」

「本当に痛みを知らないなら」

「君は何一つ躊躇なんてしないはずだよ」


彼はそこまで言って、面倒臭そうに

「…君の言うそれがなんなのかは分かんないけどさ」


…言い返せなかった

私は黙りこんでしまう


何で、こんなにもこの人の言葉は私を苛立たせるんだろう

聞きたくない、知りたくない

私を知って欲しくない


「願う事は罪なのかい?」

「痛みを覚えないのは幸せかい?」



それでも確かに痛みから逃げ続けた私が

死にたいなんて願うなら、幸せには程遠くて


痛みを堪えながら恋を願った彼は

私なんかよりも、ずっとずっと羨ましく思えて


投げ出したくなる、すべてを捨てたくなる

キリキリと痛むすべてを忘れたくなる


「…恋ってなんなんですかね?」

「苦しいくらいなら、そんなのしなければ良いのに」

…そんな悪態じみた言葉を絞りだすのが精一杯だった


「…恋をするなんて言葉は間違ってるよ」


彼も先輩と同じ風景を見ているのだろうか

それとも、それは当たり前なのだろうか

わからない私が馬鹿なのだろうか


その言葉の答えは

先輩に怖くて聞けない続きは、分からないままで

諦めたように呟く


「だったら、教えてくださいよ」

「間違ってるなら、馬鹿な私に分かるように」

「ちゃんと伝わる言葉で、正してくださいよ」



「君はテストの答が分からないからって人の答案を盗み見るのかい?」

「その答えが合ってるかどうか分からないまま、答えを出したフリを続けるのかい?」

そんなもっともな言葉に

間違ってない台詞に

私の何かが音を立てて崩れる

そんな全てを堪えきれず叫ぶ


「そんなのだれだって一緒ですよ!」


私を違うなんて言った先輩だって例外じゃない


何も考えずに、ただ私が言うことをこなして

それが合ってるかどうかなんて分からないのに

馬鹿みたいに一途に、それが正解だと信じて

それが恋い焦がれる彼女の為だと勘違いして

一生懸命にそれをやって

無駄になるかもしれないそれを

そんな私の言葉を

ありがたがって、感謝して、喜んで


疑う事すらしない

「何なんですか!」

「何を知ってると思ってるんですか!」

「みんな何も見てないじゃないですか!」


先輩が言ったとおり

自分以外の何者にもなれないのなら


私は神様じゃない、恋い焦がれる彼女でもない

何も知らない、知ったかぶりのペンギンだ


「その人は君に答えを求めた?」

「自分が思ったものと違う結果は無かった?」


―確かに求められてなかった

…たしかに先輩は全部自己責任と言った

告白が成功する方法なんて聞かなかった


―確かにそれはあった

私の思い描いた以上の点数を、採点できない答えを

私は確かに見た



その先輩を思い出す

アッシュグレーなんてみんなが似合わない

テンプートから外れた選択


どこか遠くを見る眼差し

おぼろげな夢を見るような横顔

個性以外と呼べないそれ

誰かと違う先輩、同じじゃない先輩


あるはずのない、答え


知るはずのない解答


じゃあ、何が違う?

私と彼はどう違う?

どうすればその答えに辿り着ける?


疑問が頭を渦巻いて

溺れそうになった私は

考えるのを……

「…あっ」

違う、これじゃいつもと変わらない私だ

何かになりたかった私だ



「だからお前は、なんにも考えてないんだよ」


いつの時に言われたのかは思い出せない

でも、やっと先輩が言った

その言葉を正しく理解する


苦しさから逃れるように

大きく息を吸い、それを吐き出す


大丈夫、溺れるはずがない

だって私はペンギンなんだ

…先輩だってそう言った


うまく飛べないけど

ペンギンなら泳げるんだ


そうやって、落ち着いて考えることさえすれば

絡まったように見えた疑問は、ひどく易しい問題だった


「…考えないと、分からないなら」

「…私のそれは答えじゃない」


考えもせず答えを見るから、理解できない

理解せずとも、どうにかなるから考えない

そして、それが答えだと思うから間違いに気づかない


間違えを正せるのは、それが違うと気がつくのは

考えたからだと気がついた


「先輩は私の言葉をしっかり考えて」

「より良いものにしようと努力した」

「…だから私と先輩は違う」


胸のどこかに鈍い痛みを覚えてしまう


パチパチと拍手をしながら、彼はにこやかに微笑む

「たぶん及第点じゃないかな?」

「それが、正解だなんて言えないけど」


「じゃあ、さっきの疑問に戻ろう」

「似合うと思ったピアスをどうして彼にあげたいと思った?」


息を吸い、考える

その苦しさに耐えられなくなるまで潜る


「…少しでも先輩の告白が成功するように」

「先輩が自信を持てるように」

「私が思う格好いいをあげたいと思ったから?」


その答えは合ってるかは分からないけど

間違いではないと、そう思う


「それなら君に聞くよ?」

「君は先輩のことをしっかりと考えて」

「より良いものにしようとしてる」


「それは、優しい事なんじゃないの?」


確かにそう聞けば、それは優しくみえて


でも、多分間違えてはないけれど

彼の言うとおり、それが満点の答えだとは思わない



それに潜ろうと息を吸った時

店主の彼はそれを制止する

「泳ぎ方は覚えたかな?」

「でも、そんなに焦ることはないよ」

「だって君はもう、恐れはしないだろう?」

彼は商品の中からフープピアスを取り出す


駄目だ、こんな気持ちで彼にそれは渡せない

「…今度見に来ます」

私は、まだそれを言葉にできない


「君は純粋だね」

「自分すらうまく騙せない」


彼は眩しい物を見るように目を細める


「だからこれは、ちょっとしたズルだ」

「まだ痛みを許容できる関係でないというのなら」

「見た目だけの紛い物でもいいだろう?」


その言葉を聞いて、私は彼の手の中にあるそれが

ピアスでないことに気が付く


「イヤーカフですか?」

それはピアスに見える、紛い物

痛みのない飾り


「そうだね、穴は開けなくていい」

「付けるも外すも自由で、傷も残らない」


彼はイヤーカフを私に差し出す

近くで見るそれは、複雑に絡みあった美しい模様が

光を屈折させて鈍く輝いていて

私はそれに見とれてしまう


「取り敢えず、これを貸してあげるよ」


貸す?

なんでそんなことをしてくれるのだろう

「買いますよ、幾らですか?」


「買ってしまったら返品交換は効かないからね」

「だから、よく考えてみて」

「恋をするなんて間違ってるって問いの答えが出た時」

「返してくれればそれでいい」


私は彼に促されるまま、それを受け取る


「お代はどうすればいいんですか?」

当たり前の話だけど

これは返したところで売り物にはならない


彼はどうでも良さそうに笑って


「その時に、なにか欲しいと思ったら」

「お買い上げ頂こうかな?」


もう、話はおしまいとばかりに手をひらひらと振る


「…ありがとうございます」

それはただの保留だったけれど

彼はまた私が来ると、そう言った 


その答えを見つけられると


私は頭を下げて、その場を後にしようとする


「…最後にヒントだけ」

私は足を止める

「恋と林檎、それは同じだ」

それは先輩みたいな、それでいて私の心みたいな

なんだかよくわからないヒントだった


「これも合ってるかどうかわからないけどね」


その答えは、先輩だけが知っていて

それでも何も知らない彼女を考えるよりは

少しだけ分かる気がして


せめて間違いだとしても

そうだと思える答えが見つかるように


胸を張ってこれを返せるように


そしていつか

先輩にその答えを聞けるように


私は息を吸う









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