ペンギンなら
「…人の話聞いてる?」
先輩が心配そうに私を覗き込んでいた
何か話しかけていたみたいだったが
全く内容が頭に入ってなかった
私は先輩に頭を下げる
「ごめんなさい、聞いてなかったです」
「いや、頼んだ料理来てから手を付けてなかったから」
「お腹空いてなかった?って聞いただけ」
頼んだ料理…と言ってもサラダとスープだけど
それは、いつの間にか配膳されていて
そんなことすら気がついていなかった
私はスプーンを取ってスープを飲み始める
「それしか食わないの?」
「ダイエット中なんです」
「この前測ったら1キロ増えてたんで」
彼は私を眺めて
「ダイエットって必要なの?」
「お前、細いじゃん」
「でも私、友達の中では一番重いから」
「すぐデブいじりされるんで」
いつものメンツの中では私は一番重い
その差は僅かとはいえ
一番重い私はみんなの中ではデブキャラだ
先輩はそんな私にげんなりした顔を向けて
「つーか完全、乳の差だろ」
「お前胸でかいし」
私は咄嗟に大きく開いた胸元を手で隠す
「…セクハラですよ?」
彼は悪びれる様子もなく
「そんな服着るのが悪い」
「見られたくないなら、ちゃんと隠しとけ」
そんなことを言ったあと
私の目を見て聞く
「…なんでお前はそんな格好してんの?」
「ギャルっぽいってか、頭悪そうな格好」
「なんでって…」
「私に一番似合う格好がこれだったんです」
元の顔が薄くて、目が細いから
目元はどうしても化粧が濃くなってしまう
だからナチュラル系の化粧は結構、難しい
そして先輩の言うとおり
それなりに胸が大きいから
ロリータ系の格好は無理で
ワンピースなんかも似合わない
そしたら一番楽なのはコレだ
化粧も髪も服装も
ちょっと派手めなギャルっぽい格好
それが一番理にかなっている
「何で急にそんなこと聞くんですか?」
「いや、お前の生き方、面倒くさそうだなぁと思って」
面倒くさい?
私からすれば先輩のほうがよっぽどそうだと思う
「先輩に言われたくないです」
「誰かのためになんて方が面倒くさいですよ?」
彼は笑って
「違う、論点がズレてる」
「よく考えてみろよ、俺の目標はなんだ?」
「…彼女と付き合うこと?」
「正解」
「それが俺の頑張る理由だ」
「じゃあ、お前に聞く」
「お前が頑張る理由は何だ?」
だから何度も言っている
「自分の為ですって」
彼は食べ終えたフォークを置いて
私に告げる
「不正解だな」
「お前は、有りもしない普通なんて概念のために頑張ってるようにしか俺には見えない」
その言葉に殴られたような衝撃を覚える
「…意味が分からないです」
彼は言葉を続ける
「個性なんて幻想だと、そう言ったな」
「なら、お前は何になりたい?」
何になりたい?
私は何になりたいのだろう
押し黙る私に、彼は問い続ける
「質問を変えよう」
「お前のそれのゴールはどこにある?」
それなら答えられる
「…友達の皆と同じになれれば」
「みんなと同じことが出来ればそれがゴールです」
彼はくだらなさそうに
「みんなって誰だ?」
「友達って誰だ?」
「誰に認められれば、お前のそれは終わるんだよ?」
確かに先輩のそれは明白で
他の誰に認められなくても
彼女にさえ認めてもらえればそれで良くて
私のそれは
自分すらどうしたら終わるのか分からない
どうなりたいのか分からない
「先輩、教えてください」
彼はいつでも答えを知っていた
私の知りたいことを分かってた
だからこの答えだって知っているはずだ
「私は何になりたいんですか?」
「どうしたら終わりなんですか?」
彼は冷たく私を見る
「自分以外になりたいんだろ、お前は」
その言葉はひどく適切に聞こえて
私は納得してしまう
「有りもしない普通なんかに踊らされて、何者にもなりたくないんだろ?」
彼はそこまで言ってやさしく微笑む
「いらんお節介だったら言ってくれて構わない」
「履き違えてるなら笑ってくれ」
「この関係がお互いに自分の為だと言うのなら」
「お前のそれは間違ってる」
淀むことなくただ淡々と突きつけられる
事実という刃
「お前以外の誰になるなんて出来無い」
「何で飾り立てたって本質までは変わらない」
いつかの問
それをなぞるように彼は言う
「ペンギンは白鳥になれるか?」
もう、考えるまでもない
私は笑って彼に告げる
「なれないです」
彼は愉快そうに笑って私を見る
「飛ぶなとは言わない、夢を見るなとも言わない」
「でも、自分以外になりたいなんて思うな」
まるで世界の常識みたいな調子で彼は続ける
「ペンギンが飛べないなんて偏見だ」
「それに、もしそうだったとしても」
「飛べないペンギンが飛んだほうが格好いいだろうが」
馬鹿みたいな理屈だった
でもそんな理屈に私は納得してしまう
当たり前には飛べない
夢を見なければそうなれない
だからペンギン
「それじゃあ私もペンギン?」
「そうだよ、ペンギンだ」
みんなができる当たり前なんて夢を見る
飛べないペンギン
笑いをこらえきれず
吹き出してしまう
少しだけ気が楽になった
それでもしょうがないと思えてしまった
私はコールボタンを押す
注文を取りに来た店員さんににこやかな笑顔で告げる
「ステーキ一つ下さい」
だってペンギンなら
まるまる太ってないと、凍えて死んでしまうから




