認識
「えっと、金髪はダメ」
「襟足短く、パーマ掛けてもらって、すっきりめに」
「あとは美容師さんと相談」
「これでいいんだよな?」
彼は私の言ったセリフを復唱する
「そうですね」
「その出来損ないのミュージシャンみたいな髪型」
「バッサリいっちゃいましょう」
彼は不安そうに自分の髪を触る
彼の前髪は鼻までかかる長さで
襟足は首筋を覆い隠してしまっている
「大丈夫ですか、ちゃんと言えます?」
彼は困ったように笑って
「最初ジャギだのアシメだの呪文唱え始めた時はどうしようかと思ったけど、ソレなら大丈夫そうだ」
呪文って…
そんなに難しいこと言ったつもり無いんだけどな
「ちなみにジャギじゃなくてシャギーですよ」
それでも先輩からすれば難しいのだろう
どこか不安を拭えない顔のまま
なかなか美容室に入れない先輩に
私は笑って声を掛ける
「…馬鹿にされないですから」
「そんなの言えなくたって大丈夫ですから」
「カッコ良くなってきましょう」
「じゃあ、私は適当に時間つぶしてますから」
「終わったら連絡よろしくです」
そんな会話からもう一時間は過ぎていて
いよいよやることがなくなった私は
――先輩の原動力って何なんだろう?
そんなことを考えてみる
先輩は面倒くさいなんて言いながら
それでも服を選ぶ時も、髪型を考える時も
真剣な目をしてそれを選んで、考えて
分からなければどんな些細な事でも私に聞いた
私がそんな面倒な事をするのは自分の為で
誰かによく思われたいなんていうのは
自分が生きやすく居るための手段でしかなくて
恋なんて理由で自分を変えたいなんて思ったことが無い
変わらなければ手に入らないなら
それを欲しいなんて思わないのだ
だから私には片思いをするなんて
そんな感情がわからない
見返りすら無いかもしれないそれの為に
自分を変えるなんて理解できない
私にとっての恋、それは
軽いなんて理由で告白した奴と同じで
自分にとってのリスクとリターンを考えた
打算的なものでしか無くて
誰に言われても、それが透けて見えるようで
そんな面倒な事をしたいなんて思わない
だから私は知りたい
恋なんかが自分を変えるなんて
恋は人を変えるなんてふざけた言葉が
本当なのかを知ってみたい
だから、先輩を変えるのはそんな好奇心に過ぎなくて
この関係は何処までも私都合でしかない
スマホが震える
取り出したその画面には先輩と表示されていて
「もしもし終わりましたか?」
「…終わったよ」
「それじゃ美容室の前で待ち合わせましょう」
それでも私は期待してしまう
もしかしたらそんな恋が
打算も都合もどうでもいいなんて
そんな身を焦がす感情があるんじゃないかと
恋をするなんて言葉でしか言い表せない
そんな想いがあるんじゃないかと期待してしまう
だから私は先輩のそれが
彼女だからなんて陳腐な言葉が
本物であると信じたい
そしてそれが本物であるなら
それが伝わると、思いたいのだ
想っただけの見返りがあると
確かに通じるのだと
そんなものを夢見ているのだ
だから私が作った翼が
空を飛びたいと夢見た彼の思いが
飛び立つ瞬間を
その結末を
ちゃんと最後まで見届けたい
――「先輩どこ行ったんだろ」
モールの美容室の前で待ち合わせたはずの先輩の姿を探す
そこには見慣れた制服は無くて
私はキョロキョロと周りを見渡しながら彼を探す
「…ナチュラルにスルーしてんじゃねぇよ」
そんな声を掛けられて思わず振り向いた私は
驚きで言葉が出なくなってしまう
「…あっ」
その人が着ている服は確かに私がチョイスしたそれで
確かに、その声はいつもの気だるげな響きで
それなのにそこに居るのは
見知った先輩ではなくて
「せんぱい…ですよね?」
耳元と襟足は短く切られ
暗いアッシュグレーに染められた髪
前下り気味に掛けられた緩いパーマ
「誰だと思ったんだよ?」
そう言って薄く笑うその人は
カッコいいとか可愛いとかそんな言葉にできない
存在感を持っていて
先輩の持つアンニュイな雰囲気すらも
魅力に感じてしまうようなそれで
私が先輩という個人を初めて認識した瞬間だった
私は必死に言葉を紡ぐ
「…先輩の事、無個性なんて言いましたけど」
「訂正します」
「無個性通り越してエイジェンダーでした」
「なにその呪文、悪口かなんか?」
もはやどう言ったら良いか分からない
それでも悪口ではないのは確かだ
「いえ、そうでは無いですけど」
「無性別って意味です」
色白で、線が細くて、そんな事よりも何よりも
薄く見えるその瞳がそう感じさせる
確かな個性を持っているのに
それがなんなのかは言葉にできない
彼はそんな私の言葉に戸惑った顔をして聞く
「似合わんかった?」
「テンプレからは大外れだけど」
「…でもそれ以上に魅力的だと思います」
「なら良かった」
「やり直しって言われたらどうしようかと思った」
彼のその笑顔がうまく見れない
見てしまったら
恋が人を変えるなんて言葉を信じてしまいそうになる
そんなものが有るのだと思ってしまいそうになる
彼の恋が本物だと認めてしまう
「取り敢えず腹減ったから飯食わない?」
ずっと呆けた顔をしている私にそんな言葉をかけて
返事を待っている先輩に
「…良いですよ」
そんな返事をするのが精一杯で
…60点位なんて、とんだ誤算で
彼に付ける点数を私は持ち合わせていない
測量でも採点でも
どうしたらそれを付けられるのか分からない
だから世界には私が思ってるよりも
知らない事も、分からない事も有るのだと
それだけは正しく理解できた




