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飛べないペンギン

茹だるような暑さが過ぎた、秋晴れの空

私はフェンスを乗り越えて屋上の縁に立って

――ここから飛んでしまおうなんて

そう思って、ここに立った筈なのに

私は震えて足を踏み出せず

自分を終えてしまうことすら、出来ずにいて


僅かに聞こえる校庭の喧騒を聞きながら

どれだけの時間、そこに立ち尽くしていたのだろう

不意に声が聞こえて

「ペンギンは空を飛ぶ夢を見るのか」


その声に咄嗟に振り向けば

イヤホンを片耳に刺し、エナメルバックを肩にかけ

気だるげな様子の男子生徒がフェンス越しに私を見ていて

彼はイヤホンを外し

「お前はどう思う?」


そんな問を私に向ける


――ベンギンは空を飛べない

そんなことは誰もが知る当たり前の常識で

「ベンギンは飛べないです」

答える必要なんて無いのに口にしてしまい


聞いた彼はつまらなさそうに

「飛べるかどうかは聞いてない」

「そんな夢を見るか?って話だよ」


ベンギンは空を飛ぶ夢を見るかなんて

そんなの分かるわけがない

だって私は、ベンギンじゃないから


「分からないです」


彼は困り果てたように溜息を吐き出して

「…じゃあ、考えてみよう」


「ジャイアントパンダは空を飛ぶ夢を見るか?」

彼の質問はただ動物が変わっただけで

でも、それだけの違いですぐに答えられて


「…たぶん見ないと思います」


「白鳥なら?」


「それも、見ないです」


彼は面白がるように笑い

「何でそんなふうに思った?」


「…パンダは鳥じゃなくて、白鳥は飛べるから」



「じゃあ、ペンギンはどうだろう」

私は、考え込んで黙ってしまい


()()()()飛べないペンギンは飛ぶことを夢見ているか?」

どうやらそんな質問だったらしい


大空を飛べたら楽しいだろうか?

落ちてしまうとは思わないだろうか?

いくら考えても、答えは出せず

黙り込んだ私を見て


「ペンギンって鳥のくせに飛べないとか可哀相だよな?」

そんなふうに笑って


私は憤りを覚えてしまう

ペンギンだって、飛べないなりに頑張って生きてる



「飛べないなりに頑張って生きてるんです」

「貴方に何がわかるんですか?」

彼は怒る私を見て

ふと真剣な表情になり、言い放つ

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そんなんじゃ、お前ペンギン以下だぜ?」

「だから、夢見てるか聞いたんだよ」


ーーなんで夢?

彼の言葉の意味が分からないまま

また私は押し黙ってしまって


「最後の質問」

「飛べないお前は、夢を見て飛ぼうとしてるんだよな?」


彼はどうでも良さそうに笑って

「飛べない人間が、夢すら見ずにそこから飛ぶのは」

「自殺っていうんだぜ?」



その言葉を聞いた瞬間

私はこの高さを

足元の危うさを正しく理解してしまって


非現実な高揚感は霧散して

飛べない私が、ここから足を踏み出すのは

――ただ落ちるだけだと認識してしまう


怖い

コワイ

こわい


足がすくんで立っていることすら出来なくなって

私はフェンスを必死に掴んで


「…こわいよ」

情けなく私は助けを求める


「じゃあ、戻って来れば?」

「俺にできるのは、ここまで」

「高い所とか、超苦手だし」


私は震える足で、必死にフェンスを登り

ならせめて屋上まで飛んでみようと

身体を宙に投げ出し


――当たり前のように飛べはしない

だって私には、羽すらついてないのだから


スカートをはためかせながら

彼を巻き込んで崩れ落ち

二人して地面に突っ伏しながら、彼は苦々しげに


「馬鹿じゃねぇの、お前」


飛べもしないくせとそんなふうに怒られる

私がそれを謝ろうと思った刹那


「スカートの中が見えてた」


それは、飛べないことと同じくらい当たり前のことで

急に恥ずかしくなってしまって

「……見ました?」


「まぁ、チラッと見えた」

恥ずかしそうに目を背けながら

「そんな事少し考えれば分かるだろ?」

「何なら落っこちた後なんて大公開だし」



…確かに言われてみれば

いくら死んだ後とはいえ見ず知らずの人に

そんな物を見られたくは無くて


「じゃあ、飛び降りる時は見せパン履きます」

彼は、こっちを見る事なく

「いやズボンにしとけよ?」


そんな憎まれ口を言いながら

それでも、彼は「飛ぶな」なんて言わなかった

適当な事情と理由を並べ立てて

静止することはしなかった


だから、これは

飛ぶことを夢見るペンギンの

飛ぶことを許されないペンギンたちの

引力なんていうふざけた常識へ向けた

飛べないなんて馬鹿みたいな偏見へ向けた


――宣戦布告の始まりだった。

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