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居眠り運転手  作者: 奈宮伊呂波
3/3

繰り返し夢見たその先

 ―――人の声が聞こえる。うっすらと聞こえる。俺に話しかけているんだろうか。いや、違う。人の声だけじゃない。車のエンジン音も聞こえる。何ならアニメに出てくるような女の人の声も聞こえる。

 目を開くと、そこはタクシーの中だった。

「どうなってんだ」

 タクシーは俺の使っているタクシーだ。周りは雑居ビルやショッピングモールで埋め尽くされ、その合間を多くの人が縫う。まるで何事もないかのように誰もが歩いている。

 直前の記憶が蘇る。女の笑顔。地面に横たわる俺の右足。全身から噴き出る汗に熱を持った体。思い出しただけでこみ上げる吐き気に俺は右手で口を押えた。右手? あれ、ちょっと待てよ俺の体……。

慌てて自分の手と足を確認する。よかった。ちゃんとある。いや、手と足ぐらいあって当たり前だ。そうだな、あれはきっと夢か何かだったのだろう。

 時間は午後三時らしい。休憩に入るなら今が良いんだっけか。そういや腹も減ってるしちょうどいい。

 車を降りるため、歩道の人通りを確認した時だった。タクシーの後部座席に女が乗っていることに気づいた。途端に、安心感が恐怖に一転する。気のせいだと思いたくて俺は前を向いて、改めて後ろを向いてみた。

「中、よろしいですか?」

「いいですすよ」

 断れない。俺は断ろうとしたはずなのに、口が勝手に動いた。

 いつの間にか、空腹は収まっていた。

 自然にタクシーの中に戻り、俺は車を発進させた。

「行先はどちらまで?」

「とりあえず、進んでください」

 注文通り、俺は進んだ。主要道路を進み、高速道路を進み、やがて住宅街に出た。

 しかしこの客一向に自分の目的地を言わない。俺の知るところなら最短ルートで向かうのだが、さてどうしたものか。

 探りの入れ方を悩んでいると、公園が傍にある道路に出た。公園全体を見てみたが子供はいない。子供だけでなく、大人もいない。普通に通り過ぎていいだろう。

 そう思って前に向き直した時だった。

「前」

 後ろの座席から女の透明な声がした。

 それと同時に、何かがタクシーにぶつかった。聞いたことのない鈍い音が耳に入る。何だろう? と思って車を停止させた。後ろに後続車がいないことを確認して、少しだけ後ろに下がった。ある程度下がって、前を見ると子供が倒れていた。

 は? そんなばかな。だって、誰もいなかったじゃないか。おい、お前はどこから来たんだ。

 こうなってしまったは仕方がない。警察と救急車に連絡だ。俺のドライバー人生は終わるかもしれないが、ひき逃げするよりは罪は軽くなるだろう。そう思ってスマホを手に取ろうした。

 でもなぜか掴めなかった。理由は単純。俺の左手がすっかりなくなっていたからだ。

「だから言ったのに」

 ゴリゴリと女が俺の腕を無理やりに引きちぎっていた。

「―――ッ!! ああああ!!!」

 ゴリゴリゴリゴリと関節を一つずつ外し、女がバリバリとそれを食っていく。

 傷口から激しい痛みが生まれるのを感じる。血液が流れ出ていき、体が冷えていく。それでも痛覚ははっきりと残っている。最悪だ。左腕が肩までなくなると、女は座席の下に移動していた。次は足だった。

 右足首を噛んで千切られた。まるでパンでも齧るようにいとも簡単に足は千切れた。

「……ぐ、がふ」

 肺から空気が押し出された。いや違う。目の前のハンドルが真っ赤だから血を吐いたのだ折る。何で手足がもがれて血を吐くんだよ。

 だんだん、痛みも感じなくなってくる。視界も薄くなっていく。脳が停止していく。

 最後に見たのは歪み切った女の口元だった。


 ―――目が覚めた。

 俺は飛び上がり自分の腕を確かめる。どうやら健在のようだ。足もあった。どうやらゆめっだったようだ。

 ……そんなわけない。

 シャツは汗でいっぱいで、水浴びでもした人みたいだった。何となく全身が痛い気がする。でも怪我はない。汗を掻いたせいで、喉が渇いている。これは当たり前の事だった。

 時間は三時だった。ちょうど休憩時間なので俺は飯を食べることにした。その時にお冷でも貰おう。

 そうして、道の安全を確かめた時だった。

 いる。

 後部座席に女がいる。当然のようにいた。必然だと言わんばかりにいた。

 思考は鮮明だった。むしろいつもよりも冷静だとさえ思った。

 代わりに体は固まっていた。原因はわからない。喉元まで出かかっているがもう一押しが出来ない。

「今、空いてますか?」

 女の美しい唇が言葉を紡いだ。

「空いてますよ」

 自動的に口が反応した。

 いやお前もう乗ってるじゃん。という疑問は唇が話させてくれなかった。

「まっすぐ」

 言われた通り、タクシーを進めた。

 どんどん進めた。

 信号が見えたので、左右の安全を確かめて、俺は進めた。

 すると、耳元で女が囁いた。

「前」

 同時に頭が、体が、異常なほど揺さぶられた。腹の辺りに重い衝撃が走った。鼓膜が吹き飛んだのか音が何も聞こえない。目の前の光景が回転する。体をハンドルや窓にぶつけ続け、やがて電柱か何かにぶつかり回転は止まった。

「―――い、いああい、何あ……」

 無事を確かめるために言葉を出したつもりが、逆効果だ。まったく無事ではなかった。

 視界が赤い。フロントガラスが粉々でむしろ開けて気持ちがいい。

女がボンネットに寝転がっている。口裂け女よろしく、口が開いた。開いて開いて開いて。真夜中が俺を包んだ。


 ―――目が覚めた。

 不思議と気分がいい。何か自分にとって大きなことが起きた気がするが覚えていない。なんだか余計なものがなくなったようで体が軽い。

 タクシーの時計は三時を示していた。

 腹はすいていないが外の出ようと思った。

 後ろに女がいた。

「まっすぐ」

「わかった」

 タクシーを出した。エンジンをかけると、車体が揺らいだ。

 市街地を進み、やがて女は言った。

「前」

 ちょうど俺は通りがかった綺麗な女の人見ていたので反応が遅れた。

 そして、


 ―――目が覚めた。

 晴々としている。天気よりも俺の気持ちの方が晴れていた。

 そして、女がいた。後部座席に女がいた。

「まっすぐ」

 進んだ。

「前」

 激痛と共に暗転した。


 ―――目が覚めた。

 なんだかテンションが高い。高揚している。

 そして、女がいた。

 「まっすぐ」

 俺は進んだ。

「前」

 痛みと暗闇が俺を支配する。


 ―――そして目が覚めた。

 タクシーの中だ。ここにいると、気分が落ち着いてくる。仕事場にいるのに気分がよくなるわけないだろ。と同僚に笑われた。でも俺は気にしなかった。

 時間は今三時だった。ああ、いや正確には十五時だ。午後三時ともいう。個人的には時間をいう時は午後三時を推したい。子供のころは大体この時間のことを「おやつの三時」と言っていた。俺は子供時代が一番楽しかった。だから午後三時と言いたい。

 少なくとも俺は言う。

 なーんてくっだらないことを考えるぐらいには俺の気分はいい。いやむしろこれ鬱の前兆なんじゃねえの? 詳しくは知らんけど。そもそも前兆があるのかどうかさえ曖昧だ。

 街中は慌ただしく動く人でいっぱいだ。夏の暑い日も冬の寒い日もスーツで働くサラリーの人たち本当にご愁傷さまです。俺はできるだけこのエアコンまたは暖房のついたこいつで生きていきます。

 そして、女がいた。

「どちらまで?」

「まっすぐ」

「あいよ」

 言われた通りまっすぐ進んだ。どこまでもまっすぐ進んだ。

 都会を抜け、田舎の田んぼを抜け、高速道路に乗り、トンネルに入った。いつの間にか太陽は落ちていて、代わりに着きが顔を出している。料金表を見ればとんでもない額になっていた。

 いやいや、そこは現実通りかよ。

「前」

 しっかりと前を見ていると、女が俺に言った。

 百メートルほど前に、のろのろと走っているトラックがいた。トンネルはまだ続いている。法定速度を明らか下回っている速度だ。俺がちょっとよそ見をしていたらぶつかって大事故になっていただろう。

 二車線あるので、俺は右側に逸れた。

「お疲れ様」

 何事もなく通り過ぎたところで後ろから声が聞こえた。

 気にせず進んでいると、巨大な標識が見えた。尋常じゃない大きさだ。横幅十メートルはある。立幅は五メートルぐらいだろうか。そこにコミカルな文字で「最終パーキングエリア」と書かれていた。

 深く息を吐くと、

 ゴン!!!!! 

 轟音が鳴った。全身にハンマーで殴られたような痛みが回った。

 痛みにもがいていると、やがて夜は晴れ、視界が真っ白な光で埋め尽くされた。


 目が覚めると、俺は自宅にいた。

 母親もいる。

「あんた、起きたの」

「ん、ああ」

「起きたならさっさと仕事行く。遅れるだろ」

「へいへい」

 自転車で車庫に向かうと、俺のタクシーはそこにあった。しっかりと俺を待っていた。

 事務所に一度顔を出すと、ベテランの柏田さんがいた。

「おはようございます」

「おおっす」

 柏田さんはご機嫌のようだった。どうせなのでとある噂について聞いてみた。

「―――と言う噂。柏田さんはご存知ですか?」

「もちろん。それ俺が広めたやつだし」

「やっぱり知ってるん―――ってええ!?」

「だいぶ内容は変わってるけどな。火のないところに煙は立たねえってな」

「何でそんなことを?」

 広めた理由が知りたい。

「んー。まあタクシードライバーの安全のために」

「安全。ちなみに柏田さんはどういった体験をしたんですか?」

「何回も事故る夢だった。そのたびに綺麗な女が俺をなんてえか、食べていくんだよ。それでやり直し。成功するまでやり直し。みたいな感じだったと思う」

「思うって、曖昧な……」

「ちゃんとは覚えてないんだよ」

「そうなんですか」

「そうなんだ」

 俺は柏田さんと別れた。

 タクシーのエンジンをかけ、車庫を出る。

 俺が体験したことは何だったんだろうか。そもそも何か体験したのだろうか? すべては夢だったような気がする。てかそうだろ。

 そうだとしても、俺は許さない。

 あのトラックを運転していた。居眠り運転手の事をだ。


 これでおしまいです。ありがとうございました。楽しんでいただけたなら評価、ブクマ、感想、レビューお願いします。

 やる気が出ます。

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