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居眠り運転手  作者: 奈宮伊呂波
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豚カツは想起と共に

 あまりの客足の遠さに俺は辟易とした。それっぽいから「客足」なんて言葉を使ったけれどタクシーの運転手が使う言葉として正しいのだろうか。それなりに街中だと言うのにタクシーを使いたい人はいないらしい。

 労働形態として隔日勤務を選択した俺は朝七時に出庫し次の日の朝三時に帰庫する。経験上、労働時間の半分に、俺の場合休憩時間を引いて計算すれば八時間だから、あー。昼の三時だな。その時間までに十五回お客さんを乗せればその日は上出来になる。

 あくまで俺の経験だが。運転士歴の浅い俺の経験なんてどこまで当てになるかだが、的外れでもないと思う。

 ところで現在時刻午後三時。本来なら休憩に入る時間だが前述した通り、今日はあまり稼げそうにない。休憩するか悩ましいところだが、実は夕方よりも夜の方が稼ぎ時だったりする。おっさんとか多い。

 なら今から休憩する方が俺の懐は暖かくなるだろう。

「後半は繁盛するからな」

 自分に言い聞かせるように俺は呟いた。言い聞かせてる自覚はあるんだな俺。

 表示板を空車にして、エンジンを完全に切る。元々道路の端っこにいたから移動する必要もない。シートを限界まで後ろに倒してその上に背中を預ける。飯はまあ、後でいいや。それよりも今は眠気がたまらない。

 スマホのアラームを一時間に設定して、そのまま隣の座席に放り投げた。二度軽く跳ねたのを確認して、俺はそのまま眠りについた。


 家にいる時、俺を起こしてくれるのは母親だが車の中で起こしてくれるのは味気ないアラーム音だった。だから嫌ってわけではないけど。車内で鳴り響くアラームを消して、寝ぼけ眼を擦る。

 俺は寝起きのこの瞬間が好きだ。彼女に、ガールフレンドって意味の彼女にそのことを話すと「アホっぽい」とありがたいお言葉をいただくことができた。仮眠とは言え多少はすっきりする。目覚めた後の倦怠感は他のどんなことをしても得ることは出来ないだろう。唯一性がある。つまり特別なことだ。

 長い時間働くわけだから、休憩時間も長い。三時間も休むわけだけどやることが無くて困る。短くてもいいけど上司の方々がお偉いさんに怒られるらしい。まあゆっくりできるのもありがたいっちゃありがたいけど。


 何するかなと考えていると、腹が自己主張してきた。というわけでお腹が減ったので飯にしよう。車に鍵をかけて俺は手近にあった定食屋に入店した。バイトらしき少女のやる気ない「いらっしゃいませー」が俺を迎えた。うん、もうちょっとやる気だそうね

 案内されたカウンター席に座って、出されたお冷を飲みながら注文する商品を選ぶ。肘を立てながらメニュー表をめくっていると、自然と背中が丸くなる。猫背になってしまうと腰を痛めてしまうからできればカウンター席にも背もたれが欲しいと思う。仕事中も基本座ってることが多いから休憩中も楽な姿勢で過ごしたほうが良いと思う。

 何となく目についた豚カツ定食を頼んでから、十分ほど経つとやる気のないバイト少女がお盆を運んできた。「注文は以上でいいですか?」「はい」「ごゆっくりどうぞ」と定型のやり取りを終えると少女は戻っていった。

 両手を合わせて「いただきます」と言うとバイト少女がくすっと笑った。なんでだよ。食事の挨拶ぐらい日本人なら当たり前の行為だろ。日本どころか全世界共通の文化じゃないのか? 外国は行ったことないもんだから知らんけど。いやまあ。割とでかい声だったし他の客も俺の事を一瞬見てきたけどさ。

 喉が渇いていたから水を流し込んだ。次にカツと白飯を口に運ぶ。その合間に味噌汁を挟むことで食事に飽きないように配慮する。最後は余ったカツとキャベツを合わせて食べた。満タンになった腹を叩き満足感を確認する。特に有名でもない店だったけど、普通に美味しかった。食べ終わったからこの店にもう用はないけど、せっかくなのでもう少し居つくことにした。水をちびちび飲みながら昨晩の家での会話を思い出す。何となく、本当に何となくだ。

「―――ねえ洋史ひろふみ。あんた最近どうなのよ」

 晩飯を食べ終わった後、テレビのニュース番組を見ていると急に母さんが俺に話しかけた。

洋史、と言うのは俺の名前だ。生まれてから今までずっと一緒に暮らしてきたからわかる。「最近どう」なんて酷く抽象的な言い方だけど今回は「仕事はうまくいってのか」と言っているのだ。今時タクシーの運転手なんて仕事に就く若者はそうそういないだろう。きっと心配してくれてるんだと思う。

「大丈夫。うまくいってるよ」

 住まわせてもらってる身だし偉そうなことは言えないけれど人並みには稼げている、と思う。不安がないと言えばうそになるけど、同じタクシー運転手の人たちもおすすめスポットとか教えてくれたりしてくれいている。家から追い出されて野垂死に、なんてことはないだろう。

「そっか。それならいいよ」

 それだけかい。よくわからなかったけど、母さんはそれで満足したみたいだ。

 テレビの方に向き直すと、相変わらず事故や不祥事のことを報道していた。もう少しハッピーなニュースを見てみたいものだ。例えば、「本日の日本はハッピーなことがいっぱい起きるでしょう」とかふざけたお知らせがあってもいいと思う。やったーとか言って喜ぶお姉さんとかいたら、きっとその日は日本中笑顔になっていると思う。

 なんて妄想はさておいて、現実のテレビには辛気臭い顔をしたお姉さんが「――で交通事故がありました」と口を動かしている。

「危ないねえ。あんたも気を付けなよ」

 それを見ていた母さんの表情が曇る。それもそのはずだ。だってその交通事故はどうやらタクシーの運転手が起こしたらしいのだから。

「わかってるって。心配すんな」

「知ってる?」

「何を?」

「タクシーに関する噂。まだニュースにはなってないけどどうしてか有名な奴」

 その噂を、俺は知っていた。誰から聞いたのか忘れた。何でも、深夜になって運賃が割り増しに代わる時に、交差点に差し掛かるとよくないことが起きる。なんていう意味不明な噂だ。よくないことみたいなふわっとした文言では、痛いの痛いの飛んでいけよりも信憑性がない。

「そんなのただの噂だっつーの。それでさっき聞いてきたのか?」

「悪い?」

「そんなことないけどさ。母さんってそんなの信じるっけ?」

「いやあんまり。でもね、いまやってた事故。交差点で起きたらしいよ」

「たまたまでしょ。大体噂じゃあ交差点を通った後だろ?」

「そうだと良いんだけどねえ」

 そんな会話をして母さんは布団に入った。俺もその後はすぐ寝ちゃったけど。なんで今そんなことを思い出したんだろう。

 まあいいや。車に戻るか。


 こんにちは。奈宮伊呂波です。初めての方は初めまして。

 久しぶりにホラー系を書いてみました。ホラーと銘打っていますがそこまでホラーではないです。私は怖い物苦手なので。全部で三話になります。お楽しみください。

 次話は明日の同じ時間に投稿します。

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