王立アルカス剣魔術士学園
時間はちょうど昼過ぎくらい。さっきの食べ歩きが昼飯代わりといったところか。
「ねぇ、今からどこに行くの?」
そういえばまだ話してなかったな。というかそもそもなぜ俺が旅しているのか、今後どうするかも話してない。今日の夜あたりに話すとするか。
「学校さ。俺たちは今からその学校に編入の手続きをしにいく」
「学校? 確かあれよね、同じ年くらいの子どもたちが同じ価値観を植え付けられる場所よね」
「う、う~ん、間違っているような、いないような。とにかく教育を受けるところだ」
「なんでわざわざそんなところに? あんたは何か目的があって旅をしてるんでしょ?」
「その目的のためだよ。この地区では学生という身分ってだけで優遇される。各種割引とかな。警備も整ってるし、今から行く学校には教師として名高い剣魔術士がそろってる。何が言いたいかっていうと、隠れ蓑として最適なんだ。寮もあるし奨学金制度を使えば生活にも困らない。しばらく拠点にするには絶好の場所なんだ」
「ふーん。あれ、さっきあんた俺たちって言ってたけど、もしかしてあたしも編入するの?」
「当然だ。この編入は世間知らずなお前のためでもある。しっかり勉強しような」
「世間知らずとは失礼ね。戦闘系の知識なら物心ついたときから叩きこまれてきたんだから!」
そんなドヤ顔で薄い胸を張られても。いや薄いは関係ないか。
「知識が偏りすぎだろう」
「戦い方さえ知っていればいいんじゃないの?」
そんなわけないだろと笑おうとしたところで、俺は上がりかけていた口角を下げた。だって、アメリアは本当にそう思っているような、純粋無垢な瞳で首をかしげていたから。
「……いいか。自分がムダだと判断した知識でも、思わぬところで役立ったりするもんだ」
「ほんとにぃ?」
「ああ。例えば、俺には鍛冶の知識がある。その知識のおかげで剣、刀を造ることができるわけだが、戦闘ではその知識のおかげで、剣を打ち合わせると相手の剣のどの部分が脆いか大体わかる。そこに執拗に打ち込んでいけば剣をへし折ることもできる。知識は、力だ。どんなものでも」
しまった、柄にもなく熱くなってしまった。なぜ熱弁なんかしてしまったのか考えて、すぐに思い至った。俺も二年半前にこれと同じことをあの人に言われたからだ。当時勉強嫌いだった俺にさとすように、さっき俺がアメリアに言ったことを聞かされたんだ。
「なるほどね。つまり、戦闘で勝利するためにもっと貪欲になれと、そういうことね!」
納得したようで、しきりにウンウンと頷いている。
戦闘に結びつけることで納得してもらったが、それとは別の意味合いがある。それは、戦うこと以外にも興味をもってもらうこと。
なんでかな、ここまでおせっかいになってしまうのは。
そうだ、きっと、こいつが昔の俺に似てるからだ。
強くなること、相手を倒すこと。それしか考えられなくなっていた時期が、俺にもあったから。
「まあそういうことだ。ということでさっさと手続きをすませにいくぞ。もうすぐだ」
「あ、そうだ、あたし剣人だけど編入できるの?」
「お前はいつの時代から来たんだ。現代では剣人だろうが人剣だろうがただの人だろうが関係ないって」
「そう、なんだ。確かにあたしは世間知らずかもしれないわね」
「心配はいらないぞ。一応パートナーとして、学校の授業時間以外にも俺が色々と教えてやるから」
「うへぇ。お手柔らかにね」
「無論だ。一〇歳の子どもでも理解できるところからはじめるから」
「それはバカにしすぎじゃない!?」
いや、パンも知らないなんて正直一〇歳以下だと思うんだが。
学校とはどういう場所なのか説明していたら、もう着いてしまった。
この地区の中心地にある、一際大きく豪奢な建物。
王立アルカス剣魔術士学園。
国から多大な援助を受け、学園地区そのものの名を冠することを許された学校。
八歳から一八歳までの優秀な子どもたちが、恐ろしい倍率の試験を乗り越えて入学することができる。
学費はタダ同然。下級貴族の部屋と同じくらい整った寮部屋。
「そこの君たち、この学園に何の用だ?」
校門で学校を眺めていたら守衛と思われる人物に話かけられた。これは好都合だ。
「この学園への編入手続きをしにきた。この紙を学園長に渡してくれ」
守衛は俺が渡した紙を見たとたん顔色を変えた。それもそのはず。そこには王家の印が押されているのだから。
「今ここでこの紙が偽物、または魔法物でないかどうかを確認する」
腰の剣を抜き、紙にかざす。ほどなくして魔法陣が現れ、紙を何度か行き来しはじめた。この守衛、解析者だったのか。
「解析完了。この紙は本物であると判断。学園長へ取り次ぎをする。待合室まで案内しよう」
こうして俺たちは無事学園内へ入ることができた。待合室にはフカフカのソファがあり、床も足が軽く沈むくらいの上質な絨毯で覆われていてやたらと豪華だった。
待ち時間の間に飲んだ紅茶は今まで飲んできた中でダントツに美味しかった。アメリアが感涙していたのは言うまでもない。こんな美味しい紅茶がはじめてだなんて、この先他の紅茶が飲めなくなってしまうのではないかと心配だ。
二〇分ほど待ったのち、学園長室へ通される。
この学園はアルカス地区の土地の中で最も高い場所にあり、校舎から突き出すように生えている時計塔はこの地区すべてを見下ろしている。そんな時計塔の中にあるだけあって窓からの景色は目を見張るものがある。部屋の中には数々の賞状、トロフィー、見るからに高級そうなガラス細工がところせましと並べられていて、この学園にいかに実績があるかを主張している。
「今日はようこそお越しくださいました。私はこの学園を任されているサラ・エクレスティールです。私たちはあなたをこの由緒ある王立アルカス剣魔術士学園へ歓迎します」
穏やかな表情で微笑みかけてきたのは妙齢の美女。
あの人と同じく極端に青みがかった髪に、深紅の瞳。そして、エクレスティールという名字。
間違いない。この学園長は王家の人間だ。
「突然の訪問にも関わらずこうして丁寧にご対応いただきありがとうございます。本日は貴校への編入をお許しいただきたく参りました」
慣れない敬語を使いながら頭を下げる。
「顔を上げてください。この紙を持つ方にそんな事をされては困ります。編入の手続きですが、先ほどお待ちいただいている間にすべて終わらせました。明日から入寮し、授業を受けることができます」
仕事が早いな。さすがあの人の紹介状だ。
一年前くらいだったかな。あの人にこの紹介状を渡されたのは。いつか学校へ行きたくなった時のためにとっておくといい、と言われ半ば強引に渡された紹介状。当時は学校にいくつもりが無かった俺は必要性を感じなかったが、まさかこんなところで役に立つとは。
紹介状には俺と俺の魔法剣を編入させるようにと書いてある。文末には王家の印。この印のおかげでこんなにも簡単に、スムーズに編入することができたのだ。
「ありがとうございます。早速明日からこの学園で学ばせていただきます」
「ま、ます!」
ますって何だよアメリアのやつ。無理に話そうとするからそんな変なこと言っちゃうんじゃないか。
「承りました。この学園についての説明は後ほど別室にて担当の者にさせます。それと、一つお聞きしたいことがあるのですが、差し支えなければどなたの紹介か教えていただけませんか?」
ついに来たな、この質問が。紹介状には印だけで署名がない。
同じ王家でも階級が存在する。学園長はそれを知っておきたいのだろう。だが俺は答えない。いや、答えられないと言った方がいいかな。
「申し訳ありません。それはお答えすることができません」
こう言っておけばとんでもなく高い階級か、またはとんでもなく低い階級だと思ってくれる。それでいい。なぜならこの紹介状をくれたあの人はもう王家の人間ではないのだから。
紹介状に押してある印は王家を去る前に押されたもの。印はもう回収されてしまったのだそうだ。そういう事情があるから、ここであの人の名前を出したら無効になってしまう可能性がある。