白い炎
さらなる追っ手に警戒しつつ、元々俺が使おうと思っていたルートに沿って森の中を進む。
目的地は当初の通り、数ある地区の中で最も学校数が多いアルカス地区。ここに数ヶ月間腰をすえてあの人の情報を集めるつもりだ。
学校が多いだけあって一通りの施設は揃っている。その上学生が利用しやすいよう利用料も安くなっているそうだ。これで工房を借りやすくなる。
すぐに戦闘に突入できるようアメリアには魔法剣の状態になってもらっている。アメリアはボロボロの服を着ていたため、鞘もだいぶ痛んでいて心もとない。何着か服を買ってやらないと。
あと一時間も歩けば市街地に着くはずだ。それまでヒマだしアメリアに話をふってみよう。
「なあ、アメリアの名字ってブランフラム、訳すと白い炎だよな。珍しい名字だ」
『実はこの名字、後からつけられたものなの。どうやらあたしには銘が彫られてないらしくてね。本来の名前がわからないから、代わりにこの名前がつけられたってわけ』
無銘、か。名前があとから与えられるケースは珍しくはない。由来が気になるところだ。
「なんで白い炎なんだ? 良い名字だなとは思うけど」
『解析者曰く、あたしには五つの魔法が備わっている。けどまだ四つしか発現してないのよ。その残り一つについて解析者がやっと引き出せた情報が「白き炎」だった』
その解析者、ポンコツだな。魔法剣の解析・ランク計測専門の剣魔術士のくせにそんな単語しか引き出せないなんて。
「なるほど。その残り一つの魔法ってどんな魔法なんだろうな」
『さあね。何をやっても発現しなかったし、そんな魔法備わってないのかも』
「魔法の発現はある程度努力でなんとかなるが、ある日唐突に使えるようになるときもあるからな」
魔法剣としての性能が低かったとしても、人の状態で他の魔法剣を扱うのが上手ければ剣魔術士として生きていくこともできる。剣か人、どちらに才能があるかによるな。
『あんたと一緒に戦っていけば、そのうち発現するかもね』
「その可能性は十分あり得るな。これから戦闘も増えてくるだろうし」
あの人が消息不明になってからは魔法剣ではない普通の剣を使ってきたから、できるだけ戦闘を避けてきた。だがこれからは違う。情報を得るために戦闘を行うという選択をすることができるようになったのだ。
『そうだ、他のあたしの魔法も試してみる?』
「遠慮しておく。契約してお前の力をフルに使えるようになった今、気軽に魔法を使おうものなら山一つくらい吹き飛びそうだからな」
『そう、残念』
何が残念なものか。ただでさえ金がないのにヘタに魔法使って賠償しろだのなんだの言われたらたまったものではない。
こうやって移動中に雑談していった中でわかったことがある。それは、アメリアは自分が武器であること、戦うための道具であることにこだわっているということ。そういう風に考えるのは珍しいことではないが、なんだか強迫観念めいたものを感じる。まだ会ったばかりだから俺の気のせいという可能性も否定できないけど。
アメリアの育ってきた環境。アメリアを追う組織。これから行動を共にする上で大きく関わってくるだろう。今はまだお互い会ったばかりで突っ込んだ話はしていない。俺の方にも容易に他人に話せない過去がある。
本来、心から信頼を寄せる者と契約しパートナーとなるものだが、俺たちは順番が逆になってしまった。本格的に活動する前にもっとたくさん話をして、一緒に過ごして信頼を積み重ねていかないと。
すべてはあの人を見つけるため。待ってろよ、絶対見つけてみせるから。
改めて決意を固めながら獣道を歩き、追っ手がいないことを確認して、森を抜ける。
身体強化魔法があればもっと早く移動できたのだがこればかりは仕方がない。
柔らかな土から、硬質な石畳へ足を踏み入れる。
無事到着。学園地区と呼ばれることもあるほど学校が密集したアルカス地区に。
この地区はその他の発展している地区と同じく地区全域が石畳となっている。建物は安全第一、しかし学生向けに少々シャレッ気のきいた構造をしており、王都ほどではないが景観に統一感がある。
「うわぁ……!」
森からでる前に人の姿に戻っていたアメリアはこの光景を見るなり目を輝かせ、感嘆の声をもらす。
「ここに来るのははじめてか?」
「あたし、今まで自分のいたとこから出たことなかったから。外の世界ってこんな風になってるのね」
興奮気味にきょろきょろ辺りを見回しながらそう言うアメリアは、まるではじめておもちゃを買ってもらった子どものようだ。
俺も二年半前までは自分の村から出たことなかったからこの気持ちはわかる。あまりの違いに圧倒されつつも胸の高鳴りを抑えられなかったものだ。
「はしゃぐのはいいが、まずは手続きをしに」
「ユキト! あれなにあれ! なんか良いにおいしてるやつ!」
アメリアは俺の話なんて聞きもせず、そでを引っ張りながらしきりに指をさしている。
「あそこのパン屋のことを言っているのか?」
「パン屋って? とにかくあれ!」
「お前はパンも知らないのか……。よし、食べ歩きしながら目的地に向かうとするか」
「やっぱりあれって食べ物なのね!」
「一から説明してやるからちょっと静かにしてもらおうか周りの視線が痛い」
こいつは今まで何を食べて生きてきたんだ。いくら剣人だからといって何も食べずに生命維持なんてできない。限界まで剣状態のままでいれば人剣より食べずにすむが、限度がある。
まあ知らないなら知らないでいいか。知る楽しみがたくさん残っているということだからな。
パン屋でカットされたアップルパイを購入。早く食べたくてしょうがないのかさっきから口が開けっ放しでよだれが垂れてしまっている。
「ほら、これがアップルパイ。りんごを使った焼きものだな。サクサクのパイ生地とりんごの組み合わせがたまらないんだ」
「説明はいいから早くちょうだい!」
「せっかちなやつだな。ほら」
食べやすいように包みを外して渡す。それを目にも止まらぬ早さで奪い取り、むさぼるように食べはじめた。
一心不乱に食べ続けた結果、一〇秒で完食。口の周りにはパイ生地のかけらがついてしまっている。
アメリアは食べ終わった途端、その場にしゃがみこんだ。
「どうした? 腹でも痛くなったか?」
心配してそう聞くと、ぶんぶん首を振って否定する。肩を少し越えるくらいの長さのプラチナブロンドの髪がそれに合わせて揺れる。ゆっくりと顔を上げたアメリアは、微笑みながら涙を流していた。
「違うの。おいしくて、こんなにおいしいものがあったなんてって感動して、えと、とにかくおいしくて、それで」
弱みを見せまいとするかのように涙を拭いながら、必死に言葉を紡ぐその姿に胸がつまりそうになる。
「たかがアップルパイ一つでそんなに感動してたらこの先身がもたないぞ。これからもっともっとうまいものを食べていくんだからな」
「それでもあたしは、多分この先ずっと、あんたに買ってもらったアップルパイを忘れないと思う」
心からの言葉、表情というのは、こういうのを言うんだろうな、と思った。きっと俺もこの先ずっとお前のその言葉、表情を忘れないと思う。なんて、言えるはずもなく。
「そうか。それはよかったな。ほら、食ったんならさっさと次行くぞ」
と、素っ気なく言うことしかできなかった。だっておかしいだろ。会って間もないのにそんな恥ずかしいこと言えるわけがない。アメリアは素直に俺に伝えてみせたが、多くの人は思っていることをそのまま伝えることなどできないのだ。
とかなんとか心の中で屁理屈をこねながらそそくさと次の店へ向かうべく足を動かす。アメリアは慌てた様子でついてきた。
それからいくつか店を回り腹を満たしてから、ある場所を目指す。