契約。その証。剣魔印
『やったわね。あんたが挑発したおかげで魔法発動に気づかなかったみたい。あいつもきっとあたしの魔法の威力は知っていただろうから、本来は魔法発動の前にしとめるつもりだったはずよ』
人間の姿に戻りながら、淡々とそう言った。
女の子は、ぐちゃぐちゃになった花畑を、ほんの少し哀れむような目で見ながら小さく息を吐く。
「……すごいな、お前の魔法」
「あんたの剣術こそ。身体強化魔法を使っていた相手と斬りあえるなんて異常よ」
「いや、こんな地形を変えかねないお前の魔法の方がよっぽど異常だ。AランクどころかSランクぐらいの魔法剣なんじゃないか?」
「さあね。ランク計測したことないからわかんない。……それにしても、これ、あたしの魔法が、やったのよね」
散った花弁をつまみ、手のひらで一通り転がしたあと、風に乗せる。その一連の動作に妙に惹かれた。
「そうだ。後悔してるのか?」
「いいえ。あたしは武器。戦うための道具だもの。それより、あんたは良かったの? あたしのせいで、人を殺しちゃって」
「流れの剣魔術士同士の戦いなんてこんなもんだろうよ。向こうもこっちを殺す気だった。何回もしてきたよ、ゴロツキとの殺し合いは。それにあいつら、賞金首だろ? 前の町で張り紙を見たことがある」
「慣れてるのね。あたしも、似たようなものか」
「にしても、自分のことを戦うための道具呼ばわりとは。古い考え方だな。人か剣かなんて関係なくなった今の時代にそんなこと言うなんて」
「そうなの? あたしは物心ついたときから、お前は戦う為の武器なんだって教わってきたけど」
今でもたまにいるんだよな。元が人か剣にこだわる人間が。
確か一五〇年前くらい前だったか。突然、世界の名だたる刀剣たちが人の姿をとることができるようになったのは。時期を同じくして、人間だった者が剣に姿を変えられるようになった。その理由はいまだ解明されていない。一説では異世界からきた人間がこの世界の仕組みをいじっただとか、最初に魔法を使えるようになった人間がこの世界全体に作用するような魔法をかけただとか。いずれにせよ確証はない。
元が剣なら剣人、人なら人剣と呼ばれる。今はどちらだったとしても、同じ人間として生活しているし、ファーストとセカンドのハーフが存在しているため元がどちらかなんて気にする人はほとんどいなくなった。
しかし、それを認めない、認めたくないという、一五〇年前の人みたいな価値観を持ったものも少数ながら存在するわけで。
きっとこの子も、そんな価値観をもった人たちの中で育てられてきたのだろう。
これは個人の考え方だから、こんなさっき会ったばかりの俺たちが議論するような話題でもない。
「ま、とにかく、勝ててよかったよ」
「そうね。見ず知らずのあたしを助けてくれて、本当に感謝してるわ」
「いいさ。俺も完全な善意で協力したわけじゃないからな」
「? あたしを助けるのに何か理由でもあったの?」
「理由というか、交渉するため、かな。いきなりで悪いが、俺と契約を結んでくれないか? パートナーの魔法剣がいなくて困っていたところなんだ」
そう、本来の目的はこれだ。戦略上の相性は良いとは言えないが、それを補って余りあるメリットがある。あれほどの攻撃魔法を使える魔法剣なんて相当レア、ここはなんとしても契約を結んでおきたいところだ。
俺の言葉を聞いた女の子は目を見開き、驚いたような表情をしてこっちを見てきた。
「いいの? あたしなんかに契約をもちかけて。さっき見たでしょう、あたしを追ってきた連中を。あいつら三人だけじゃないのよ。詳しいことは言えないけど、あたしはこれからずっとあいつらの仲間に追われ続けることになる。もっと強いやつが追ってくるかもしれない。そんな危険に巻き込まれることになるのよ? それでもあたしと契約したいって言える?」
突き放すような強い口調で言葉を叩きつけてくる。
この子と契約したらやっかいなことに巻き込まれる、なんて最初からわかってたことだ。それでもあえて俺は、この子と契約したいって思う。
あの人を探すために強力な魔法剣が必要なんだ。
それに……これはカンみたいなものだと思うが、この子にはなんでか惹かれるものがあるんだよな。や、別にものすごい美少女だからとかは関係なくて。
「言えるよ。以前契約してた魔法剣も相当やっかいだったし、俺にとってはそんなこと全然関係ない。さっきの戦いでお前が優秀な魔法剣だっていうのを思い知ったし、純粋に契約したいと思ったんだ。追っ手なんて俺たちで追い払えばいい」
さっきのこの子の勢いに負けないように力強く言い放つ。すべて紛れもない本心だからこそ、まっすぐ目を見て言える。
拒絶するような目つきだった女の子は、俺の目をじっとのぞきこみ、吟味するかのように数秒間そのままでいた。
めちゃくちゃになった森の中で、そよそよと吹く風の音だけが聞こえる。視界には、限りなく白に近い色の、見ていると吸い込まれそうになる、宝石のような瞳。
やがて女の子はフッと小さく笑って、俺から少しだけ距離をとった。
「ウソをついてるわけでも、あたしをだまそうとしてるわけでもなさそうね。……いいわ。契約しましょう」
「意外とあっさり決めるんだな」
「実はあたしも、あんたと契約したいと思ってたのよ。ただこれ以上迷惑かけられないなと思って言えなかっただけで。だからあんたの方から契約をもちかけられてビックリした」
「ならさっきのはなんだったんだ」
「外の世界はウソだらけだって教えられてきたから。相手の目をしっかりと見ればある程度ウソをついているかどうかってわかるものよ」
「それは一理ある」
この子の言動から察するに、出身は閉鎖的な集落か何かか。
「じゃ、とっとと契約の儀式、すませちゃいましょうか」
「だな。できるときにやっておかないと」
「それであんたは、ってまだお互いの名前知らなかったわね。教えて。あんたの、名前」
人に名を聞くときはまず自分から、ってよく言うけどまあいいか。なぜか真剣な顔してるし。
「俺の名前は、ユキト。ユキト・サモンジだ」
「ユキト。男の子の名前でも女の子の名前でも使える良い名前ね。あたしそういう名前好きよ。あたしの名前は、アメリア・ブランフラム。気楽にアメリアって呼んでくれてかまわないわ。アメとかアメリーでもいいけど」
アメリアと聞いて、ずきんと胸が痛む。あの人の名前とよく似ていたから。名字は全然違うけど名前が一文字違いとかどんな偶然だよ。
「? どうしたの?」
「いや、なんでもない。それじゃあアメリアって呼ばせてもらうよ」
パートナーになるからには親睦を深めていかないといけないからな。いきなり名前で呼ぶのはやや抵抗があるが慣れるしかない。
「りょーかい。それでユキトは、どこに剣魔印、刻みたい? あたしは変なとこじゃなければどこでもいいわよ」
剣魔印とは、魔法剣とその契約者をつなぐ印。ここを通じて魔法剣から魔力が供給される。印のある部位を欠損してしまうと契約が解除されるため、印を刻む場所はよく考えなければならない。
「首もとで頼む。ここへの攻撃なら絶対避けられるからな。避けられなかったときは、俺が死ぬときだ」
「わかったわ。そこに刻むことにしましょう。ちなみにあんたも剣人か人剣だったりする?」
「いや、そのどっちでもない。だからアメリアが俺に刻んでくれるだけでいいよ」
人と剣の境目があいまいになったこの世界では、もちろん魔法剣同士で契約を結ぶことがある。その場合はお互いに印を刻むことになるから、これはその確認だな。
俺より頭半個分くらい背の低いアメリアのためにひざまずく。そして頭を垂れ、首もとを差し出す。
「じゃあ、いくわよ」
アメリアは小さな両手で俺の肩をつかみ、ゆっくりと近づいてくる。
首筋に吐息がかかるくらいの距離になったところで、なぜかアメリアが止まる。
「おい、早くしろ」
「うるさいわね、緊張するのよ。契約なんてはじめてするんだから」
「お前、はじめてなのか? その年で?」
「ああもういいから黙ってなさい! ひと思いにやっちゃうから!」
そう言うや否や、アメリアは大きく息を吸い込んだのち、俺の首もとにかぷりと噛みついた。
「っ!」
訪れる痛みに歯を食いしばって耐える。
アメリアの唾液と俺の血液が混じり合って、首もとに直径が小指の半分くらいの大きさの剣魔印が形成される。
どれくらいそうしていただろうか。唇の温かさ。鋭い歯が食い込む感覚。
口が離されるとき、なぜか名残惜しさを感じた。以前に一度契約したことがあるが、何度経験しても不思議な感覚に陥る。目に見えるつながりができるからだろうか。
「はい、契約成立。これで今日からあたしとあんたは一心同体のパートナーね」
「そうだな。まだ会って一時間も経ってないのに契約なんて普通じゃ考えられないけど」
「そもそも出会い方からして普通じゃないしね、あたしたち。それにあたし自身も普通とはとても言えない。きっとあんたも。だから普通なんて言葉、あたしたちには当てはまらないわ」
「それもそうか。んじゃ、改めて」
俺は立ち上がって、服についたゴミをぱんぱんと払ってからアメリアに向きなおる。
「これからよろしく頼む、アメリア」
「こちらこそ。よろしく頼むわ、ユキト」
これが、俺とアメリアの出会いだった。