夜語り その2
湯冷めしないように布団をかぶってから、アメリアはポツポツと話しはじめた。
「あたし、自分がいた施設のことはあんたに話さないって決めてた。追っ手に追いつめられたときに、ユキトは何も知らない、あたしが勝手につきまとっていたって言えば見逃してもらえるかもしれないから」
「お前そんなこと考えてたのか。あのときに追っ手を倒した時点で俺も共犯だって思われそうなものだが」
「あたしが一人で倒したって言えばいい。あいつらは基本的に無駄な殺しを嫌うから。それにあんたはファーストでもセカンドでもない。だから助かる確率は高いのよ」
「なんで魔法剣じゃないと助かるんだ?」
「……ここからの内容を聞いたらもう戻れなくなるわよ。いいのね?」
「もちろんだ。目的につながることなら」
虎穴に入らずんば虎児を得ず。昔父親に教えてもらった言葉だ。
「あたしのいた施設、というか組織の名前は『真実の光』っていうの」
「聞いたこと無いな」
俺はカメリアと旅した二年間、ありとあらゆる組織を調べまくった。この国の組織はほぼすべてを網羅している自負がある。何個かカメリアと一緒に討滅したこともある。そんな俺が聞いたことがないのだから相当秘匿性が高く優秀な集団なのだろう。
「それはそうよ。あいつらは情報の取り扱いは徹底してる。あたしとあんたが倒したあの追っ手はエンブレムを見せちゃってたけど、あれはあたしが脱走したっていう緊急事態だったからで普段はあり得ない」
追っ手が身につけていた外套に刺繍されていた、クロスした二振りの剣、それを囲うような炎。あれが『リュミエール』のエンブレムか。
「『リュミエール』にはいくつか支部があるんだけど、あたしがいたのは本拠地だった。誰に造られたか覚えていなかったあたしは物心つくころから本拠地の施設でただひたすらに戦闘技術・知識を叩き込まれ続けてきた」
アメリアの人の姿での戦闘能力の高さや魔法剣としてのズバ抜けた性能はそういう環境で育ったせいだったのか。 施設でのことを語るときのこいつは表情が消え、口調が淡々としたものになる。幼い頃から訓練を積んできたのは俺も同じだが、環境や精神状態は大きく異なっていたのだろう。
「ユキトもあたしを見て薄々感じてるとは思うけど、施設での生活はヒドかった。外の世界を知ることでやっとそれがわかった。娯楽は学術書くらいで、食べ物は毎食同じよくわからないモノだけ。継続的に摂取し続けることで魔力量を増強できるモノらしいんだけどよく知らない」
物心つく頃からロクな娯楽も与えられず、ただただ子どもたちを戦闘マシーンに育て上げる組織。ここまで王国軍に見つからずに存続できているとは。
「アメリアはその組織から脱走したんだよな。なんで脱走しようと思ったんだ? それに多分アメリア以外にも同じように訓練を受けさせられている人たちがいるんだろ? 『リュミエール』は何のために剣魔術士、あるいは魔法剣を育てているんだ?」
聞かずにはいられなかった。おそらく組織の目的がアミラ村襲撃とつながる。
「あたしが脱走したのは、急に怖くなったから。これから人としての意志、魂を失ってただのモノ言わぬ魔法剣になることが」
「どういうことだ?」
アメリアの言ったことが理解できず、聞き返してしまう。魔法剣なのに、意志がない?
「『リュミエール』はね、ファーストの存在を許すことができない人たちの集まりなの。ただの剣が意志を持ち、あまつさえ人の姿になるなど許さない、ってよく言ってた。そんな人たちがここ数年で実現させた技術が『固定化』だった」
「『固定化』って一昔前に提唱された実現不可能かつ非倫理的として研究を進めるのを禁止されたんじゃなかったのか」
固定化。その名の通り魔法剣の人格を剣の状態で『固定』し、そのまま意識を凍結させる技術。人格が無くなり人の姿になることはできなくなるが、魔法剣としての性能は健在、それどころか魔力利用効率が格段に上がって従来以上の強力な魔法が使えるようになる禁忌の技術、らしい。昔論文を読んだことがあって、理論上そうなるというとは書かれていたが実物を見たことはない。
剣から人の姿をとるようになったファーストはとっくの昔に人と同格であると認められている。この技術はつまりファーストを殺して強力な武器を造るというものだ。
数年前に抹消されたはずの理論が、まさか実現していたなんて。
「固定化理論提唱者が組織の中核を為す一人よ。牢に入れられている方は偽物。リュミエールは多数の貴族、噂じゃ王家の人間ともつながっているらしくてね。資金的援助を受けているからこそ実現できたそうなの。施設にいるあたしたちファーストは魔法剣としての性能がある程度まで高まったら、固定化される。あたしはあんたと会ったあの日に固定化される予定だった。幼い頃からそのことは知っていたし、武器として生きるように教育されてきたから覚悟はできてたはずなんだけど……消えたくない、って思っちゃった。自分の意志が無くなるのが無性に怖くなって、逃げ出した」
貴族や王家ともつながっている、だと。大スキャンダルじゃないか。道理でどこからも情報がでてこなかったわけだ。援助を行っているのはファースト排他主義の連中だろう。
「そんな施設からよく抜け出せたな。他にアメリアと同じように脱出を試みたやつはいないのか?」
「あたし、力を隠してたから。Aランクくらいまでは落とせてたはずよ。だから脱出するくらいはできた。その後が問題だったけど、運良くユキトに出会えた。あたしの他に脱走しようと考えた人はいなかったと思うわ。あの施設では幼い頃から思想の植え付けと、それに洗脳魔法を施していたから。あたしは学術書から様々な思想を見いだせたのと、魔法耐性が異様に高かったから洗脳にかからなかった」
サラッと言っているがこれはすごいことだぞ。その環境で自分の考えを持ち、力を隠して組織の人間を欺き、実際に行動を起こす。すさまじく賢い。
それと同時にリュミエールのやりクチの非道さに目眩を覚えた。幼いファーストたちにそこまでするとは。本当に人じゃなく武器として扱っているなんて。
「それで、ここからが重要なんだけど……あたしたちファーストには組織の情報は流れてこない。組織のトップ、幹部の名前も顔も知らない。けど、真偽はどうであれ噂話は耳に入ってくる。だからこれから話すことに確証はないってことは覚えておいてほしい」
「わかった。そのつもりで聞く。話してくれ」
極度の緊張で手が汗ばむ。あの日から求め続けた情報が手に入るかもしれない。
「アミラ村を襲撃したのは、おそらく『リュミエール』の幹部。下っ端の組織員が自分の手柄のように語っていたのを聞いた人がいたみたい。信憑性は高いと思う。なぜ襲ったのか、理由まではわからなかった」
アメリアがいた施設の話から薄々そうなんじゃないかと予想していたが、いざ聞くとなるとやはり違う。
そうか。俺からすべてを奪っていったのは、『リュミエール』。
俺が倒すべき敵。幹部と、その命令を下した組織のリーダー。
「話してくれてありがとう、アメリア。やっと、やっと前に進むことができる。お前のおかげだ」
「ユキトの役に立てて嬉しいわ。あんたには返しても返しきれない恩がある。あんたのおかげで追っ手を倒せたし、こうして外の世界の素晴らしさを知ることができた。さっきだってココアの美味しさにびっくりしたし、今だってこんなに柔らかいベッドの上で温かい毛布にくるまることができる。これでも感謝してるのよ」
お互いベッドの上で寝転がって天井を見上げているため、表情をうかがい知ることはできない。それでいい。俺は今どんな表情をしているか、自分でもわからないんだから。
俺もアメリアも話し疲れたのか、はたまたそれぞれの情報、想いを整理していたのか、数分間黙ったまま過ごす。
「そろそろ寝るか。明日も授業あるし」
「うん。おやすみ、ユキト」
部屋に備え付けられているランプの火を消す。
簡単には寝られないだろうと思っていたが、案外あっさりと眠りに落ちることができた。