前のパートナー
それから二時間。めぼしい情報は得られなかったため学園寮へ戻る。やはり一日目から有益な情報は得られない、か。
アメリアは宣言通り一言も話さなかった。だから俺も集中して聞き込みをすることができた。感謝しないとな。多分ずっと気になっていただろうし。
アルカス地区で最も有名な学園だけあって寮はそこら辺の宿よりよっぽど上等な作りだった。昨日泊まったところとは比べものにならない。
二人で使うには広すぎる部屋。磨き上げられた床と整えられたベッド。部屋の掃除は俺たちの授業中にすませてくれるそうで至れり尽くせりだ。それだけ国はこの学園の生徒に期待しているということだろう。
余談だが寮はどの部屋もパートナーと二人部屋だ。説明を受けたときは驚いたが、他のどの剣魔術士育成機関も同様らしい。
部屋に戻るなり魔法剣から人の姿になるアメリア。
こちらに背を向けたまま微動だにせず窓の外を眺めている。
その状態のままやたら大きな声で話し始めた。
「ユキト! あ、あんたが必死に聞き込みをして探してたカメリアって人、前のパートナーだったりする? その人が見つかったらあたしは用済みってこと?」
声量を大きくして声が震えているのをごまかそうとしている。
ここは正直に答えないと。その後、俺の旅の目的を話そう。
「……アメリアの言うとおり、カメリアは俺の以前のパートナーだ。それは間違いない。けど、用済みってことはない。あの人はセカンドであり剣魔術士だ。魔法剣と剣魔術士、どちらの適正が高いかっていうと剣魔術士の方が僅かに上。俺が魔法剣として使うよりもあの人は剣魔術士として戦った方がいいんだ。それに、俺が一人前になったら契約解除するって常日頃から言ってたしいずれパートナーを見つけなければいけなかった。色々あってあの人とは既に契約解除しているけど。だからアメリアが用済みになることなんてあり得ない。お前ほどの魔法剣を手放すわけないだろ」
俺自身がアメリアに妙に惹かれるところがある、ということは伏せておいた。これが恋愛感情なのかそうでないのかはわからないけど、今はそんなことどうでもいい。
アメリアはしばし無言になったのち、クルッと軽やかにターンして腹にタックルをかましてきた。これを受けるのは二回目だが未だ衝撃に慣れない。
「……ごめん。本来はこんなにクヨクヨ悩むような性格じゃないはずなんだけど……あたし、施設にいたときからずっと、契約してパートナーを得ることに憧れてたの。けどそれは許されなくてずっと一人で訓練を続けてた。パートナーと一緒に戦うってどんな感じなんだろう、パートナーに使ってもらうってどんな気分なんだろうって想像してた。だからかな。ユキトは前のパートナーといた方がいいんじゃないか、あたしよりももっと強くて使いやすい魔法剣だったんじゃないか、とか考えちゃうのは」
「お前なら、前のパートナーなんかどうでもいい、あたしの方が優れてるって証明してみせる! とか言いそうなものだけど」
「あ、あたしだってそう言いたいわよ! でも契約するのはじめてだし、実際はどうかなんてわからないもん……」
自信満々で打たれ強いタイプかと思ったがどうやらそうじゃないらしい。意外な一面だ。こういう面を見せてくれたってことは、多少なりともパートナーとして信頼してくれてるってことかな。その信頼に応えるために言うべきこと、言いたいことは決まっている。
「俺は以前のパートナーとアメリアを比べるつもりは全くない。自信が持てないならこれから何度だって言ってやる。大丈夫、お前は優秀な魔法剣だ。それはランクが証明してるし、何よりパートナーである俺が保証する。だから心配する必要は一切ない。過去はともかく、今の俺のパートナーはお前だ」
大きめの声で、最後の方は強調しながらアメリアの頭にポンと手を置く。
俺が落ち込んだとき、あの人、カメリアはよくこうしてくれた。なでるのではなく、ただ頭に手を置くだけ。こうされると妙に安心したものだ。最初は気恥ずかしかったけど。
「ユキト、それずるい」
「何がずるいんだよ」
「知らない。とにかく、ずるい」
「なんだそりゃ」
アメリアなりの照れ隠しだろうか。まだ顔上げないし。
俺の腹にちっこい頭を押しつけながらう~う~唸り続けること五分あまり。やっと離れてくれたと思ったら「シャワー浴びてくる!」と言いながら浴室に向かってすさまじいスピードで駆け込んでいった。
く、やはり手入れは一週間に一回という縛りはキツすぎる。手入れ一回分がシャワーで消えていくなんてもったいないったらありゃしない。
仕方なく俺は予備武器である何の変哲もない剣を手入れしながらアメリアがシャワーを浴び終わるのを待つことにした。最近使ってないからさして汚れていないそれを無駄に磨きつつ、カメリアにまつわる一連の出来事を話すべく心の準備をする。
昔のことはできるなら思い出したくはない。けれど忘れてはならない。忘れられない。だから普段は記憶の奥底に閉じこめてある。それをサルベージする作業は正直、しんどい。復讐心を失わないようにはしているけど、こうやって詳細に思い出すのとはワケが違う。
いつの間にか作業の手が止まっていて、俺の心はここではない場所をさまよっていた。
だから至近距離に迫ったアメリアに全く気がつかなかった。
「すごく苦しそうな顔してるけど、どこか痛いの?」
出たばかりなのか、ホクホクと立ち上る湯気。紅潮した肌。アメリアはなんとバスタオル一枚しか巻いていなかった。
「いや、どこも痛くはない。ちょっとばかし昔のことを思い出しただけだ。それよりアメリア、服を着ろ。目に毒だ」
「毒って何よ。あたしは毒殺なんかしない。施設にいたころにある程度の暗殺技能は叩き込まれたけど一生使うつもりはないわ」
「そういう意味じゃなくてだな……」
「そうだ、ユキト、あたしの着替えとってきてくれない? 持ってくるの忘れちゃって」
「ったく、しょうがないやつだな」
気付けば強ばっていた顔の筋肉が弛んでいた。
戦闘時には圧倒的な力を振るい隙なんて一切見せないのにこういう生活面では抜けているところが面白い。こういうのを見ていて飽きない人って言うんだろうな。
アメリアのおかげで肩の力が抜けた。これで深刻になりすぎずに話すことができそうだ。
帰りに買ったパジャマに着替え終わったアメリアと入れ替わりで俺がシャワーを浴び、髪を櫛でとかせという要求をのんで髪を整えてやったのちにお互いベッドに腰掛ける。
「コホン。それじゃあ、改めて聞いてもいい? ユキトが探している前のパートナーのこと。あ、今度はその、なんていうか取り乱したりしないから安心して」
足をぷらぷらさせながら気まずそうに目をそらす。俺もさっきのことを思い出したらなぜか顔が熱くなってきた。大分キザッたらしいことを言っていた気がする。
深呼吸を一つ。
アメリアと契約を結んでから覚悟していたことだ。パートナーとして知っておいてもらいたい、俺の旅の目的。その、何をしてでも成し遂げたい目的を抱くことになったキッカケ。