一夜明けて
『じゃあそろそろ寝ましょうか』
「そうだな。明日は早いしそろそろ寝るとしようか。アメリアはベッドで寝てくれ。俺は床で寝るから」
『? 一緒に寝ればいいじゃない』
「いや、若い男女が一緒に寝るのは危ないぞ色んな意味で」
『……何か勘違いしてない? あたしは魔法剣・ブランフラムとして、夜襲に即座に対応できるようにあんたの近くに控えてるって意味で言ったんだけど』
「なるほどすまない俺の勘違いだ悪かった忘れてくれ」
『あんたが慌ててるところって面白いわね。じゃあそういうことであたしはこのままの姿で寝るわ。大丈夫、不審な音が聞こえたらすぐに知らせるから』
「了解。俺もそれ系の音には敏感だから場合によってはアメリアより早く気付くかもしれないけどな」
『ふん。あたしがどれだけ訓練積んできたと思ってるのよ。あんたより早いに決まってるじゃない』
「なら勝負だな。あ、いきなり攻撃魔法使われたときは魔法察知能力の高いお前のが有利だからノーカンだぞ」
『上等よ』
よくよく考えたら夜襲がある前提で話してるな俺たち。ないに越したことはないのに。
軽口のたたき合いはそこまでにして、早起きに備えベッドへ入る。枕もとに魔法剣・ブランフラムを置いて。
寝る前に今日一日を振り返る。
激動の一日だった。たった一日の間に起こったことだなんて信じられない。
「アメリア、明日から学校に通うことになる。俺は学校に通ったことがないから勝手がわからない。だからお前をリードしてやることができないかもしれない」
『見くびらないでほしいわね。リードなんて必要ないわよ。どんなところでもやっていける自信くらいあるわ。前いたところに比べて、外の世界がどれだけ自由か今日わかったしね』
アメリアがいたところ。どんなところか気になるが、こちらから聞くことはしない。いつか話してくれるまで気長に待つとしよう。
「頼もしいな。じゃ、寝るとしよう。初当校日に遅刻なんてシャレにならないからな」
『そうね。悪目立ちは禁物。しっかり寝て今日の疲れを癒しましょう。おやすみなさい』
「ああ。おやすみ」
おやすみ、か。久しぶりに言ったな。
ここ半年間、一人で旅をしてきた中で孤独に押しつぶされそうになったことが何度もあった。そのたびに故郷やあの人のことを思い出して乗り越えてきた。
だからこそ久しぶりに近くに自分以外の誰かがいるという状況が妙に新鮮で、同時に安心することができた。
その日俺は珍しく夢を見なかった。
目を覚ます。木製の天井がこちらを見返してきた。
俺はすぐに自分の頬に触れ、そこに涙の跡がないかを確かめる。寝る前と全く同じ感触。
そうか、熟睡、できたんだ。アメリアがいるから油断してしまったのだろうか。
出会って一日しか経ってないのにこんなに気を許してしまうなんて俺もまだまだだな。いや、それを言ったら一日も経たずに契約を結んだことの方がおかしいか。
備え付けの時計を見ると、朝六時を指していた。起床にはちょうどいい時間だな。
「……すぅ」
隣から聞こえてきた微かな吐息によって、起こしかけていた身体が固まる。
あれ、確か寝るとき、剣状態だったよな?
頭が真っ白になり、アメリアを見つめながらフリーズしていたら、タイミングよくアメリアが目を覚ました。
長いまつげに彩られた、色素の薄い瞳と目が合う。
「おはよーユキトー。ふあぁ、よく寝たー。……ん、どうしたの、そんなに目を見開いて」
アメリアはのんきに大きなあくびをしてから上半身を起こし、ぐぐーっとのびをした。
「おはよう。アメリア、とりあえず自分の身体を見下ろしてみろ」
「んー? って、あれ!? あたし、いつの間に!」
「言っておくが俺のせいじゃないぞ」
「わかってるわよ。……随分昔にこのクセ、直したつもりだったんだけどな」
「クセって?」
「これ言うの恥ずかしいんだけど……あたし、ファーストのくせに、人の姿で寝るのが好きなの。小さい頃は許されてたんだけど、訓練が本格的になってからは直すよう指示されたから、直した。はずだったんだけど、なんで今になって……。ごめんなさい。魔法剣として、パートナーとして失格よね」
沈痛な面もちでそう謝罪してくるアメリア。
なんでこいつはここまで魔法剣、武器であろうとこだわるんだ。ファーストにはそういうきらいがあるのは知っているが、ここまで頑な姿勢のやつは見たことがない。
「別に俺はなんとも思ってないから謝らないでくれ。それと、これからはアメリアの好きなように寝たらいい」
「いや、でも」
「昨日言っただろう。俺も夜襲にすぐに対応できるって」
今日は熟睡してしまったから実際に夜襲があったら対応できてたかどうかわからないけどな。
「離れたところから攻撃魔法使われたらどうするのよ?」
「もちろんある程度のランクまでなら直前で避けられるはずだ。というか以前実際に避けた。流石にSランク攻撃魔法特化型とかは厳しいが、それはもう災害レベルだし察知できたとしてもできなかったとしても変わらないしな」
一人で旅をしていたこの半年間、盗賊の類から襲撃されること数回。大抵はDランク以下のとるに足らない連中だったが、一度だけCランクの魔術師型に夜襲をかけられたことがある。あのときは確か炎属性の矢が飛んできたな。なんとか空気を裂く音を察知して回避することができた。
「Sランク魔術師型の魔法、か。戦闘体勢ならまだしも寝起きだったら防ぎようがないわね。……でも、やっぱりこれからもこのクセがでちゃわないように気を引き締めていくわ。あたしの魔法耐性の高さ、知ってるでしょ? Sランクの魔法がきたとしても致命傷くらいはさけられるはずよ」
「アメリアも頑固だな」
「あたしは魔法剣であることに誇りを持ってるもの。譲れないものくらいあるわよ。それにしても、なんでこのタイミングで昔のクセなんか……気が抜けちゃったのかも」
なんだ、アメリアも俺と同じか。親近感が湧くな。
「さて、んじゃそろそろ初登校の準備でもするとしますか」




