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手入れ

 アメリアが複雑そうな表情でそう聞いてきた。やっぱり前のパートナーとかって気になるものなのかな。


「いいや。親父はなぜか俺が生まれてから魔法剣を造るのをやめたらしいんだ。今まで造った刀型の魔法剣は全部遠方から来た人と契約を結んだから、俺は親父が造った魔法剣と会ったことはない」

「そ、そうなんだ。なんで造るのをやめちゃったんだろうね」

「さあな。昔聞いたことがあった気もするが、忘れちまった」

「そこ大事なところじゃない?」

「きっとたいしたことない理由だよ。まあとにかく、俺の尊敬する人物は剣の達人・村正師匠と、刀を造らせたら右にでる者はいないと言われたほどの親父の二人ってことで」


 俺はここで話を切り上げることにした。一気に長々と話してもお互い疲れるだけだし、なによりこの先を話すのは心の準備が必要だから。


「雑な締め方ね。でもこれであんたのこと、少しだけわかったような気がする。あんたがとびきりの剣バカってこととかね」

「失礼な言い方だな」

「それと、周りの人から愛されてた、ってことも」

「……そうだな。俺は幸せ者だったよ」

「感謝しなさいよ。中々そんな恵まれた環境なんてないんだから」


 視線は俺の方を向いているはずなのに別の場所を見ているかのようなアメリアの瞳はどこか憂いを帯びていて、俺は何も言えなくなってしまった。

 話がひと段落し、後片づけを終えた俺たちは宿へ向かうべく足を動かしていた。

 工房で過ごした時間は案外長く、すっかり陽が落ちていた。

 アメリアとの出会い。追っ手との戦闘。ランク計測。工房での作業と、とても濃密な一日だった。アメリアの魔法を三回も使ったせいで疲労困憊だ。


「ねえねえ、夜ご飯は何? あたし楽しみすぎてさっきからおなかが悲鳴をあげてるんだけど!」


 アメリアのやつはこんな遅い時間なのにピンピンしていた。かなりの魔力を消費したのにこの元気っぷり。

 悲鳴レベルの音を出しているアメリアのおなかの音を聞きながら、夜ご飯を何にするか考える。どうせならとびきり美味いものを食べさせてやりたい。奨学金を受け取れることも決まったし、今後の収入の目処もついた。奮発して特級肉のステーキでも食べに行くか。


「任せとけ。今日はほっぺたが落ちそうなほど美味いものを食わせてやる。空腹の悲鳴もたちまち喜びの悲鳴に変わるぞ」

「どっちにしろ悲鳴あげるってあたしのおなかってどうなってるのよ」

「いや俺に聞かれても」

「でもそこまで言うのなら期待していいのよね?」

「もちろん。俺でさえ悲鳴をあげそうになるんだから大いに期待してくれ」

「なら早く行きましょうよ!」


 ぐいぐい手を引っ張るアメリア。どこに行くかわかってないくせに先走るとはよっぽど楽しみなんだな。

 にしても、こうやって手を引っ張られていると、あの人のことを思い出すな。思いつきで行動するあの人に、俺は文字通り振り回されていた。


「落ち着け。そもそも店の場所を知らないだろう。まあ俺も知らないんだけど大体の目星はついてる。だから、その、手を離してくれないか」

「へ? あ、ご、ごめん。楽しみすぎて、つい」


 アメリアが慌てた様子で手を離す。


「ほら、行くぞ。追っ手のこともあるから俺の近くを離れるんじゃないぞ」

「うん」

 なにやらジーンと感動している様子のアメリアを連れて、俺は宿の前にまずステーキ屋を見つけるべく人波の中に身を投じるのだった。



 無事ステーキ屋を見つけ、絶品ステーキを心ゆくまで堪能したのち、今夜宿泊する場所を探す。案の定アメリアは終始大興奮だった。最初は店側から注意されないかヒヤヒヤしていたが、俺もそのあまりの美味しさにそんなことどうでもよくなり、二人してうまいうまい言いながら食べてしまった。

 何件か回り、ようやく満室になっていない宿を見つけることができた。

 学生がほとんどを占める地区だが、観光地並に訪れる人が多い。学生向けの安い商品を求める者や、将来有望な学生を自分たちの組織にスカウトする者など様々。だから当日に宿を探すと中々見つからないという事態に陥るのだ。ここの宿は多少値が張るが仕方ない。


「では個室を二部屋お願いしま」

「いえ、一部屋だけで十分よ。それでお願いします」

「かしこまりました」


 強引に横から予約の変更を行ったアメリアは、なぜか得意気だった。


「おい、何で勝手に一部屋にしたんだ」

「パートナーたる者、片時を離れるべからず、ってね。武器は常に使い手の近くにいるべきだわ」

「あんまり自分のこと武器だとか言うなよな。まあお前がそれでいいならいいけど」

「逆にいけない理由がわからないんだけど」


 無邪気にそう見上げられると居心地が悪い。いや決してヘンなことを考えていたわけではないんだけど、なんていうかほら、一般論としてよくないっていう話のはずだったんだが……。うん、こいつに常識が通じないのを思い出した。

 アメリアを伴ってこの宿で一番小さな部屋へ。机やイスすらなく、シングルサイズのベッドが一つしかない。

 どうするんだこれ、そうだ俺が床で寝れば済む話じゃないか、なんて考えていたらアメリアがそそくさとバスルームへ入って行くのが見えて急いで止める。


「ちょっと待てアメリア!」

「な、なによそんな必死の形相で。早くお風呂に入りたいんだけど」

「手入れなら俺にやらせてくれ!」

「え? あたし、今まで自分でやってきたんだけど」

「なんてもったいない……。いや、今までパートナーがいなかったんだから当然か。ならこれからはぜひ俺にやらせて欲しい」

「ちょ、近い近い! なんでそんなに自分で手入れすることにこだわるのよ。別人みたいになってるんだけど」

「実は俺、刀剣類を手入れするのが趣味なんだ。やろうとすれば一日中ぶっ続けでできるくらい。自分の手で剣が美しく、最適な形、状態になるのがたまらなくてもうやみつきなんだ。村にいた頃も俺に手入れを任せれば安心だと人が殺到するくらいなんだ。だから頼む!」

「わかった! わかったから落ち着きなさい!」


 アメリアに肩をつかまれてようやく落ち着きを取り戻す。俺としたことが取り乱してしまった。

 ファーストやセカンドは人の姿で身体の洗浄、治療を行うことで、剣状態の時の汚れを落としたり傷の修復をすることができる。逆もまた然り。

 だからアメリアに風呂に入られては困るのだ。剣をきれいにする楽しみがなくなってしまう。


「そうか、わかってくれたか。じゃ、早速取りかからせてくれ」


 俺はもう我慢ならず、アメリアの手をつかむ。一瞬ビクッと驚き手を引っ込めかけたアメリアだったが、諦めた様子で力無く握り返してくれた。


「はぁ。我が鋼鉄の魂よ、楔を放ち剣魔と為せ」


 アメリアは言霊など全く込めてないかのような言い方で剣状態へと姿を変えた。ふっ、その余裕、いつまで保つかな。

 アルカス学園の制服を着ていたため、鞘は黒色を基調に赤色の金具がついたデザインのものとなっている。ブランフラムの白銀と鞘の黒、共通する赤色のアクセントとなかなかにマッチしてるな。

 剣を引き抜き、いつも持ち歩いている手入れ道具を広げ、作業を開始する。

 あまり剣身を消耗しないように受け流し重視で戦闘を行ったが、それでもやはり細かな傷はつく。刃の部分も思ったより削れてるな。

 サンドペーパー、砥石などを用いてまずは斬れ味を回復させるとしますか。


『ちょっと、あんたの手、かなりいやらしいんだけど』

「丁寧な手つきと言え。でもそう言うってことは気持ちいいってことだよな? このまま身を任せておけば最適な形に仕上げてやるから大人しくしてろよ」

『! ま、まあ、腕は確かなようね、うん』


 はぐらかしたな。別に恥ずかしいことじゃないのに。

 そのままじっくりと研磨を続けた結果、最初に会ったときよりも斬れ味が増した状態にまで仕上げることができた。

 後は特製の布で拭きあげる作業だな。この作業もまたたまらない。


『んっ! ちょっとユキト待って! こ、これ以上は』

「なんだ。今ちょうどいいところなんだから邪魔しないでくれよ。ふふふ、早く月光にかざしてきらめく剣身を見たいもんだ」

『待ってって、あっ、言ってる、ううんっ! でしょ!』


 俺は集中のあまりアメリアが何を言っているのか聞こえなかった。そのせいか手入れが終わった後にめちゃめちゃ怒られた。その上、俺が手入れしていいのは一週間に一回と宣言されてしまって、俺は情けなくも涙目になった。ひどすぎる仕打ちだ。パートナーとしてどうかと思う。

 ピカピカに磨き上げた魔法剣・ブランフラムは、やはり息を呑むほど美しかった。見ていると胸が切なくなるほどに。


 全体的に小ぶりで薄い。が、洗練されたデザインのおかげで弱々しいイメージは受けない。どんな金属を使ったのか全くわからない白い剣身に、中心を走る赤いライン。月の光を弾き返す様はそれ自体が芸術作品のように脳裏に焼き付く。

 アメリアは恥ずかしいからあまりジロジロ見るなとはいったが、こんな剣から目を離せるわけがない。

 俺は華美な剣よりも実戦のみを想定したような無骨な剣が好きだったはずなんだが、そんな好みなんて超越するような何かを持っている。

 手入れの余韻にひたっていた俺を現実に引き戻したのはもちろんアメリアの声だ。


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