例えば君が
「例えば君が、幼き日に近所の女の子と遊んでいたとする」
『うん』
「年上のその女の子は君から見たらとても大人びていて、君は彼女に見合う男になりたいと幼心に誓っていたとする」
『……うん」
「しかし不運にも君は転校することになり、そんな記憶を心の奥底にしまい込んだままやがて大人になったとする。そして職場で、その年上の女の子と再会したとする」
『……うん?』
「そしてその女の子とは__ なんと、私だったのだ!どうだ、驚いただろう!?君にとって特別な存在だろう!?」
『……作り話だよね?』
「君は忘れているようだな? 転校前日に私があげた、虹色のパンダのキーホルダーを、君は今も肌身離さず持っているはずだよ?」
『いや…… そんなクセのある餞別をもらってたらきっと忘れてないだろうし、そもそも転校もしたことないんだけど……』
「それはきっとアレだな。改造された影響で忘れてしまったんだ」
『改造!?』
「例えば君が、悪の組織に連れ去られたとする!アジトにて怪人に改造されたとする!しかし、心まで悪に染められるその直前に、とある科学者の女が颯爽と君を助け、アジトを爆破し2人で逃げることに成功したとする!」
『えーと……』
「女の腕の中、君は朦朧とした意識で『なぜ、僕を……?』と尋ねたとする! そして女科学者は『君に興味がある。私の実験台になってもらえるか?愛と幸せの相互関係についての、な__』と答えたとする! そしてその女科学者はなんと私! どうだ、驚いただろう!? 君にとって特別な存在だろう!?」
『話が突飛過ぎてついていけない』
「君は覚えていないというのか? あの日から始まった熱い逃避行を、あの日交わした約束を、あの日胸に刻んだ誓いを__」
『そうゴリ押しされると、なんか、そんな記憶が、実はあるんじゃないかって気にはなってきたような……』
「そうだろうそうだろう?」
『……いやいや! やっぱり作り話だ! 危ねえ! 妄想だ! そもそも転校なんてしてないし、悪の組織にも連れ去られてないし、女科学者に助けられたこともない! 全て仮定の話だ!』
「ちっ、バレたか」
『あなたとは何の変哲もないオフィスで、先輩後輩として出会っただけだ!』
「え〜、それじゃつまらないじゃん」
『つまらないって、あんた……』
「例え妄想であっても、お互いが同じ認識を共有すれば、それは自ずと真実になるとは言えないか? 私と共に、昔のドラマチックな思い出を思い出そうじゃないか! 悲劇で喜劇なノスタルジックに耽ようではないか!」
『しないよ、そんなこと…… 僕はありのままを受け入れて生きるんだ!』
「あーあ、なりたかったなあ。 君の特別に」
『……僕の嫁、ってのは、特別じゃないの』
「嫁? ……誰が?」
『おい。 あんただ、あんた。 今僕たちはどこへ行ってきた』
「…………区役所?」
『何で疑問系なんだよ。 しまいには年甲斐もなく泣くぞコラ』
「ははは、冗談だよ。 半分の半分ぐらい冗談さ」
『全部冗談であれよ。辛いよ。その七割五分の本気が辛いよ』
「まあ、実感が湧かないのは許しておくれよ。 まだ紙を提出しただけなのだからさ」
『……例えばあなたが、僕と日々を共にするとする』
「うん?」
『平凡か非凡か、どちらかと言えば平凡な生活を歩むとする。 フィクションのようなドラマチックも、悲劇や喜劇のような波乱のある展開も無いとする』
「うん」
『時にはぶつかったり、すれ違うこともあるとする。 分かり合えない問題とも直面することもあるとする。 そんな中でもお互いが妥協点を話し合って少しずつ理解を深めていくとする。 そんなプロセスさえ、僕には大切だとする』
「つまり?」
『僕にとって、既にあなたは特別な存在なんだよ』
「……」
『……なんか言ってよ』
「えーと、つまり…… これからもよろしくってこと?」
『……だいぶあっさりまとめられたけど、まあ、概ねそんな感じ』
「……」
『黙るのはやめて。 とても恥ずかしい』
「……なーんだ。 とっくに私の夢、叶ってたじゃん」
『だいぶ前からね。 だから、転校も改造もキーホルダーもいらないよ』
「そっかそっか」
『そうだよ』
「……」
『……』
「……」
『……なあ』
「……うん?」
『……黙らないでくれよ。 やばいから。 ハートが大暴れしてやばいから。 さっきまでみたいに、作り話でも何でもいいから話してくれよ』
「作り話でいいの?」
『ああ。 とびっきり滑稽なぐらいがいい』
「私にそんなことを頼むと、止まらなくなるよ?」
『いいよ。 どうせ、この先もずっと一緒だ』
「……ふふ」
『笑うなって』
「ごめんごめん」
『全く……』
「話ながら考えてるから、支離滅裂なのは許しておくれ」
『構わないよ』
「……こほん。 じゃあ、遠慮なく」
『うん。遠慮なく』
「例えば、君が__」




