表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第4章 奪還血痕篇
95/146

第四章05 不本意なありがたさ

 結い上げた黒い髪を揺らし、「彼」は語る。


「タリア島を知っているかな?」


 彼は前置きとしてそんなことを聞いてきた。俺は知らない。


「ヴィクトリア帝国と南大陸の大国アフティピトスを隔てている大海にある孤島よね? 今のところはヴィクトリア帝国領の」


「ああ、あそこか。前の前の前くらいの皇帝の武力征伐でこっちの領土にしたやつ」


「今思い出したのでしゃるな。まったく……」


 真ん中に座る店長が鼻を鳴らして呆れる。


「ララさんの言う通りさ。ヴィクトリア帝国が覇権を握っているユールアシア大陸の南側に大海を隔ててアフリャド大陸があり、アフリャド大陸の北部がアフティピトス王国というわけさ。分かってくれたかな、ケンシロー君?」


「なるほどそういうことだったのか」


 つまりヴィクトリア帝国の南の北側が南の大陸の北部の王国で…………。


「覚魔君、後ろの戸棚に置いてある古紙を取り出して地図を描いてやるでしゃる」


「はい、どうぞ」


 俺が適当な返事をしたときには、店長の指示を察知していたかのようにララが動いて古紙を取り出していた。不本意なありがたさとはこんな感じか。


 取り出した古紙をフィールが受け取り、代わりに先ほどルビーに購入させられたペンとインクを使って地図を描きはじめる。


 その地図を見てようやく俺は理解できた。


 つまり、ヴィクトリア帝国は北半球東西に広がるユールアシア大陸全土を統治している。


 つまり、ユールアシア大陸西側を南下するとアフリャド大陸がある。


 つまり、その二つの大陸は大海によって区切られている。


 つまり、その大海の中にぽつんとタリア島という孤島が存在している。


 つまり、タリア島から北上すると、ヴァレリー南部に突き当たる。


 つまり、そういう風に始めから説明してくれれば無知な俺にも分かり易いのに。


「このタリア島で俺に会いたがってる人がいるってのか?」


 地図上の点のような島を指差して俺は訊ねる。


「いいや。会いたがっている女性はヴァレリーにいるよ。ただし、その女性が行かなければならないのがタリア島なのさ」


「同伴しろってことか? なんのために」


 あいにくだが、俺はフィールからの依頼を最初から断るつもりでここにいるので、自分なりの理論武装と固い意志をもっているのだ。こいつ、嫌いだし。


「もしかして、アフティピトスに領土――つまりタリア島が狙われているから、それを防衛する援軍ってことかしら?」


 フィールは肩をすくめる。


「近いけど遠いね。援軍には違いないけれど、今のタリア島は領土としてそんなに危ない状況下ではないよ」


「でも、タリア島を北上したらすぐにヴァレリーがあるんでしょう? たとえ大海に阻まれているからといって、さすがに安全とは……」


 そこまでララが言うと、フィールはアフリャド大陸の地図を書き足す。


「アフリャド大陸はユールアシアと違って大陸内にいろいろな国・民族がひしめき合っている。それらの国々がかつてのヴィクトリー聖国のように大陸制覇をしようと各地で戦争状態さ。とてもじゃないけれど、兵力最強国家でもあるヴィクトリア帝国を侵攻はできない情勢なのだよ」


 つまり、タリア島の話を振ってきたのは国際情勢レベルの話ではない、と。


「……どうして遠い南の大陸の情勢の情報を?」


「亡命してきたアフリャドの学者から聞いたのさ。肌が黒くて格好良かった」


 肌が黒いだけで異国の相手に好感を抱けるのはお前くらいだ。普通はなんとも思わん。


「それで、本題に入りたいのだけれど、よろしいですか? アオネコ殿」


 店長は尻尾をぱたんと上げ下げして受け応える。よろしいのだろう。


「僕からのケンシロー君への依頼はずばり、――――タリア島問題にメスを入れて欲しい」


「俺は医者じゃねえ」


「敗者だけどね」とララがぼそり。


「おい、ララ。今のはどういう意味だ。俺が今、即断で断ったのを無為にする気か?」


「あんたのつまらない言葉遊びにメスを入れてあげたことに拝謝してほしいくらいだわ」


「お前なあ……!」


「剣災君、覚魔君」


 店長が俺とララのことを呼び、鼻先をくいっとフィールに向ける仕草をして、しっかり話を聞くようにと窘める。


 フィールは苦笑し、もう一度話し始める。


「そうやってかしこまられると緊張するけれど、話を続けさせてもらうね」


 フィールはもう一枚の古紙にタリア島のだいたいの地図を描く。


「タリア島はね、アレスの里以上に孤立しているんだ。もちろん海に囲まれているからだけれど、一番の要因は――――吸血鬼だ」


「吸血鬼?」


 血を吸って眷属を作る鬼の魔人。


「まさかその吸血魔人がタリア島を実効支配している――――とか?」


「百年間、ずっとね」


「ひゃっ……!?」


 百年間も!?


「ちょっと待ってよ! さすがにそんなに長い期間支配されていたら領土問題に――――」


 ララが言いかけ、フィールがそれを手で制す。


「教養のあるララさんでも知らないのは仕方がない事なんだ」


 おい、俺は?


「そのことが明るみになったのは、つい最近のことだから」


「にゃるほど。吸血鬼に支配され、絶海によってアレス以上に孤立しているからこそ、誰もタリア島に関心を示さなかったし、誰もタリア島から出られなかった――――でしゃるか?」


「さすがのご慧眼ですね」


 店長の推論にフィールは首肯し賛美する。さながら生きては還れない秘境と言ったところか。


「最近になって明るみになった経緯はなんなの?」


「簡単に言うと、卒業を控えた魔法騎士養成学校の生徒たちが校外授業で船に乗ってタリア島を目指した。海戦の訓練と称してね。――半分は旅行のつもりで学校側も企画したみたいだけれどね」


「俺の時にはなかったな、そんな授業は。学校側の金で旅行かよ」


「払った学費で、でしょ」


「……」


 ――――俺の学費を払っていたのは俺を体よく追い出した村の連中だったな。


「――――そして吸血鬼に襲われて、尊い命を奪われ、全滅したというわけさ」


「……は?」


 話のオチが急に来て、疑問点すらすぐに浮かんでこなかった。


「まあ、全滅って言っても、ひとり生き残って還ってきたから正確な全滅とはまた違うのかもしれないけれどね」


「それでタリア島に危ない吸血鬼がいることが分かったってわけね? それの討伐の援助をケンシローに頼みたいと」


「討伐ではなく、粛清だけれどね」


 フィールは肩をすくめる。彼が俺に持ってきた依頼はつまり、


 ――――タリア島を吸血鬼の支配から奪い還せ。


 ということか。


「そのために、俺を未来堂から借りたいと?」


「そういうことさ。ちなみに同行するのが生き残りの女性騎士候補生。ケンシロー君に会いたがっている女の子。吸血鬼粛清の命が下った女の子だよ」


 フィールの頼みだから請けたくないと、率直に思った。


「会いたがってるってのは……何で?」


「彼女曰く、そういう運命なんだってさ」


 意味が分かんねえ……。フィールの言うことだから特に非道な嘘をついているわけではないと思うが、それでも胡散くさい。アレスの時を忘れたのか、こいつ……。


「店長、バシッと言ってやってくださいよ」


「条件付きで許可するでしゃる」


「ええー……」


 簡単に従業員を貸し出しやがった。


「――――まず、ひとつ目の条件でしゃるが、安めにしておくが、借料は頂くでしゃる」


 安めにするご尤もな理由を所望したいところ。


「そして二つ目の条件として、粛清で得た吸血鬼の血は未来堂のものでしゃる」


「……血?」


「血なんてどうするんですか、店長?」


 俺とララが首を捻る。吸血鬼の血液など、何の役に立つのだというのか。


「吸血鬼の血液は加工すると不可視インクになるんだ」


 いつのまにか会議室の扉を少し開けてアズライトが顔を出していた。金髪の一筋が黒いままなのが俺の誇り。


「アズ……」


「吸血鬼か」


 アズライトは感慨深そうに扉を開けて、当たり前のように会議室の席に座った。


「我が輩のやり方を視透かしたでしゃるな?」


「アタシの眼は前より良くなっているからな。吸血鬼の血液もまた、アレスの樹木同様に万能だからな。代表例が、不可視インクだ」


「不可視インクって……見えないインクってことですか? なんのために?」


 ララが俺の代わりに疑問を投げかけてくれる。見えないインクならインクの意味がないではないか。


「不可視インクは特定の条件下でのみ読むことのできるインクだ。加工の仕方でその条件は変わるが、主に密書――機密文書に用いられる。宮廷に存在を秘匿されてきたインクだ」


 アズライトの言葉を継いで、フィールが続ける。


「加工しあがった不可視インクを僕たち宮廷騎士団に売りつけるつもりですね」


「にゃるん。不可視インクの存在が広まって困るのは宮廷側でしゃろう? それが三番目の条件でしゃる」


「――――アオネコ殿。……条件が重すぎませんか?」


「うちの大事な従業員にはそれだけの価値があるでしゃる」


 抜け目ないアオネコ店長。強欲だからなのか、他の何か故の理由なのか、俺のことを大事な従業員と言ってくれた。そこだけは胸が熱くなるものがある。


 たしかに不可視インクは見えないことに意味がある。しかし、「見えないが、見えるようになることが分かっているインク」では話が変わってくる。機密文書が盗まれたときに隠した情報までもが暴かれる可能性がある。そんなインクの存在を広めるのはリスクが高い。


「――――――――」


 宮廷騎士団屋外調査室・室長のフィールは少しだけ考え、そして答えを出す。


「その条件でケンシロー君をお借りしてよろしいのですね?」


「にゃる」


 今ここに、宮廷騎士団屋外調査室と異世界画材店未来堂との契約が成った瞬間だった。


 ――――俺の意志は?


「頑張りましょうね、ケンシロー」


 ひとつ隣のララが笑顔で一緒に頑張ろうと奮起する。


「剣災、必要な装備があったら言ってくれ。出来るだけ用意する」


 戦場に出られないアズライトが精いっぱいのサポートを申し出る。


「剣災君。成功して帰ったら報奨金は弾むでしゃるよ」


 強欲なはずの店長から太っ腹な発言が飛び出る。


「ケンシロー君。誕生日の当日で悪いけど、明日出発で頼むよ。僕と件の女性と、君とララさんの四人で行こう。あまり多いと件の女性が緊張する」


 フィールが俺の承諾を聞かずに、話を進める。


「――――よし分かった。皆にそこまで言われるなら、俺も腹くくってやる」


 やってやろう。吸血鬼粛清を。タリア島奪還を。


 皆のサポートは不本意なありがたさだが、不快なものではなかった。


 もう、嫌々で仕事はしない。俺は仕事内容に納得した。


 納得したから、この依頼を受ける。


 この依頼を達成することで、押し付けられた不本意なありがたさを、贈り還してやろう。


 逆誕生日プレゼントだ。


第四章05話目でした。吸血鬼、そして不可視インクが今回のオシゴトです。

応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ