表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第4章 奪還血痕篇
94/146

第四章04 縺れるオシゴト

 その日の朝は、ララと一緒に目を覚ましたし、同じタイミングで豪邸を出たのに、ララとは別々のタイミングで、職場である未来堂へ出勤した。ちなみに俺がララの後に店に顔を出した。


『うむむ? ケンシローは昨夜、ララの家に泊まったのではなかったのでありんすか? なぜわざわざ別々に来て……』


 会議室にララと二人でいたルビーはそう言って俺の体の匂いをクンクンと嗅ぐ。


「あいや待たれよ、ルビーさん。これはだな……」


「あの、ルビー? これには深い理由があってね……」


 俺はばつの悪い気持ちを隠そうと姑息に吐く息を止める。ララもララでなんとかごまかそうとするが、


『ふむ。やはりララの寝室の香の匂いがケンシローからもするでありんす。ララからもケンシローの匂いがするでありんす』


 決定的な事実を嗅ぎ取られていた。俺とララは髪の毛が十本ずつ抜けていくような寒々しさを覚えたが、


『しかし……アレの匂いがしないということは、ふむ……なんにもなかったのでありんすな』


 嬉しいのか、残念なのか、非常に分かりづらい複雑な表情をルビーはした。


「――え? なにもなかったって分かるのか?」


『ケンシローの息から今まで嗅いだことのない強い酒気を感じるということは、つまり飲んだくれて二人とも記憶が無いのでありんすな? やれやれ……』


 ルビーの見解によれば、俺とララの仲は潔白を保てているらしい。何の匂いを基準にしたのかは分からないし、ルビーの口から言わせるには忍びない単語かもしれないので深くは聞かないでおくが、ひとまず安心だ。


「よかったあー……。おかしいと思ったのよ。あのケンシローとよりにもよって昨夜なにかがあるとは思えないもの」


「どのケンシローなら有り得ると思ったんだよ逆に……。そもそも職場にルビーがいる時点で、俺がよそに泊まったことが分かるのにこの作戦全く意味なかったな」


「どっちにしろ、あんな気分であんたの隣なんて歩けなかったわよっ」


 ララの言い返してきた言葉にも一理あると感心する。しかし謎が解けて本当に安心だ。


『それにしても、ケンシローという男は酒に呑まれてもそういうことに至れない人種なのでありんすな……。はぁ……』


 なぜかルビーにため息をつかれ、俺の株が落ちたところに朝礼で皆が集まって来ていた。


「剣災君、匂いを嗅いだ限りの感想でしゃるが、……もう少し誠意を見せてもよかったと思うでしゃるよ」


 店長からの謎のメッセージが俺の頭の中を行ったり来たりして朝礼が始まった。




「今日は来客の予定が一件あるでしゃる」


「――来客? 分かるんですか?」


 来客はいつも突然現れるもの。予約を立てて来店とは、ヴァレリーでは奇異なことだ。


「にゃる。今朝、我が輩宛てに親書が届いていたでしゃる。差出人は宮廷騎士団屋外調査室・室長の『フィール・フロイデ・シュバルツ』殿。自らを『黒騎士シュバルツ・リッター』と名乗っているでしゃる」


 フィールかよ!


「手紙の内容からして、用があるのは剣災君みたいでしゃるな」


「俺に用ですか……」


 正直、あいつが絡むとロクなことしか起きないような気がしてならない。大丈夫なのかな、この案件……。


「――ということで剣災君は我が輩と上客対応をするでしゃる。服装はみすぼらしいままでいいでしゃるが、酒の匂いはもう少し消して欲しいでしゃる」


 みすぼらしくて悪かったな。匂いは分からんが、頭の中の酔いはとっくに醒めている。


「しかし、フィールか……あいつ、今度は何を企んでいる」


「店長。私はケンシローの隣にいた方がいいですか?」


 俺から少し離れたところで朝礼に参加していたララが問いかける。


「案件次第でしゃるからな。必要なら呼ぶし、必要ないなら呼ばないでしゃる。もちろん最初から同席してもよいでしゃるよ? どうするでしゃる?」


「――……同席します」


 ララは本音では嫌そうな声音で言った。なにか「命令されて自主的に」というような矛盾をはらんだ態度だった。


 ……朝の今の出来事で仕方がないんだがな。


 その後、アオネコ店長はテキパキと全職員に今日の職務の指示を出し、最後にひとつ付け加えた。


「明後日は八月二二日。現代皇帝陛下の生誕祭でしゃる。盛大な祝宴が開かれる予定。ヴァレリーの活気がより一層強くなるでしゃるから、皆も陰気な顔をしないように。陰気は元気を遠ざけるものでしゃる。祭りで仕事が増えるかもしれないでしゃる」


「はい」と承諾の意味を込めて、各々なりの返事をしてようやく今日の仕事が始まった。


 俺とララ、店長は会議室に残って来客予定のフィールを待つ。おのれフィール、俺を待たせるとは何様だ。



「剣災君も八月が誕生日でしゃったな」


 無言の空間を生めるように店長が俺に問いかける。


「ああ、はい。ちょうど明日ですね」


「八月二一日で獅子座よね? アズさんから聞いたわ。獅子座には見えないけど」


「何座に見えるんだよむしろ……星座と性格が一致しないとダメか?」


「ダメじゃないけど、獅子って感じが似つかわしくないと思っただけよ」


「じゃあ、何の動物が似つかわしいって?」


「…………ごめん。丁度良い皮肉が思いつかない」


「皮肉を言えとは一言も頼んでないが!?」


「あんたを褒めたって三ヤンも得しないでしょ」


「三ヤンの徳にはなるかもしれないだろ。パッと俺で思いついた動物を言ってみろ」


「――……今日はあんたを褒めたくない」


「褒められた気分になるような動物ってことか。よし、合格」


「うっざいわねえ。あんたからの合格通知なんて嬉しくないわよ」


「ハン、明日で俺も成人することになる。お前よりも大人だ。もう堂々と春絵を買える年齢だ。俺に一筆振るってもいいんだぜ、ペロペロリーナ先生」


「……もう剣に成ってあげないわよ?」


「いや、今の嘘だ。すまなかった。許してくれ」


 こんな諍いで自分の唯一の武器を失うわけにはいかない。俺は手を合わせてララに誠心誠意謝罪をする。


 すると店長が、


「君たち、我が輩を挟んで痴話喧嘩をするのは止めるでしゃる」



「違いますよ!」

「違いますよ!」



 俺とララは揃って痴話喧嘩ではないことを主張する。


 俺の右隣に店長。その隣にララが座っているのだ。いつもなら俺の隣にララがいることが多いのだが、今日ばかりはさすがに。


「にゃるるるる。では言い換えて――――ロマンス?」



「違いますってば!」

「違いますってば!」



 俺たちはそんな分かり易い関係ではない。剣と画架という、よく分からない関係だ。


 難解な間柄なのだ。俺はララをどう扱っていいのかよく分かっていない。いや、扱えているのか分かっていない。それ故に憎まれ口を返して口論になるのだ。だいたい舌戦で負けているけれども。


「にゃあ、明日は剣災君の誕生日でしゃるからいつものお詫びに誕生日プレゼントでも贈るでしゃる。期待して待っておくといいでしゃる」


 いつものお詫びに誕生日プレゼントを贈るというのはどうなんだよ。いつも失礼が無ければ贈るつもりはないということか。酷くないか? 貰えるモノは貰うけれども。


「期待してますよ。アオネコ店長」


「にゃーる。どのゴミを贈ろうかにゃ」


「ゴミを贈る気だったんですか!?」


 強欲で捨てられないからといってそれはないだろうに!


 俺と店長のやりとりを見てララは不機嫌そうに、


「もしかして店長、誕生日プレゼントを贈る云々って私に言ってますか?」


 いや、なんでそうなるんだよ。なんで誕生日でもないララがプレゼントを贈られなきゃならんのだ。


「にゃるん。どうでしゃるかな。プレゼントが欲しいと思うのでしゃれば、誠意には応えるべきだと思うでしゃる」


「む…………」


 俺には意味を汲み取ることのできない言葉を聞いて、ララは不服そうな顔をして頤に手をやり考え込む。


 ふいに会議室の扉をノックする音が鳴り、


『ケンシロー、ララ、店長アオネコ。待っていた上客の到着でありんす』


 ルビーの声が扉の向こうから聞こえ、アオネコは通すように返事をする。


「やあ、ケンシロー君。久しぶりだね。少し早いけれど、誕生日おめでとう」


 現れたのは黒い髪と黒い瞳、そして長身細身で騎士礼装ではない私服姿の男。


 黒騎士、フィール・フロイデ・シュバルツが爽やかな笑顔を称えていた。


 ――――そしてたくさんの画材を手提げカバンに入れていた。


「お前……堂々と万引きとか肝が据わってきたな」


「なにを言っているんだい。万引きなどしないさ。これはさっき鋼――ルビーさんから買い取ったものだよ。どうにも高品質な物ばかりらしくて、買え買えと言われ、使う予定もないのに買ってしまったよ。はははっ」


 ルビーに売りつけられているじゃねえか。ざまあみろ。


「にゃるん。客人。さあ座るでしゃる。覚魔君、お茶を淹れてきてもらえるでしゃるか?」


「……はい」


 ララは素直に返事をして退出し、お茶くみの仕事をしに行く。これも接客のひとつか。


「それで、シュバルツ殿。君は――――」


「僕のことは馴れ馴れしく『黒閃』と呼んでくれ給え。店主殿。そちらのアズライトさんにはそう呼ばれているのでね」


 こいつ、いつの間にアズライトにあだ名を――――と思ったが、バウム=バウムから逃げる時の木馬車での中でか。


「それは済まにゃい、黒閃君。にゃらばこちらもアオネコと呼ぶでしゃる。――それで、何用でここまで来ていただいたのでしゃるか?」


「ふふん、少しだけお節介かも知れないですが聞いてもらえますか、アオネコ殿?」


「今この場では、言うのだけはただでしゃるよ」


 するとフィールは自らの黒髪を撫でつけ、


「未来堂のケンシロー・ハチオージ君を少しばかりお借りしたい。仕事の依頼さ」


 そして今度は俺の方を向き、


「いいかな? ケンシロー君。君に逢いたがっていて、紹介したい女性もいるんだ」


 ガシャンッ


 間が悪い所に茶を持ってきたララが会議室に入ってきて、盆ごとそれを落とした。


 彼女の感情が縺れ、魔が差しそうなのが分かった。


第四章04話でした。遅くなりましたが、6000pv突破していました。ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ