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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第4章 奪還血痕篇
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第四章01 幸せのレシピにはまだ遠い

 賭けるという行為が嫌いだ。


 賭けに乗るという行為をやることはできるのだが、苦手だ。


 なんというか、全てが他者任せの自己責任のような気がして、とてつもなく抵抗がある。


 責任を取るのはしんどいことだと、古今東西決まっているのだ。


 だからあまり、賭け事の類はしたくないのだ。


 もちろん、金品を賭けないカードゲームなら俺は大いに歓迎だ。


 ――俺にはあまりそういう遊びの相手はいないが。


 だから代わりに俺は誓いを立てるのだろう。


 誓えばそれは言霊となって俺に達成の力をくれる。


 何かを賭けた時より必死になることができるはず。


 案外、しないわけではないが、俺は神や精霊に祈るのが苦手なだけかもしれない。


 ――なら、俺はもう賭け事をしないのか?


 そういうわけじゃあ、ないと思うんだが。


 たとえば、俺自身、一番の特別を賭ける時も来るのだと思う。


 たとえば――――



『ケンシロー・ハチオージ』


 紅玉の瞳を持つ同居人が殺意をギラギラと漲らせて俺を睨む。


「……なんですか、ルビー・メタル・シルバーさん?」


 俺はなにか悪い事をしただろうか。いやそんなことはない。賭けてもいい。


『早くカードを引かせるでありんす』


「ほら」


 ルビーは紅玉眼の瞳に力を入れて、俺の手札の左端を引く。


『――――んがぁーっ!』


 ルビーはまたしても「ババ」を引いた。


『ケンシロー! 全然、ババ抜きが終わらないでありんす!』


 ババ抜き――ジョーカー一枚を奪い合い、還し合って行うカードゲームの一種。数字のペアが出来るごとに手札を捨て、最後までババを持っていた人の負け。序盤でジョーカーを握っておき、終盤で相手に押しつけるのも戦略のひとつ。ジョーカーは押しつけるものなのだ。


「ああ、なんでだろうな」


 だってルビーってば、左端のカードしか引かないんだもん。それが「偶然」ジョーカーなんだもん。俺は悪くない。たまたまいつも左端に置いているだけだ。


「ふふふ、じゃあ、わたくしの番ですね。えーっと……」


 隣人のローゼは頭に花を咲かせながら、翡翠色の瞳でルビーの手札を眺める。もちろん相手の手札の中身を見てはいけない。見ていいのは外側だけだ。


 ルビーは手札の一枚をわざと少し上にはみ出させる。絶対あれはジョーカーだ……。


「じゃあ、はみ出ているこれで!」


 素直にローゼは手札からひと際突き出ていたカードを引いた。そして分かり易く悲愴感のある顔で手札をシャッフルし、俺に突き出してくる。


 まず俺は右端のカードの上に手を添える。すると、彼女の頭の花が光を失ったように翳る。


 もうひとつ隣のカードに手を添えると、やはり反応は変わらない。


 次のカードに手を添えると、今度は花がパッと華やいで彼女の頭に映える。


 ――――分かり易すぎぃ!


 イカサマをしているつもりはないのだが申し訳ないので、俺はそのカード――つまりジョーカーを引き、左端に置く。


 ルビーはそれを引く。


 ローゼはそれを引く。


 俺もそれを引く。


 バカと素直と偽善者がババ抜きをすると、一生終わらねえんだな……。


「なあ、他のゲームでもしないか?」


『ダメでありんす! まずこのゲームで一勝をもぎ取り、次の二戦の保険にするのでありんす! やめたいなら途中棄権でもすればよいなんし!』


 お前が一番負けそうなんだよ! 気づけ!


 俺たちがやっているのはカードゲーム。しかしただの遊びではない。


 ――――差し入れのプディングという生菓子の最後の一個を取り合う死闘なのだ。


 ララのやつ、本当はこうなることを見越していたんじゃないか?


 先日、とある依頼をこなしたお礼に卵を使ったプディングというものを八つも貰った。小さなコップのような器にひとつひとつ入っていて、それがとにかく甘くて美味なのだ。


 それをまず、アズライトと清掃員のおっさんが未来堂で食べ、アオネコ店長は甘いものが苦手らしく辞退し、俺とララ、ルビー、ローゼ、リシェスの五人で食べた後、ララが残った一個を功労者である俺にくれたはずだ。だが、


『ケンシローが武勲を立てたのは余のお蔭。素直に余に寄越せばいいものを』


 帰宅後、ルビーが絶対食べたいと言い出して、俺も負けじと食べたいと主張して、ローゼは喧嘩両成敗ですと立ち上がり、結果的に三者三竦み、三つ巴の三番勝負がパレス・ソリティアで始まったのだ。これは無理を通さねばな。


「ルビー、お前はほとんどなんにもしてない。ただ俺の精神的な支柱に成っただけだ」


 鋼の意志という、俺のかけがえのない支柱に成ってくれたのだ。


『充分でありんしょう!? なぜそれなのに暴食をこじらせるのでありんすか!』


「俺が死闘を繰り広げたから成功した依頼だろ!? 俺が食うのが当然だ!」


「おふたりとも、落ち着いてください! 喧嘩するならわたくしが食べちゃいますよ!?」


「誰がやるか!」

『誰がやるか!』


 超美味いんだぞ、このプディングは。ルビーの魔力じゃこの生菓子を冷凍保存できないから、今日の内に食べないといけないのだ。


 このプディングは渡さねえ。絶対にだ!


 そろそろ本格的に勝つためだけに動きたいが、純朴で素直なローゼの反応を見るとなかなかどうして気が引ける。この反応も勝つための演技なのではないかと思うくらいに分かり易い。


 だが面々の残りの手札の枚数的にここでジョーカーを押しつけないと一位に成れない。


 今回のルールでは一位に成った者が一勝扱いで、総合勝利数が多い者がプディングを手に入れられるということになっている。ここはそろそろルビーに「負ける」ということを覚えていただきたいところ。いや、一回ルビーを負かしたことはあるんだけどさ。ルクレーシャス鉱山とか、ルクレーシャス鉱山とか、あとはルクレーシャス鉱山とか。


 ――なので、ルビーにはジョーカーをずっと持ち続けていただきたいのだが、


「えいっ。――――っ、うう……」


 この調子でガンガンとローゼがジョーカーを引いているのが分かる。なぜ引くし……。


 ――――ここで負けてもあと二勝すればいいんだよな……。


 そんなプディングのように甘い考えが俺の頭をよぎり、




『くはははははは! 余の勝ちでありんす!』


 ババ抜きではルビーが勝ちやがった。くそ、漁夫の利みたいなことしやがって。


「よし、ローゼ。三位決定戦をするぞ」


 こうなったらババ抜きはババ抜きでしっかりと終わらせたい。


「ケンシロー様、もう夜も遅いですからルビー様の勝ちで終わりませんか?」


「――――はあ!? なにを言っている! ここは徹夜してでも勝敗を決するべき時だろう!」


 ここで負けっぱなしだと家主の俺の立つ瀬がない。大丈夫、ここで二番手上がりでもして勢いをつけて第二、第三勝負で勝利を収めれば俺の勝ちだ。プディングは俺のもの。これが俺の幸せのレシピだ。


「しかし、ですね? ケンシロー様。もう月があんなに低くなっております。日が明けてしまいます。そろそろ眠らないと明日のお勤めに支障が出ますよ?」


「うぐ……」


『くはははははは! 余の大勝利でありんす!』


 うちのアイドルドラゴンがこの上なくウザったく高笑いしている。


 たしかにもう夜になって数時間経つし、明日の仕事が薄ら笑いを浮かべて待っているのは分かっているが、このままルビーに勝ち越されてもたまったものではない。俺の半分の魂が負けるなと言っている。


「それに、わたくしはもう充分プディングを堪能いたしましたし、二個目が欲しいわけではないのです。お二人のプディングを取り合う喧嘩の仲裁がしたかったのです」


「むむ……」


「そしてルビー様はケンシロー様より先にババ抜きで上がられました。それがどういう意味か分かりますか?」


「うぐ……」


 ローゼの言葉の力が増す。威圧的ではないのに、なんらかの圧力を感じる語調だった。


 俺は手札をテーブルに落とし、降参する。


「――――分かった。最後のプディングはルビーにくれてやる。だが次は覚えておけよ?」


『くふふ、いただきますでありんす!』


 ルビーはさっそくプディングに木匙を入れて食べ始めた。


「聞けよ!」


 こいつの耳には鉄鉱石でも詰まってんのか……!


 俺が次にプディングを食べられる日はいつになることやら……寂しい。


「大丈夫ですよ、ケンシロー様。プディングのレシピはわたくしが調べておきます。いつか必ず食べさせてあげますから」


「ローゼ……!」


 思わず彼女の献身に落涙しそうになった。


「でも、とりあえずは明日のお勤めを頑張りましょうね?」


「――ああ。そうだな。やる気が出てきた」


 プディングの力は偉大だと思いつつ、隣の部屋に戻るローゼを見送る。


 今夜眠って、明日仕事して、ローゼがレシピを覚えて……一体いつまで待てばいいんだ……! 歯痒い!


 そんなことを思いながら俺は幸せそうにプディングを食すルビーを見ていた。


 なんとなくその姿を見て、俺の荒んでいた心もほっこりとする。


 そうか、気づかなかったな。ルビーの笑顔も充分甘いんだ。


 この笑顔を自分の意思で作れないとは、


 俺はどうやらまだまだのようだ。幸せのレシピにはまだ遠い。


第四章01話でした。とうとう第四章が始まりました。

まだまだ序章ですが、よろしくお願いします。

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