短編 力を貰えた
――つまるところ、人とのつながりが力になるのだ。
始業前。朝礼の為に会議室に入ると、リシェスとローゼが楽しそうに話していた。
「リシェス様、始めて五日でこれはすごいです!」
「ふっふふ~ん! まさかウチもこんなことに才能があるとは思ってもみなかったよぉ~!」
才能、という俺にとっての個人的パワーワードに惹かれて深く問いかける。
「どうしたんだ、リシェス? なにか金の周りが良くなるようなビジネスでも見つけたか?」
すると、リシェスは短くした橙色の髪を撫でつけ、照れたように後ろ頭に触れながら、
「ケンちゃんも見てみて! ウチね、裁縫スキルがあったのだぁ!」
リシェスが突き出してきたのは、廃棄予定にした正方形の布きれに縫い込まれた、アオネコ店長のデフォルメイラストだった。しかもかなりの良い出来上がり。
「裁縫っていうか、刺繍のことだと思うが……これはいいな。よく出来てる」
「えへへへへ……べた褒めはちょっと照れちゃうなぁ……」
珍しく謙遜気味に照れているが、べた褒めというより俺の率直な意見だ。流れ聞こえた情報が事実なら、五日でこれを作ったことになる。いや、針の持ち方を覚えてから五日だとも聞こえ、とてもではないが、初心者の出来栄えではない。
「あら、すごいじゃない。リシェス。私も裾上げ程度ならできるけど、刺繍はさすがにできないわね。絵のことで手いっぱいだから」
ララも素直にリシェスを褒める。というか、これは褒める要素しかない。その証拠に、
「良い出来だ」
「良いでしゃるな」
アズライトと店長も感心していた。
「いやぁ、職工の仕事を本格的に始めてぇ、なにか創作魂に火がついて裁縫? 刺繍? に手を出して、家の隣の友人に教わってたら、なんか、すぐできちゃった。持つべきものは人とのつながりだねぇ」
いやはや、それには首肯しかできない。持つべきものは友ともいうが、人と人との間にこそ力というのが生まれるのだと、なんでもない平日にしみじみ思うとは。
「……ちなみに剛砂君。この布きれは『廃棄予定だった』未来堂のものでしゃるが、この糸はどこの糸で?」
うわ、強欲の予感。
「糸はさすがに自前で買いましたよぉ~。未来堂の糸なんて盗んでません!」
「にゃる。……では、剛砂君。これを是非、我が輩の私物にしたいと思うでしゃる。値段を言ってみるでしゃる」
「――――っ!」
店長がなにか私的なモノを買いとる瞬間を初めて見た気がする。
「えぇ? 欲しいんだったらタダであげますよぉ? 練習で作ったものですしぃ」
「にゃる。それはいけにゃい。タダで従業員から私的なものを受け取ったら賄賂でしゃる。これからの剛砂君の給料を上げなくてはいけなくなるでしゃる」
素直じゃない強欲だな……。
「そうだ。剛砂。その裁縫の腕、もしかしたらどこかで活きかせるかもしれない。手芸能力、幅を広げれば画材にも応用できるはずだ。投資だと思ってふっかけておけ」
アズライトからの強烈な応援を受けてリシェスは悪い顔をして、
「じゃあ、二〇〇〇ヤンで!」
と、素人の刺繍作品にしては高い値段を店長にふっかけた。
「…………買ったでしゃる」
やや渋った顔をしていた店長だったが、リシェスとの商談は成った。
『面白そうでありんすな。今度、余を題材に作ってほしいものでありんす』
「あっははぁ~。ルビーちゃんは可愛いからタダでやってあげるぅ」
『くふふ、ありがとなんし』
竜とゴーレムの仲良しな約束もここで成った。
「にゃるん。では気分を良くしたところで、朝礼を開始するでしゃる。まずは今日の仕事内容でしゃるが――――」
店長から今日の仕事を伝えられる。一人ずつ、やるべきことを。
「ザラカイア・アズライト・シーカーは職工長として画材づくりをするでしゃる」
「ああ」
「レオナルド・ダン・ヴィートは完成した画材に逐一記銘をするでしゃる。……できたら清掃もして欲しいでしゃるな」
「んああ。努める」
……絶対、後者はしない気がする。
「ローゼ・ラフレシア・アレスはアズの指示に従って必要な素材の生成をお願いするでしゃる」
「はい! かしこまりました!」
「ルビー・メタル・シルバーは店頭での接客をするでしゃる」
『うむ』
「ケンシロー・ハチオージ、ララ・ヒルダ・メディエーター、リシェス・ヴィオレ・ヌウェルには……画材調達の任を与えるでしゃる」
「……画材調達? 仕事の依頼が来たんですか?」
「にゃーる。剣災君と覚魔君には懐かしい依頼でしゃる」
「懐かしい依頼……なんですか?」
ララは怪訝な声で次の言葉を乞う。俺も隣で一緒に。
店長は言う。
「その依頼、すなわち明烏狩りでしゃる」
***
「空を飛ぶ時、ぴかぴか光る明烏、かぁ……簡単な依頼だったねぇ」
ヴァイオレット自然公園から帰る馬竜車内でリシェスは俺かララのどちらかへ呟いた。
御者は俺。一番安い馬竜を借りて、ローゼが作った木の客車だ。木馬車を御すのはローゼやアレス族の特権だから。
「今となっては、だけどな……」
初めての仕事だったあの時は、行き当たりばったりで、千尋の谷に突き落とされた気分で、ひたすらララと仲が悪く、折り合いがつかず、一方的に股間を蹴り飛ばされるような関係だったのだ。いや、股間を蹴り上げ合う関係の方がおかしなものだが。
今回は特に難しいことは無く、ララが新しく覚えた音魔法――――剣聖が使った怪音波を真似たもので明烏を誘ってすぐさまリシェスが砂の壁で囲い、討ち取った。必要だった大きなオスの明烏一匹を。
三人の連携は十全な状態だった。
「グウィン・デッカーさんのお弟子さんの定規ね……」
大建築家グウィン・デッカーさんは弟子をとり始めたらしい。その弟子に上物の定規をプレゼントしたいとのこと。なるほど人とのつながりは力である。
「なんつーか……弟子可愛がり過ぎじゃないか?」
「なんでも、自分の弟子が立派に建築の仕事をこなせたらサプライズプレゼントとして与える予定らしいわよ?」
「……なるほど、ご褒美か」
……ん? じゃあ、弟子が仕事に失敗したら、その定規はどうするんだ?
いやまあ、先に金出して買ってくれるからキャンセルってことはないのだろうけど。
「……あ、売ってから返品されたらどうしよう」
「それは大丈夫よ。不良品だったとか、買う前の説明と物品が違うとか、そういう正当な理由がない限り返品処理はできないの。そういう決まりなの。知らないの? バカ?」
ララが丁寧なのか雑なのか分かりづらい説明をしてくれた。
「さいで」
久々のヴァイオレット自然公園だったからか、あの時の冴えが戻っている気がする。
「そういえばリシェス、刺繍の話なんだが」
「んんー? どしたのぉ、ケンちゃん?」
「頑張れよ」
「……あっははぁ~。そうするぅ」
頑張っている姿っていうのは、やっぱり力を貰えるよな。
カンカラカンカラ、蹄が鳴る。
***
「素晴らしい!」
上客、グウィンさんは快哉を叫んだ。
「素晴らしいよこれは! 私の仕事道具にしたいくらいの出来だ!」
蘇ったアズライトの軌跡の技術――とでも言おうか。
つまり、アズライトの画材製作技術が上がっているのだ。
「……話し相手は俺だけでよかったんですか?」
会議室を貸し切って、俺とグウィンさんの二人でトーク。むさ苦しい……。
「いいのだよ。今さらだが、砂の王の話を店長から聞いた。アレス大災の話も聞いた。陰で必死になって戦っていたとね」
陰、か。確かに結果的には樹竜を半見殺しにしたり、砂の王の件はオネストの手柄になったりで、公式には俺の武勲ではないのだ。
「そりゃあ、陰でしか戦えないですよ。俺の本当の職場は画材店なんで」
グウィンさんはフッと笑い、
「君の人生の設計図は、納得の出来に近づいているんじゃないかな」
と、あご髭を撫でながら返してきた。
――――人生の設計図。俺の未来予想図。俺の未来理想図。
学校を卒業するまで書き損じ続けてきたもので、出来に納得していなかったもの。
完成には至らなくても、他人から見たら噴飯ものでも、俺自身は納得できる仕上がりか。
「後は人生の伴侶だね。ハチオージ君」
「それはまだ……。結婚はいいもんですか?」
「いやいや! 忍耐そのものだね! 辛い事ばっかりだ!」
じゃあ、なんのために結婚するんだ……。と俺は渋面を浮かべるがグウィンさんは、
「結婚は仕事と同じかそれ以上にしんどいものさ! 仕事は続ければそれなりに慣れるけど、家族は日ごとに成長・変化するから慣れる前にまた耐え忍ぶ苦労をするものさ!」
じゃあ、なんのために結婚するんだ……。と俺は二度目の渋面を浮かべるがグウィンさんは、
「しかし、家に帰れば家族がいるということは、とてつもなく大きな力を貰える。こいつのために働こうって相手が最初は嫁、次は子どもとどんどん増える。力を貰う相手が増える。……親元を離れると寂しくもあるけどね。そもそも、弟子というのも息子のことでね。私の跡を継いでくれると言ってくれたことは、とんでもない力を貰ったよ」
力を貰う相手、か。
俺にも今以上に力を貰える相手が、増えたりするのか。
画家志望――剣。
金言術師――姫君。
鋼竜――鋼の意志。
アルラウネ族の末裔――はなむけ。
ハーフエルフの旅人――主治医。
ゴーレム族の魔人――盾。
もっと、大切が増えてくれるのか。
「――――ふふ、あとは自分で書き詰められるかな?」
グウィンさんは製図用定規を丁寧に鞄に詰め、帰る支度をする。
「はい。なんとなく、思い詰めてみようと思います」
「病み憑きにならない程度にね」
グウィンさんはそう言い残し、店長に二言三言挨拶を交わして未来堂をあとにした。
「なんの話、してたの?」
なんとなく会議室で感傷に耽っていた俺にララが話しかけて入室してくる。
「別に。人とのつながりは力そのものだな。って話だ」
「なに言ってんのよ。力そのものが人とのつながりなんじゃない。力を持たない人は、――ただの孤独者よ」
じゃあ、すくなくとも俺は孤独ではないし、無力ではない。
「ララ」
「――? なに?」
「お前が隣にいたことを俺は誇れるように成ったと思う」
出入り口付近で立っていたララが、ずるっとこけそうになった。
彼女は顔を赤らめて「まったく」と呟いて、それきり店頭に戻って仕事をしに行って終業まで会話をしかけてこなかった。
それでも目が合った時は、力を貰えた気がする。
短編その③です。もう1話くらい短編を入れたら第四章に入りたいと思います。
応援よろしくお願い致します。