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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第3章 士魂死闘篇
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第三章27 いざ尋常に

 忙しさで目が回るような激戦が収束し、七月某日。


 工房は今日も蒸し暑い。


 まるでアズさんの体に宿した半分の魂が燃え出しているかのようだ。


 ――――俺の心も燃え出しそうだ。なぜなら、


「おい、リシェス。サボってないで手伝え」


「えぇ~――――」


「露骨に嫌な顔するなよ! 職務中だぞ!?」


「いやぁ~、ウチも職務中ですしぃ~」


 そう言いながら、彼女は隣の店から回ってきた回覧板を読み耽ってくつろいでいる。働いてない感がすごい。


「……なんの仕事だ。言ってみろ」


「店内警備員でぃ~す」


「そんな職業があったなんて!」


 俺もその、この店においてすごく気が楽そうな仕事就きたい!


「――と、まあ~冗談はここまでにしましてぇ~、ウチもケンちゃんのお手伝いをしようと思いまぁ~す」


 リシェスは回覧板を閉じて、長身細身の体を伸ばして立ち上がる。


「……」


 少しだけ、彼女を見上げる角度が高くなった気がする。


「お前、成長したか?」


「しましたよぉ~? いろいろとぉ~」


 指でヴィクトリーサインをして、彼女は俺に笑いかける。紫紺の瞳が最初会った時よりも強く柔らかくなっていた。綺麗になったと思った。


 俺は彼女の橙色の髪を見る。


「……そこまで髪切った理由はなんだったんだ?」


 リシェスは現在、髪が耳にかかる程度のショートカットにしている。


 ――ツインテールだったあの髪をアズさんに頼んでバッサリと切ってもらったのだ。切れ落ちた髪は金剛石のように透明で硬い砂粒に成った。アズさんはそれを研磨剤として使うらしい。


「んん~? 特に理由はないですよぉ~? 気分転換とぉ~、――――皆を護るのに、ちょっとだけ頭が重く感じたので、切りました」


 ――――皆を護るため、か。


「良い理由だな」


「特に理由はないって言ったじゃないですかぁ~もぅ~」


 俺を見下ろしながら、彼女は俺の頭にぽんぽんと手を添えてきた。


「――――」


 俺の方が年下だから仕方がないが、子ども扱いされているようでなにか歯痒い……!


「剣災君。剛砂君。――アズ。来るでしゃる」


 お、来た。


「はいはい、今行きますよ! 店長!」


 子どもじみた扱いをされようと、今の俺の気分は崩せない。


 ウキウキな気分とは今のことを言うのだろう。


 なぜなら今日は、――――給料日だから。



    ***



 店長に聞きたいことがあった。


 どうしても聞かなければならないことがあった。


 これを聞かなければ俺は一生眠れないことになるだろう。


 そういう質問事項が確固として俺の中、半分の魂の中にあった。


「七月分の給料がどうして俺よりルビーの方が高いんですか?」


 給料の額を記された明細というか、預金口座への振込済み証書を見て俺は問いかけた。


 今月はフォーサイス砂漠で死闘を繰り広げ、巨額の商談を成立させることに成功したから実際に貰える給料に付加される報奨金インセンティブのようなものがあるはずなのだ。


 他の連中の給料明細は見ていないが、ルビーの給料明細は見る。なぜなら彼女は俺の同居人であり、家賃や食費などの生活費を俺が七割、ルビーが三割の割合で払うという決め事をしているからだ。


 つまり俺の自由に使える金額がルビーと較べると相対的に低くなるのだ。ほとんど養っている状態なのに!


「にゃるん。報奨金なら加算済みでしゃる。二人共に加算したら貢献度の高い護悪君がたくさんもらえるのは真理でしゃる。


「剣士の魂を削りつけてまで死闘を繰り広げたのは俺なんですけど? このままだと貢献度ってなにって話に――」


 俺が納得できないと駄々をこねるているとルビーが、


『くふふ、ケンシロー。余はなぜか分かりんすよ?』


「――あ? なんだよ、ルビー。お前、今回そんなに、貢献してないだろ」


 こいつのやったことといえば、アズさんを喪い心が潰れた俺を叱咤してもう一度立ち上がれる鋼の意志をくれた程度で、そのおかげで俺はフォーサイス砂漠での死闘をくぐり抜けられたというだけのことなのだ――――


「本当だ!? 超貢献してるなお前!?」


 そういえば俺、帰還報告書にしっかり「ルビーがいてくれたからまた戦えた。あいつなしではこの依頼は成功しなかった」って確かに書いていた!


「す、すいません。店長――今の質問はなしってことに……」


「にゃる。よろしい。我が輩、金は好きでしゃるが、しっかり働きぶりを見て評価と賃金の支給をしているでしゃる。護悪君の方が可愛くて愛嬌があって尻尾が生えているからといって、それだけで優遇はしないでしゃる」


「はい……」


「ふふ、ケンシローのほうがお金にがめつくなってるわよ? 貧乏人はつらいわね」


 ララが自慢げな笑顔で俺に給料明細を見せてくる。


「くっそ……」


 やっぱりララの方が俺よりも幾分か給料が高かった。


「剣は剣士がいてこそだろうに……」


「それをいうなら、剣士は剣があってこそだと思うわよ?」


「くっそ……」


 うわぁー! 舌戦で勝てない!


「えぇ~? それなら戦士には盾も必要ですよねぇ~?」


 リシェスがなにかよく分からない対抗の仕方をしてくる。誰に対抗しているのかもわからないそれは、対抗というよりもじゃれついてきているようなものだった。


「ああ、そうだよ! 俺は剣も盾も含めた皆がいてこその俺だ! 俺ひとりで仕事なんてできるかぁ!」


 もはや捨鉢になって俺は異世界画材店未来堂への不器用な好意を叫ぶ。


 経営者がいて、同職の上司がいて、清掃員がいて、警備員がいて、同僚がいて、イメージキャラクターがいて、後輩がいるから今の俺は仕事が出来るのだ。


 俺は一人で勝手に仕事をしているわけではないのだと、自戒するように心に刻む。


「あれ? そういえば、リシェスは俺の職場の先輩に成るのか?」


 フォルテとは違って、外はとても柔らかいが、魂の部分はとてつもなく剛毅な砂の女の子。


 しかも仕事暦だけなら休職していた分、俺の方が長いから職場の先輩と言えるのかよく分からないところ。


「んん~? じゃあ~、出会った時に言った通りにしましょうよぉ~」


「出会った時?」


「ケンちゃんとウチはお仕事のライバル関係ってことでっ」


「……」


 ライバルね……。


「俺の好敵手に成ろうってのか?」


「もちろん! 壁にも盾にも成りますよぉ~」


「はいダメ」


 俺はリシェスの宣言を棄却した。


「――――んん? なんでですかぁ~?」


「ライバルってんなら、両方ともタメ語だろ?」


 リシェスは褐色の肌を赤らめて笑い、


「――――うん。そうだねぇ、ケンちゃん」


 媚びたような口調の敬語を止めた。ケンちゃん呼びはそのままか……。


 俺が複雑な感慨に浸っていると、それを視ていたアズさんが、


「こんなに好敵手と仲がいいというのも問題だがな」


 と、ぼそりと呟いた。


「――問題? そんなにアズさん的には問題ですか?」


「ああ。競争相手が多いとアタシは大変だ。これでもアタシはひときわ老けているからな」


「――老け、て……アズさんが大変なんですか?」


 一体、アズさんは何と競争しているのだろうか。よく分からない。


「で、でも……! やっぱりフォーサイス砂漠での功労者は、ケンシロー様だと思いますよ!? ケンシロー様の唯一の剣の技があってこそです!」


 ここでローゼが話題を戻して、花を添えるように俺を褒めてくれる。気遣いの猛者だ。唯一っていうのが変な意味に聞こえるけれども。


「ありがとう、ローゼ。お前、どこにでも嫁げるぞ」


「――――――」


 俺が褒め返したつもりで放った言葉でローゼの顔が灰桜色に染まる。


「ばかっ、ケンシロー」


 なぜかララに叱られ、軽く背中を叩かれた。


「なんだよ」と俺が不満を口にすると、


 ララは表情を変え、得意そうに笑いかける。


「ありがとね、ケンシロー」


『ありがとうなんし。ケンシロー』


「ありがとうな、剣災」


「ケンちゃん、ありがとねぇ」


「ありがとうございました。ケンシロー様」


「剣災君。ご苦労様でしゃる」


 次々に未来堂の面々から感謝と労いの言葉をかけられる。ひとりだけなにも言わなかったオッサンがいたが、オッサンだから別にいいとして、――なぜか少しウルッときた。


「なんだよ、皆……。そんなに有り難がられると調子に乗っちまうからな! あと、なんか仕事辞める人に向かって言っているみたいな雰囲気がすごく嫌だ!」



 俺は異世界画材店未来堂を辞めないからな。


 仕事内容はきついし、しんどいし、つらいことばかりだけど、俺は未来堂を辞めない。



 俺がこの職場を選んだから。


 皆が俺を受け容れたから。



 俺は未来堂の騎士に成るのだから。


 俺は剣士の、騎士の魂を分けたアズライトの第一の騎士に成るのだから。


 俺は皆が力を貸してくれるなら、まだまだ死闘を繰り広げられるのだから。



 だから俺は、剣があって、盾があって、鋼の意志があって、花飾りがあって、――――護るべき画材の世界のお姫様がいるから、今日も士魂を燃やして闘える。


 ――大切なものを死なせないために闘える。


 剣と画材と鋼竜から始まった、俺のこの異常な世界で――俺は今日も立ち上がって未来に向かい、絶望とだって戦える。



 ――さて、次の依頼は何が来るだろうか。少しだけ楽しみで、少しだけ憂鬱で、公休日までの数日をもう少しだけ頑張ろうって思う。


 ――そういう気分になれるのが、とても仕事って感じがする。



 リシェス、異世界画材店未来堂は俺も好きだぜ。俺も俺の世界が好きだぜ。


 だから、俺の世界を護る俺を、お前は護ってくれよな。



 給料明細をもう一度見る。よく分からない税金で何割か引かれてはいるが、低く感じるのはもっと頑張れという所だろう。先月よりも高くなっているのは、もっと頑張れるということだろう。


 もっと護れると、そういうことなのだろう。



 ――――どっちがたくさん護れるか、護った回数が多くなるか、――今一度、ライバルとしてここから勝負を始めよう。



 ……いざ尋常に――――


第三章27話でした。第三章はこれにて〆です。

が! 第四章もやろうかと思っているので、中継ぎの短編を数話挟もうかと思います。

応援よろしくお願いします。

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