第三章26 骸竜『ノーチェ・ラピス・アルキミア』
そして、舞台は骸竜『ノーチェ・ラピス・アルキミア』の拠点に戻る。
『ふぁっふぁっふぁ! それで、ゴーレムの少女の返事はなんて?』
愉快そうに笑う老婆姿のラピス。
この依頼での、このメンツでの最後の夕食だった。
「むぅ~、そんなに聞きたいんですかぁ~?」
やや不機嫌そうなリシェスの声。褐色の肌に赤みを足している。
『もちろんだよ。老骨は大罪『強欲』を宿していてね。手に入るものは手に入れ、知ることのできるものは知っておきたい性質なのさ』
所有欲の権化、知識欲の権化、最新の竜、骸竜、ノーチェ・ラピス・アルキミア。彼女の進化は留まることを知らない。
リシェスはオネストに最強の盾という資質と覚悟を見染められて求婚された。「今の己れは只人のオネストだ――――」とかなんとか言ってやがったが、未だ戦闘士の残滓を魂に染みさせた不死身の魔人である。
――あいつも大概、仕事のしすぎだな。
「――――『ウチには大好きな相手がいます。とっても大切な相手なんです。その相手に多大なる愛情を抱いているので、貴方の思いに沿うことはできません』って答えましたぁ~」
迫真の演技でその時の――まるでつい少し前まで引き篭っていたやつの発想じゃないような返し文句を披露する。男を振った時の話をするなんてちょっと趣味が悪いんじゃないですかね、ガールズさん?
それの対象がオネストだからこっちの気も晴れるけど。
「そしたらオネストが、『そいつの名前を教えろ』ってさらに迫ったのよね」
ララが付け足し、勢い余ってそれに俺も付け足す。
「いい言葉だよなぁ、『ウチは異世界画材店未来堂の全てを愛してます』か」
強い職場愛――だけではないのだろう。従業員たちへの思い入れのこもった愛の言葉だ。
『それで余たち後方隊が追いついた時に全員の顔がどぎまぎしていたのでありんすな。くふふ、悔しさを押し殺したオネストの顔ったら、ざまあみろと事情を詳しく知らないながらに思ったでありんす』
「――まあ、アタシの視た限り、それでも必ず自分の恋人にしてやろうという並々ならぬ気概を放っていたように感じたがな」
ルビーとアズさんの雑感。
敵対し、俺の内臓やらいろいろを抉った男、オネスト。未来堂の面々の評価はこんなものだ。
「――――というわけでぇ~、ウチを口説き落としに手紙を送りつけてきたり、オネストさんが実際に会いに来たりすることもあるかもしれないので、それだけは覚悟しておいてくださいねぇ~、ケ~ンちゃんっ」
「俺に限定するなよ。あいつの殺意がまだ俺に向かってるみたいじゃん」
俺も未来堂の一員だから仕方ないね! 辞めるなら今だぜ!
『ふぁっふぁっふぁ、若さとはいつも力の塊だな。そう思わないか? ――鋼竜』
『うるさいでありんす。骸竜。その見た目で若さ自慢するななんしっ』
九〇歳の幼竜の老婆と約五〇〇歳の女竜の少女が違和感だらけの火花を散らす。
『ふぁっふぁっふぁ、喧嘩を売るつもりはなかったよ。――その若い王子が今度のゴーレム族の長だな――と、感慨を共有したかっただけさ』
フォーサイス砂漠のゴーレム達の中ではオネストがベラノの息子――つまり、フォーサイス砂漠の王子という認識でいるため、『父親の危険で過激な思想を阻止したオネスト王子』が次のフォーサイス砂漠の統治者に成ることになった。
――――フォーサイス粘土もバランスを見ながら好きに持っていけとのこと。
女に惚れた男はちょろいぜ。
おかげで大量の粘土の素材を手に入れた。――――首都ヴァレリーにフォーサイス粘土ブーム来るか!?
「――――悪かったな、ラピス」
『ん? どうした少年。難しい依頼を送りつけて謝罪すべきは、老骨の方だと思うがね?』
「あんたのところのキメラ、三体も死なせちまった」
『――――そうだな。老骨の財産をよくもまあ……なんて、冗談さ。彼らには死ぬかもしれない覚悟があった。そして弱かったから死した。君をその件で責めたてられるほど、老骨の骨は曲がりくねってはいないさ』
ラピスは夕食を食べながら、そんなふうに許してくれた
「――ああ、そうだな。いい出汁が出てたよ。吐きてえくらいだ」
キメラも老骨もいい出汁をとれていた。いや、いい味を出していた――だな。
剣聖との大剣戟。オネストからの一方的な慙死未遂。そしてベラノの出現まで、ずっと見守ってくれていたんだ。いろいろな意味で、いい味を出してやがった。
――――――あ。
「……そういえば、剣聖ってどこに行ったんだ?」
あいつ、俺に魔力を分け与えた後、途中から俺の視界やら意識やらから消えていたと思ったら、いつの間にかひっそりと蒸発して姿を晦ませていたのだ。
『老骨からは逃げた、としか言いようがないな。今回の騒動で宮廷騎士団が動けば彼はタダでは済まないだろう。――――魂も精神も狂った指名手配中の快楽殺人剣士なのだから』
「あの野郎……生きてるアズさん見せつけて驚かせて、地面を背丈まで穿孔する勢いで土下座させたかったのに」
あの神聖な狂剣士は今日もどこかで剣戟を繰り広げているのだろうか。ヤツにとっては、剣以外の死は慙死だそうだからな。――――狂ってやがる。
『――さて、銀翼の騎士団諸君。テーブルの上もだいぶ片付いてきた。首都ヴァレリーに帰る前にひとつだけ老骨の強欲に付き合ってくれないかな?』
老婆の顔の皺が微笑むように歪む。
俺とララ、ルビーにアズさん、そしてリシェスは顔を見合わせて笑い、あの店長仕込みの強欲を返す。きっと店長ならこう返す気がするのだ。
「悪いけど、――――ここから先は別件の依頼。追加料金を請求させてもらう」
***
仕事を無事完遂し、俺たちは大量の粘土素材を馬竜車に乗せてヴィクトリア帝国・首都ヴァレリーに帰ってきた。馬竜車の手配はすべてラピスにやってもらった。往路で覚えたスキルで俺が御者を勤めた。だってその方が安上がりだし……。
ラピスは用事を済ませたら、もう一度ちゃんと未来堂に顔を出して礼と報酬をくれるらしい。
俺たちはドアベルを鳴らして未来堂の扉を開く。
「いらっしゃいま――――にゃんだ、剣災君でしゃるか」
邂逅一番、開口一番、露骨に客じゃない俺に嫌そうな顔をする店長。
「言っておきますけど、仕事は果たして来ましたからね。ほら、ちゃんと五人が八つのフォーサイス粘土入りの大中小様々な土嚢を持って――――ねえ、なんで俺だけ持ってる土嚢の数が四つなんだ? しかも一番大きい四つだし。これは不公平じゃないか?」
「筋力増加魔法かけてやってるんだから重く感じないでしょ?」
「ああ、ララは気遣いと魔法使いの天才だな。――――でも、さすがにこの量だけ持てば重いからな!」
土嚢、重い。すごく、重い。
「にゃるん! ということはアレスの樹脂が十倍で売れるということでしゃるな!」
「もう金勘定始めちゃったよ!」
さすが強欲の塊。欲深さでは骸竜は店長に比べればまだまだ欲が控えめな方だな。
「おかえりなさいませ! 皆さん!」
俺が店先で騒いでいたら、それを聞きつけたローゼが顔を出してくれた。
そして彼女は俺の前に立ち、
「ケンシロー様、お待ちしていました。わたくし、日照不足に成りそうでしたよ?」
「俺も自分が花を持たせてくれるやつがいなくて寂しかったよ」
「まあ! それでも皆さんからたくさん支えてもらえたのですよね」
ローゼの頬が灰桜色に花やぐ。
「もちろんだ」
隣やら上やらいろんなところに立って支えてもらって、剣に成ってもらって、鋼の意志をもらって、限定的でも騎士にしてもらって、盾に成ってもらった。
俺はもう、ひとりでは立てなくなるほど支えられているのかもしれない。
『それより、ケンシロー。土産の品を』
ルビーが催促し、俺は思い出す。しかし、砂漠から持ち帰ったものを土産と呼ぶのはなんというか、巧すぎるような気がする。
そう思いながら俺は取り出す。
――――強欲な竜が骨を折って作った一品たちを。
「これを是非とも装飾品として未来堂に飾ってほしくて、ですね。ララが下絵を描いてくれたんですよ」
「にゃるん? 装飾品? 下絵?」
要領を得ないと言った様子の店長に、俺はアズさんから土の入っていない土嚢を受け取り、中にしまっていたものを取り出した。
「――――ほう」
店長は思わず息を漏らす。
俺たちの手土産は――――ララが精密に描いた人物の立ち絵をモデルにして、ラピスによって造られた、色鮮やかかつ半透明に透けていて、本物そっくりで錬度の高い造形の、未来堂の面々を模した小さなフィギュアと成った八人の『銀翼の騎士団』だった。
追加料金を払ってでも作りたがったラピス曰く、
――感謝の念を伝えたくなるのも欲望。それを強いて果たすのも強欲だ。
とのこと。
欲深が極まりすぎていて、やはり店長の方が強欲の忌み名が似合うと思った次第だ。
――本日以来、未来堂には、『銀翼の騎士団』のフィギュアがフォーサイス粘土の使用例として展示されるようになった。
――これが彼女の持つ真の力、『錬成』だった。
骸竜『ノーチェ・ラピス・アルキミア』はこれからもきっと、最新版に進化を続けるあくどい竜なのだ。
彼女の死闘はアトリエの中にある。
第三章26話でした。次回もしくは次々回で今章は〆させていただきます。
オネストはまた、再登場させたいと思っていますので待っていて頂けたら幸いです。
応援よろしくお願いします。